即興劇
今日は特別稽古として、外部から来る演出家による演技指導がある。
「中央に、椅子を2つ持ってきて。
岸辺勇人! どっちかに座れ。
これから、即興劇をやる。」
今日のこの演出家は、一番来る確率が高くそして厳しい。50代後半の細い身体をしていて、良い言い方をするとちょい悪親父風である。言うことはいつも、『人格否定的』で弱味を突いてくる。
毎回この演出家の餌食になる俺は、今日も稽古を逃げ出したかった。今年、演劇部が男子部員俺一人になったことで更に悪い予感しかしない。
しかし今日はいつもと違う。
数日前に入部したという、片山かすみが来ているのだ。まさか本当に入部していたなんて。
「おはようございます! あっ、岸辺君、昨日言えば良かったんだけど、演劇部に入りました。
よろしくね」
稽古場に入った時に、俺に気付いて微笑んで話しかけて来た彼女は、特に俺の事を気にしている様子でもなかった。
俺は、昨日の今日である為意識をしてしまう。
「岸辺、まずお前は公園のベンチに座っている。」
演出家が即興劇の説明を始める。
「そこに、一人やって来てお前に話しかけてきて会話を始める。
お互いの設定は任せる。男女の関係とか家族とか、クラスメイト、何でもいい。
ただ、お前が相手を見つけた時の態度や反応から芝居は始まっている。それによって、相手の出方も変わってくるはずだ。つまり、お互いの意志疎通が大事だからな」
「・・それじゃあ、最初の相手役は誰がやりたい? 」
「やります! 」
やはり、積極的な奈々が手を上げた。特にトップバッターの組は演出家の駄目出しがキツいのだが、そんなことお構い無し。流石。
「岸辺、ちゃんと公園をイメージしろ。
よーーい、スタート! 」
即興劇が始まる。
まず俺は、とても関係性が分かりやすい恋人の関係でやることにした。問題なく、奈々は俺の反応とか言葉で察して恋人の関係で会話をする。
終わると、演出家からの駄目出しは特になく、すぐ次の相手役を決めるよう促す。
他に男子部員が居ないため、男は俺が固定で入って他の女子部員を一人ずつ相手する。
幼なじみの関係、兄妹など……
そして最後に、片山かすみの順番が回ってきた。
彼女がどんな芝居をするのか気になっていた・・
「じゃあ、よーーい、スタート! 」
俺は彼女を見つけて「よっ」と手を上げる。
「仕事は終わったの?」
と、聞いてくるから俺はコミカルな感じで
「終わったよ。もう、全然ウケなくて、寂しかったなー、ハハッ」
と返す。
「あなたのお笑い、いつかわかってくれるわよ」
彼女はゆっくり隣に座り、そして親密感を出すかのように、じっと俺を見つめて首をかしげる。
「そういえば、ゆうこのお迎えは行ったの? 」
「・・あーー、これから二人で行こうと思ってね。まだ行ってない。と、そういえば・・ゆうこの事なんだけどさ」
「どうしたの?」
「なんか、俺になついていない気がするんだよな」
「・・気のせいよ、3歳だからまだわかっていないだけで・・
あなたが本当の父親じゃないせいではないから心配しなくていいよ」
片山かすみがそういった流れに持ち込んだので、俺もそれに応えることにした。
椅子から勢いよく立ち上がる。
「俺もう、耐えきれないよ! 俺の本当の子供じゃないのに、育てるなんて!! 」
「いきなりどうしたの?」
「もう、辞めにしよう。別れよう。」
俺は歩き出そうとしたら、後ろから声がかかる。
「ちょっと!! あなた、言ってくれたじゃない。ゆうこがお腹の中にいるとき、『結婚しよう』って。『俺が一緒に育てるから、一生側にいよう』って、あの時私は嬉しかった・・っ! 」
「よく今更そんなことを・・前にお前の携帯を見てしまったんだ。お前、まだあの男と続いてたのかよ。『またイイコトしような』ってメールなんなんだよ! 」
「いや、待ってよ・・」
「それじゃあ、俺は行くからな」
俺は歩き出す。そして数歩進んだところで後ろを振り向く
「養育費、ちゃんと入れとくから」
公園を出ていく・・
演出家が口を開く
「そうだな、岸辺、意外と色々臨機応変に対応出来るようでそこは良かった。・・けど、相手に対する愛情が見えてこない。もっと、『人間を好き』って感情を出せ。」
女子部員達を見回して
「・・そうだな、さっきの・・あっ、お前、
片山かすみ前に出てこい」
俺と片山かすみを向き合わせた、演出家は両方の肩に手を乗せ、間に立ってこう言う。
「よしじゃあ、今から抱き合え」
俺は、今から目の前にいる片山かすみを抱き締めないといけないらしい──