相談
「わたしね、岸辺くんに、相談があって家に呼んだんだよ。」
新人声優アイドルの須賀みかはそう言った。さっき後ろから抱きつかれたせいでまだドギマギしてる俺に━━━
「ス、スガちゃんが俺に相談したいって・・?」
150㎝の小柄な体格の彼女は、ちょこんと正座をしてやや上目遣いで俺の目を見ている。
「演劇部で、ちゃんとしたお芝居をしている岸辺くんにだから相談できると思ったんだよ。
・・えっとね、わたし、ちゃんとした演技力のある声優になりたいの!声質だけで評価されるんじゃなくて、人の心を動かすようなお芝居が出来る声優に!」
さっきまで物凄く照れて赤くなっていたスガちゃんとは違い、真面目モードになっている。俺は真剣になって話を聞くことにする。
「声優のオーディション初めて受けて、まさか初めてで合格するとは思わなかったんだけど、“憧れの声優に自分がなれるんだ。”って嬉しかった。
えっとね、わたし、小さい時からお兄ちゃんの影響で少年漫画が大好きなの。その大好きな漫画がアニメになった時、まさかのシーンで感動して泣いてしまったの。その漫画のマスコットキャラクターみたいな立ち位置のキャラなんだけど、可愛い声ってだけじゃなかった。ちゃんと人格があって、リアリティーがあるんだって。わたしは、その時の声優さんみたいになりたくて・・ でもね、いざ自分が声優になって演じてみると・・」
━━顔を伏せて暗い表情を見せたが、また俺の方を見て話し出した。
「わたしの声優としての評価・・中傷が書いてあったんだって、ネットに。アニメ化を楽しみにしてた人達みたいで、“棒演技”とか“原作壊さないでくれよ”とか。
“ただのぽっと出のアイドル声優”とも言われてるって・・
確かに、収録の時に監督から演技について色々言われてる。自分なりに努力してるつもりだけど、やっぱりまだまだ素人で・・
でも、自分でも気付いてるんだ。
アニメって何となくこんな声って感じで台詞言っちゃってるって・・でも、こんなんじゃ駄目だよね。」
「私、もっと演技が上手になりたい・・・!」
俺は、スガちゃんがずっと思い描いていた理想の声優になれずにいて、それを悔しがっている想いに気付いた。相談相手に俺を選んだ。だから、スガちゃんが、俺に何をして欲しいかわかったのだ。
「スガちゃん、例えば、次はどんなシーンをアフレコ収録する? 」
「えっ、シーン? 」
「うん、台本見せてとは言わないけど、シーンだけ教えて。」
いまいち、うーん・・としてるスガちゃんの表情。俺は今打ち明けてくれた熱い想いに応えるべく、スガちゃんの両肩に手を置き顔を近付けて言った。
「スガちゃんと俺で、そのシーン通り動いてみよう。実際やってみた体験がリアリティーのある声だけの演技に繋がるはずだから。ねっ!」
それを聞いて目を輝かせる。
「岸辺くん、いいの? 実は演技指導・・っていうか、お芝居のコツを色々岸辺くんに教えてもらいたいなって思ってたところだったの…」
「もちろん、だって、スガちゃんを応援したいから。」
「・・じゃあ、来週の日曜日空いてる?! 台本の次のシーンはえっっと……
要約して言うと『デート』かな…うーん。」
「デートか。わかった。スガちゃんと俺でデートな! 因みに、アニメって原作に忠実? 」
「うん、話は原作通りに進んでるよ!」
台本に目を通しているスガちゃんは、ハッとした表情になっていた。
「で、でもこれって・・演技の練習とはいえ・・わわわわ・・」
流石にアフレコの台本を部外者の俺が見ることは出来ないが、後でそこら辺の原作本を読もうと思ってた。
だから、スガちゃんが何を慌てているのか、その時の俺はわからなかった。