声優アイドル
片山かすみとは稽古から2週間会っていない。
稽古で彼女を強く抱き締めたことは2週間経った今でも、思い出しては何とも言えない無図痒い気持ちになる。
彼女の身体、気持ちよかったなあーー
そんな事を考えている俺は不純である。
そんなことより、俺は1年後の舞台で誰かとキスをすることになるのだから、その相手はもしかしたら片山かすみになることもあり得る・・
「このクラスに、声優アイドルがいるって知っているか?」
「・・は??」
休み時間になって雄大が言ってきた。
「去年声優事務所に受かったらしくて、今年からもう活動しているらしいんだが、そんな噂聞いたことないか? 」
それは初耳である。
「いや、初めて聞いた。」
「そうか、結構売れてるらしいぞ。今期に流行ってるアニメのヒロインやってるらしいからな。」
「そんなやつ、本当に居るのか?」
「一体、誰だろうなー・・まあ、俺の予想で可能性があるとしたら、スガちゃんじゃないか?可愛くてアニメ声と言えば。」
「まあ、確かに・・」
あまり関わったことがないが、授業中などで聞く彼女の声を思い出す。
【須賀みか】
身長はクラスの女子の中でも最も小さく、150㎝の小柄。黒髪で長い髪を一つに束ねて三つ編みにして右肩にぶら下げている。前髪はまゆ上でザクザクになっている。
人懐っこく妹系で一部の男子から人気がある。
彼女のその声は甘ったるくて高くて響く、特徴的で異質な声をしている。
一見ふんわりしているように見えるが、学校での様子を見ると、根は真面目できっと何かに打ち込んだら凄いんだろうなと思っていた・・
「まあ、確かに須賀さんの声はアニメっぽいし声優やってそうだよな。そういえば俺、席替えの席、須賀さんの隣になったし訊けたら訊いてみるよ。」
そう雄大には言ったが、タイミングよくそう言った話題に持っていけるかは自信がなかった。
次の日、席替えして始まった一時限目の授業。
突然、俺の隣の席になった須賀みかは高い声を上げた。
「世界史の教科書が、ないっ!」
そして思い付いたように俺を見る。
"たすけて"と目で訴えかけられているのを無視出来なかった俺は、無言で須賀みかと机をくっつけた。教科書を鞄から出して机と机の間に世界史の教科書を広げる。
「ありがとう。今日からお隣さんとしてよろしくね。」
小さくぺこりとして小声でそう言った。
「よろしく・・俺もみんなが呼んでるみたく、スガちゃんって呼んでいい?」
「もちろん、岸辺君! 」
先生が来て世界史の授業が始まり、俺は演劇部の脚本を取り出し、内職に取りかかるとした。
脚本の漢字に読み仮名を書いていく作業をこそこそと行う。そして台詞を頭に入れる。
隣からの視線に気付いたのは、授業が終わるまで10分前の時だった。
関心のあるような大きな瞳で俺が取り込む様子を見ている。あまりこちらを見ていたら先生にバレてしまうので、須賀みかに「あまりこっちを見るな。」と手でジェスチャーした。
「ありがとう。助かったよ。」
授業が終わって、須賀みかが言ってきた。
「ああ。いいぞ。このくらい。」
少しの間があった後、まだ机の上にある脚本を見つめながら、
「台詞を覚えるのって難しい?」
と訊いてきた。
「まあ、簡単じゃないな。」
「私ね、去年の演劇、観たよ。岸辺君が主人公を演じてるの格好良かったよ!!」
「ありがとう。あの演劇の脚本、結構難しかったんだ。凄く悩んだし、何度も練習したし。」
「そうなんだ・・ そういう話、沢山聞きたいな。」
須賀みかは演劇に興味があるのか・・ 自分が日頃やっている事に興味持たれて嬉しかった。スガちゃんは良い子だな。
鞄から何やら取り出している。そして、俺にだけに見えるようにこそっと見せた。
「岸辺君、私もね、実は・・ 」
A4サイズの薄い冊子を取り出した。それを見て一瞬、演劇の脚本かなと思ったが違った。表紙には、
「クノイチを彼女にするデメリット 5話 アニメアフレコ台本」と書いてある。
須賀みかが言葉を続けようとした瞬間、
「スガちゃんっ、早く更衣室行くよー!」
急に呼ばれて、見せてた台本の冊子をさっと隠した須賀みかは、俺に"またあとで"と言うように視線を送って席を立ち上がった。
声優アイドルがいるって雄大が言っていたが、やっぱり須賀みかだったか・・・
あまり、深夜アニメを観たことがなかったが彼女が出てるアニメを興味本位で観てみるか。「クノイチを彼女にするデメリット」だっけか、帰ってから配信動画を探してみよう。
・・そう思っていた俺だったが、放課後の演劇部の活動が終わって家に帰っている時だった。
突然、須賀みかが現れたのである。
「岸辺君、帰っているのにごめんね。
今から、私の家に来ない?」
突然、そういった提案をしてきた。