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銀杏事件

作者: SHUIRAA

楽しんで頂ければ幸いです。

市役所まで行く大通り。道の両側にイチョウの木が植えてある。

そのイチョウの木を見るといつも思い出すことがあるんだ。


あれは、小学校低学年の頃だったか・・・校舎の中庭広場にイチョウの木が植えてあった。

ご存じの通り、イチョウの木には銀杏というとてつもない臭いを放つ実がなる。

もちろん実がなれば落っこちるので中庭広場にはその実の臭さが充満する。

いつしか中庭広場は少年少女から「うんこ広場」と呼ばれるようになった。

事件はうんこ広場で起こった。


さて、これもご存じの通り、銀杏の実それ自体はすごく臭いが、上手く調理すれば素朴だがとても美味しいおやつへと様変わりする。ある日、昼休みのとき、そのことを知っている同じクラスの玲奈がうんこ広場で銀杏の実を拾い集めていた。しかし、取れ高は少なかった。玲奈は僕を含めた同じクラスの男の子数名にお願いした。「ねぇ、銀杏の実を落としてよ」


僕たちはイチョウの葉の生い茂っている部分めがけて石を投げ、それで銀杏を落とすといういかにも小学生らしいやり方を考案した。あれが効率が良かったのか悪かったのか今でも分からないが、石を投げる、実が落ちる、玲奈が拾う。そのルーチンワークが妙に面白かった。「よっしゃ」と言わんばかりに他にも数名の男子が加わり、いつしか僕たちは銀杏を落とすことに夢中になった。夢中になるということは判断力を欠落させる。しかも僕たちは小学生で短絡的だ。事件はそのとき起こった。


「きゃあっ!」銀杏を拾い集めていた玲奈の悲鳴が上がった。玲奈はうずくまりながら頭をおさえていた。頭からは血が流れている。うずくまっている玲奈の脇には、大人の拳2個分はあろうかと思われる大きな石が転がっていた。僕たちは短絡的な小学生ながら瞬時に状況を理解した。それは誰が投げた石か分からなかったが、その石が女の子の頭に落ちてきて、頭を穿ったのだろう。僕たちは茫然として、その場で立ちすくんでいた。うんこ広場に戦慄が走った。


とりあえず僕たちが銀杏落としに夢中になっている様を、遠くで見ていた他の小学生がうんこ広場に先生を呼んでくるという、冷静な対処をしてくれたらしいが、僕たちはことの重大さで更に短絡的になり先生が来る前に逃げるように解散した。僕もいくばくかのやっちまった感を残しながらその場を後にし、昼休みも終わりに差し掛かっていたので自分の教室に戻ろうとした。その時、同じクラスの級友が心配そうな顔で話しかけてきた。


「おまえ、大丈夫だったか?」

「うん、まぁ俺は怪我してないよ。まぁでもヤバいよな」と僕は答えた。

「おまえ覚悟しといたほうが良いぞ」と級友は急に血相を変えた。

「・・・」

僕は沈黙するより他なかったが、僕が考えているヤバさと級友の考えているヤバさは違っていた。級友はこの事件が起こっていた裏で起こっていた、もう一つの事件について語ってくれた。


時はさかのぼり、僕がうんこ広場を離れたあとだった。誰が連れてきたのか、理科を専門に教えているゴリラ顔の小島先生一人がうんこ広場に現れた。小島先生は全てを察すると、女の子を保健室へ連れていくよう指示を出し、うんこ広場をあとにした。ここまでは僕も級友の話を冷静に聞いていた。しかし、聞いていくうちに、僕の心は青ざめていった。


「おまえ、知らないの?あのあと、小島先生が、小野寺を見つけたんだよ。でさ、小野寺の顔みた瞬間、おまえかぁぁ?!って言って、小野寺殴られたんだぜ。おまえもヤバいよ。ていうか何で小野寺が殴られたん?小野寺何もしてねぇだろ」


級友の口調は気の毒そうな、それでいて少し面白がっているようにも感じた。彼の言うとおり小野寺君は何もしていない。それどころか事件の現場たる、うんこ広場にすらいなかった。僕は小野寺君に同情し、自分も殴られるのかな、という一抹の不安が頭をよぎった。


僕たちが殴られることはなかったが、この「銀杏事件」が起こったその日に、担任の先生からお叱りを受け、更に菓子折りを持って怪我をした玲奈の家を訪れ、謝りに行くことにした。それは小学生ができる至極まっとうな禊だったと思う。頭の治療は麻酔が使用できず、苦痛を伴うものだったらしい。「でも玲奈ちゃんはがんばって耐えたんだよ」と怪我をした女の子の友人が、訴えるような、それでいてドヤ顔とも判断しづらいような口調で語っていた。そして僕たちは玲奈の家をあとにし、ちりじりに解散した。


次の日、理科の授業が始まる。理科を教えてくれるのは冤罪で小野寺君を殴った、あの小島先生だ。小島先生のゴリラ顔は神妙だった。そして口を開いた。


「小野寺!」

小野寺君はビクッとなって「はい」と弱弱しげに答えた。

「小野寺!おまえを殴って本当にすまなかった。本当に悪いことをした。だからおまえも先生を殴ってくれ」

「えっでも・・・」

「いいから殴ってくれ」

「はい・・・」

小野寺君は苦笑しながら小島先生のゴリラ顔を軽くペシッと引っぱたいた。

「小野寺!それでいいのか?」と迫る小島先生。

「はい、これで結構です」

「そうか!本当にすまなかったな」


かくして小島先生の禊は終わった。何となく僕にはモヤモヤするものが残った。小島先生は何で小野寺君を殴ったのか・・・禊はあれで良かったのか・・・しかし、幼心には全て藪の中であった。

とりあえず、僕は殴られなかったことを神様に感謝し、この銀杏事件から得られた教訓以外の全てを忘れるように心がけ日々の暮らしへと戻っていった。

(了)

最後まで読んで頂き深く感謝申し上げます。

今後もどうぞよろしくお願い致します。

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