あの子
自分が特別な存在だと信じて疑わなかった。
芸能人にもスポーツ選手にも政治家にだって何だってなれると、根拠のない自信があった。
それが覆されたのは突然だった。
私の生まれた町は、そこそこ発展してそこそこ田舎で、有名な観光地も特産品も何もない中途半端なそんな町。
そのくせ、伝統とか言って古臭いしきたりだけが一丁前にあって、よそ者をとことん毛嫌いするそんな町。
自分達と少しでも違うと排除しに掛かる閉鎖的なそんな町。
そんな町で生まれ育った私は、町の中で一番だった。成績も容姿も運動も。性格だって、みんな平等に優しく接した。いつも私の周りには人が集まった。嫌われるとか、虐められるとか、孤立するとか、そんなのとは無縁な存在。
そんな私が私で無くなったのは、小5の寒い冬の日。東京からこの町に越してきたあの子のせい。あの子こそ、何もかもが完璧だった。成績も容姿も運動も。心がとても暖かくて、所作がとても美しかった。
何もかも敵わない。人生で初めての敗北。それでも、私は絶望しなかった。
あの子と私。どちらも才色兼備で優しい性格。それだけ聞くと似ている私たち。
でも唯一違うものがあった。あの子はよそ者で、私は町の者。結局、いつもみんなの中心に居るのは私。
唯一、私が私であれたのは、嫌われるとか虐められるとか孤立するとか無縁の存在であること。
あの子は違った。
よそ者というだけで嫌われた。
よそ者というだけで虐められた。
よそ者というだけで孤立した。
バカな町だ。よそ者というだけで、どこからどう見ても私より完璧なあの子を排除しようとするなんて。
私が少しでも、あの子を少しでも手助けしたのならば、あの子は少しずつ町の者になれたかも知れない。
わかっていた。けれど、私はそうしなかった。今までの居場所を無くすのが怖かった。
残酷な町だ。
私が一番で無かったと町が知ってしまった時、私の周りから人はいなくなるだろう。私はその事を知っていた。私は私の為に、あの子を助けなかった。
私は優しくなんて無かった。何よりも私はその事に愕然とした。今まで私がしてきた事は所詮、偽善でしかなかった。私の居場所が変わらないかさこその優しさ。それだけの余裕。だからこその優しさ。それは、私が優しいのとイコールにならない。
私は無意識に自然とみんなを下に見ていた。だからこその平等。それは、正しく神の下はみな平等を体現していた。私は神になったつもりでいたのだ。私の今までの優しさは正に神の慈悲。
なんという傲慢。
なんという卑劣。
なんという醜悪。
そうではないと、偽善ではないと証明する為には、あの子を助ける事しかないとわかっていた。それでも、私はあの子を助けなかった。日に日に罪悪感は強まるばかり。1人になっては、そんな私を私は責めた。私は私が世界で一番嫌いになった。
その事を賢いあの子が気づかないはずがない。あの子を助ける力を持ち、よそ者だからと嫌悪していないのは、私だけだった。それでも、あの子は私に助けを求めなかった。ただ茫然と立ち尽くすだけの私を、ただ澄んだ黒い瞳で見つめるだけだった。その瞳には、なんの感情もない。口元はうっすらと微笑んでいるだけ。
あの子は静かに憤っていたのかもしれない。
よそ者を受け入れない町を。
何もしない私を。
何もできない自分を。
いや、それもきっと違う。
あの子は分かっていた。私の気持ちを。私がこの町を恐れているのだと正しく理解していた。あの子は自分の事より他人である私を優先したのだ。私を守ってくれたのだ。その本当の優しさで。
ああ、正しく私はあの子に負けている。
そしてある日、あの子と偶然2人きりなった。
あの子は、私を見ると周りに誰もいないのを確認して、それはそれは綺麗に笑った。そして、ひと言。
「私、あなたと友だちになってみたかった」
あの子の初めての本音だった。