雨音&友(ショート&ウルトラショート)
ダックスフンドの脚も驚きの短さ、是非ご覧あれ。
『雨音』
ポツポツと水溜りに波紋が広がり始める。
やっぱり止んでたのはちょっとの間だけか。
穂花は先程の雨水がまだ滴る傘を広げた。初めはほとんど気にならない程度だったが、傘から感じる雨は次第にボツボツボツと耳障りな音を立て始めた。
こんなに降るような予報だったろうか、こんなことならまた別の日に行けばよかったかな。
少し急いで、それでいて濡れることはないようにゆっくりと、穂花は人気の無い道を進んでいった。雨の音が小さくなる気配はない。
まいったな、よりにもよってこの日にこんな雨が降るなんて。これじゃあまるで、
ちゃぷ、と穂花のすぐ前で水の揺れる音がした。下に落ちていた視線を上に戻すと、少年が片足を水溜りに突っ込んだ状態で立っている。穂花にとって懐かしい顔だった。
「やぁ穂花ちゃん、久しぶりだね。」
微笑む顔に胸が締め付けられる。
「…葵…君?」
まさか彼に会うとは。
「お、すぐに分かってくれた、嬉しいねぇ。」
分からないわけがない、彼は私の初恋の人で、多分最初で最後の私の彼氏だった人だ。そんな人の事を覚えていないわけがない。それに、
「そりゃあ分かるよ、葵君昔とちっとも変わってないもの。」
目の前に立つ彼は、彼とお別れした時、そのままの姿だった。
「そうなのかな?そう言う穂花ちゃんも昔と同じで…あーいや、昔より美人になってるかな。」
見た目だけじゃなく、その世辞上手な喋りも昔のままだ。
「もう、褒めても何も出ないよ。」
そう言って穂花がまた歩き始めると、葵は行き先などを聞くこともなく、穂花に歩幅を合わせ隣を歩いた。
「穂花ちゃん今大学夏休み?」
「うん、それで最近この町に帰ってきてないから久しぶりにと思って。葵君は?」
「うーん、まぁ僕もそんな感じかな。やっぱりたまにはこうやって帰ってこないとね。」
2人の会話は雨の音に溶けていく。相変わらず雨の止む気配は無さそうだった。
「それにしてもまさかここで葵君に会えるとは思わなかったな。」
「僕も。こうして穂花ちゃんに会えるなんて思わなかったよ。」
彼は笑いながら答える。本当に懐かしい、懐かしい感じだ。
「自惚れじゃないといいけど…多分、穂花ちゃんって今日僕に会いに来ようとしてたんだよね。」
不安そうに聞く彼の顔を見ると、ちょっといじめちゃいたくなる。
「違うって言ったら?」
「え。それはちょっと寂しいかなぁ…」
露骨に落ち込む彼にフフッと笑みが漏れる。
「嘘に決まってるでしょ、葵君に会いに行こうとしてたので間違いないよ。」
「あ、よかったぁー……ってことはもうすぐ着くね。」
「うん、もうすぐだね。」
ボツボツボツと傘は音を立て続ける。
ホントに、あの日の雨にそっくりだ。
それからしばらく歩いて、2人の目の前に目的地が見え始める。
「ねぇ、葵君。」
咄嗟に言葉が出た。
「…なんだい?」
聞かないでおきたかったけれど。
「葵君は…さ…」
聞いておかないといけないと思ってたから。
「私の代わりに死んじゃったこと、やっぱり後悔してる?」
傘に打ち付ける雨音がより大きな音を立てだした。それはあの時、血を流して濡れた道路に横たわる彼を見ていた時と全く同じ感覚だった。
「…そうだなぁ…」
傘を持たず、全身びしょ濡れの制服姿の彼は困ったように濡れた頭を搔く。
「まぁ後悔はしてるかな。」
胸が締め付けられる。そりゃあそうだ、彼が私を突き飛ばしたりしなければ、車に引かれていたのは私だった。
「やっぱり…そう、だよね。」
分かっていた事とはいえ、実際に彼の口からその言葉を聞くと、思わず涙がこぼれそうになる。そうなると私のことを恨んでたりもするのだろうか。それならちゃんと謝らなくちゃダメだよね。うん、謝らなくちゃ…
「ぁ、ごめ…」
震える声で何とか切り出そうとした時だった。
「…だって僕が死んじゃったせいで穂花ちゃんが苦しむことになった。」
よく聞き慣れていた、優しい声が耳に届いた。
「だって、それが穂花ちゃんの為だと思ってやったのに、結果的に穂花ちゃんを悲しませることになっちゃってる。そんなの後悔が無いはずないでしょ?」
「そう、かも、だけど…」
そうじゃない、もっと他に後悔があるのでは
そう言おうとした口に彼が指を当てる。
「穂花ちゃんが気にすることは何も無いよ。そもそもあれは突っ込んで来た車がほとんど悪い事故だったしね。だからさ、」
私の目を見据えて、微笑む
「穂花ちゃんは悪くない。」
雨音が少し、弱まった気がした。
「それにさ、大学行って、町を離れた今でもこうやってお墓参りに来てくれる。僕が責められるようなところなんて何一つ無いよ。」
先程こらえていた涙とは違う涙が頬を伝う。
許して欲しかった。ずっとずっと。やっと、許してもらえた。
ボツボツと耳障りだった傘からの音がさらに小さくなっていく。
「あ、雨、止んだね。」
「…うん。止んだよ、やっと…止んだよ…」
そう言っているのに、私の瞳からは大粒の雨が降っていた。
雨が本当に綺麗さっぱり止み、私が顔を上げた時、そこに彼の姿はもう無かった。それから着いた彼のお墓に、ありがとう、と呟き、空を見上げた。分厚い雲の隙間から日の光が指し始めていた。
『友』
見上げる空は雲一つ無く晴れ渡っている…
と言うとちょっと嘘になるくらいの晴れ、まぁ白い雲がいくつかあった方が青空が映えると言うものだ。そんなふうに、川べりの土手に寝転がりながら、ボーッと空を眺める。
「いい天気…だねぇ」
呟いた独り言はすぐに空気に溶けていく。
僕が彼と会えなくなって、はや1ヶ月が過ぎた。小学校の頃からこないだまでだから…大体12年くらい、それくらいの付き合いだった。僕は彼のことを親友だと思っていたし、多分向こうも僕のことをそう思ってくれてたのではないだろうか、そう思えるくらいには仲の良いやつだった。
土手下の広場で小学生と思われる男の子達がワーワーとはしゃぎながらボールを追いかけている。僕も彼や他の仲間達とここの河原でサッカーしてたなぁ。夢中ではしゃぐ子供たちはえらく輝いて見えた。この歳だし、たとえ彼と会えたとしても、あんな風には遊べないかな。いや、もしかしたら意外とあの子たちよりもっとバカみたいにハメ外してはしゃげたかもしれないな。
でも所詮は「もし」の話、もう二度と彼と会うことは無いのだから。いつかは会えなくなる日が来るのかなぁ、とかは思っていたものの、
「いやぁ、流石に早すぎたかなぁ…」
ーーーーーーー
夕暮れ、学校帰り。いつもの道で自転車をとばしていた俺の目に、河原でサッカーをしてる少年たちの姿が飛び込んできた。思わずブレーキをかけ、彼らを見た。小学生はもう帰ってなきゃな時間だが、まだ遊んでいたいのか、それとも夢中で気づいてないのか、ボールを止めようとはしない。
昔、俺たちもあんな風に遊んでたな。
ふと思って、直後に悲しみがやってきた。
あぁアイツとはもうサッカー出来ねぇのか。
大学、合格決まったら地元離れるまでの間でもう一度アイツとか他のやつ誘って、前みたいにボール追いかけたかったんだけどな。
今の時間に気づいたのか少年たちが慌てて土手を上がってくる。
「明日もあそぼーぜ!」
手を振りながら、それぞれの家のある方向へだろう、走っていき、やがて姿が見えなくなった。
まさかこんな風に別れたっきり会えなくなるとは思わなかった。残された俺はしばらく夕焼けに染まった空を見上げた後、すぐ近くにある電柱へ視線を移した。道路の脇にあるそれには花束が添えられている。
大学行ってからは会えなくなるか、とか言い合っていたけれど、
「…早過ぎだ、バカ」
いや、早いだけならどれほど良かっただろう。
ボチボチ気に入ってたりするので、もしかしたらそのうち続きとか付けて長いの書くかもしれないです。