プロローグ
ここは都会というよりは田舎だと言える地方である。ビルのような高い建物はなく、緑が豊かな町だ。ここにはごく一般的な高校があった。少し個性的な高校生が通っているぐらいだ。個性的な高校生の割合が多いだけの普通の高校だ。現在は授業も終わり多くの生徒は帰宅するか部活動に精を出している。だがあるクラスはまだ教室に生徒が残っていた。
「おいべ、早く帰れると思ったのにホームルームとかめんどうだぞ」
「いや俺に言われても」
面倒だとつぶやく彼の名前は、雲情 開だ。 相槌を打つ隣の彼の名前は山部立樹だ。開の一番の友人である。開は山部のことをあだ名で"べ"と呼んでいる。一文字という低コストである。
開が開くスマートフォンには担任と思われる人物からホームルームをするから教室に集まっておくようにとクラス全体に送信されたメールが開かれていた。
「今日はせっかく新しく追加されたサービスでも触ってみようかと思ってたんだがな」
「お、お得意のあれか。またゲームサーバー建てて一緒にマルチやろや」
「いいぞ。仮想マシンもスケールアップしたから性能よくなったぞ」
普通の高校生活ではあまり聞かない会話かもしれないが開の趣味それはプログラミングだ。アプリ開発やWebアプリも開発できるぐらいは触っている。その過程で今はクラウドサービスをよく使っている。開は友人とゲームをするときクラウド上に仮想マシン、つまりはサーバー上に仮想的なコンピュータを建て友人とゲームをしているらしい。
友人とだべる者、スマートフォンをいじる者、本を読む者、クラス内ではそれぞれが時間をつぶし担任を待っていた。しかし一向に担任は現れず代わりにおかしな放送が流れてくる。
ザ、ザーザザッ
学内放送でノイズが混じるのはよくあることだが今回の放送はいつもと少し違っていた。皆の視線がスピーカーへと集まるほどに長い時間ノイズだけの放送が続いた。そして段々とくぐもった声が聞こえてくる。次第に明瞭になってくる声に皆が注目していた。
『あーテステステス。マイクテスト、マイクテスト。大丈夫みたいだね。ごほん改めましてこんにちは3-Aの皆さん。うんうんちゃんと集まってくれているみたいだね。メールって便利だねぇ』
聞こえてきたのは若い女の声。この学校に勤めるどの教師でもなくもちろん担任の声ではない。かといってこのクラスに対して放送するような生徒などもいない。
(どういうことだ?この女のいいぶりでは山西先生ではなくこの女がメールを出したみたいだが、先生の知り合いか?)
開だけでなくクラス内でも女の発言を疑問に思うものがいるみたいだ。クラス内で一部の生徒が首を傾げたり反応している。
『時間もないことだしチャチャっと要件を済ませちゃおうか。今から君たちには異世界に行ってもらいまーす!』
その言葉に生徒が返したのは呆れである。それもそうだろういきなり異世界に行ってもらうなど突拍子もなさすぎる。
「ふざけやがって、くそどうでもいいことで呼びやがって!」
勢いよく立ち上がり大きく椅子を鳴らして立ち上がったのは藤堂 猛虎、学内一の不良である。いつも喧嘩に明け暮れ病院送りにした相手は数知らずといわれている。クラスでも腫れもの扱いだが今日は珍しく学校に来ている。
「俺は帰るぜ!」
「待つんだ藤堂君まだホームルームは始まっていないぞ。まったく先生も何をしているんだ。こんなイタズラすぐに解決してほしいものだ」
猛虎を引き留めた彼は騎道 秀一生徒会長である。成績優秀、スポーツ万能で学内で多くの支持を集めている。これほど質実剛健が似合う人もそうはいないだろう。その生徒会長の言葉を無視し猛虎が扉を開けようとするが全くあかない。鍵がかかっているというよりは溶接でもされているかのようにびくともしない。
「どうなってんだこりゃ!」
『あー無駄無駄ここはもう切り離してあるから。どうせ向こうについたら嫌でもわかるから、このまま行っちゃおー!』
鳴り響く重い鐘の音、間違いなく全国放送になるような地震、これまでイタズラだと思っていた生徒も無関心ではいられない。
「キャア!じ、地震よ!」
「皆!机の下にもぐってじっとするんだ!」
生徒会長の指示に従い皆が机の下にもぐる。
「おい開これイタズラか?」
「イタズラ...と断言するには地震といいこのうるさい鐘の音といい奇妙なことが多すぎる」
「多すぎるってほかにもあるんか?」
「ここで考察するには時間がなさすぎる。放送の女の言うことを信じればこれから異世界に行くんだろ。楽しみだ」
「楽しみってお前なぁ...」
開と立樹は机の下にもぐりながら器用に話している。こんな状況にもかかわらず楽しそうである。ただクラス内でパニックになっているのはごく一部。それ以外は妙に落ち着き払っている。
『さぁ皆さん旅立ちの時だ。これから待ち受けるのは幾多の困難。君たちは競い争いそして殺し合わなければならない。せいぜい異世界で私を楽しませてくれたまえ』
教室の床に巨大な魔方陣が現れ生徒全員を光の渦で包み込んでいく。
「そろそろみたいだな。ちゃんと丸太...いや鞄は持ったか?」
「こんな時までふざけんな!ボケが雑いわ!ちゃっかり鞄なんて持って。はいよ持ちましたよ」
「よしよし向こうに持っていければ儲けもんだからな。ついでに手でも繋ぐか?」
「うるせえ」
それぞれ自分の鞄をしっかりと持つ。離さないように、震える手を隠すように。
体を包む光が半分ほどまで達した時、開が真剣なまなざしで立樹へ言葉を紡ぐ。
「べ、これだけは言っておく。--生きろ」
「っは。あたりまえだよなぁ。開こそ生きろよ」
二人は理解っているのだこれから待ち受けるのは死と隣り合わせの困難なのだと。それでも笑いあえる二人は楽観的なのか大物なのかどちらかは神のみぞ知るところだ。
「あぁ楽しみだな」
笑い顔だけを残し開は異世界へと旅立った。




