スプリング・エフェメラル ~春の儚いもの~
あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。
そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
冬の女王様が塔に入ったままなのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。
困った王様はお触れを出しました。
冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
何故冬の女王様は塔を離れないのでしょうか。
何故春の女王様は塔に訪れないのでしょうか。
王さまがおさめるその国は、ちいさいけれど豊かな国でした。
そのちいさな国は今、さむさで覆われています。
鼻先を赤くしてはあ、と息をはくと、空にうかぶ白い雲のように見えました。
さむい日は冬といって、一年を四つにわけたうちの一つ分です。春がきて、夏になって、秋をむかえて冬へとかわる、さむい日が続くのは、今がその冬という季節だからです。
季節を次へとめぐらせるのは、それぞれの季節の女王です。四人の女王たちが季節ごとに『季節の塔』へ入り、国に季節の色をそえてくれるのです。
春にはうつくしい花が咲いて、小鳥がさえずり、冬眠していた動物たちが目を覚まします。
夏には草や木が青くいきいきとし、強い日ざしはみんなを元気にします。
秋には赤や黄色のかれ葉があざやかにそまって、おいしい野菜や木の実がたくさんとれるのです。
そうして、冬には真っ白なつめたい雪がふって、お外はさむいけれど、家族みんなで家のなかであたたまって仲良くすごします。けれど――。
そんな冬が長く訪れてしまうと?
たくさんの雪の下じきになった地面から野菜はとれません。さむさにこごえる木も、実をつけてはくれないのです。動物たちもさむさのあまり眠りからさめることができずにいます。
さあ、こうなっては大変です。
国中の人々はおなかをすかせ、今にも燃え尽きてしまいそうなほんのちょっとの薪でさむさにたえています。
そんな国のなかで、とくに小さくてまずしい、雪のおもさに屋根がかたむきかけた家でのことです。
「さあ、これをお食べ。お母さんはすこしもおなかがすいていないからね」
こほこほ、とせきをしながらお母さんがいいました。そんなのは嘘だとティムは思いました。
この国でおなかがすいていない人なんて誰ひとりいないのです。さむい冬が終わらないせいで食べものもとれず、雪のせいで遠くへもいけないのです。おなかいっぱいなのは王さまくらいでしょう。
お母さんは小さなティムが、お皿に乗った小さなチーズのかけらを心を痛めずに食べられるように、そんな嘘をつくのです。やせてひえたお母さんの手がカタカタとふるえています。
「お母さん、起き上がるとよくないよ。横になっていてよ」
と、ティムはお母さんをベッドにねかせました。綿のつぶれたベッドはそんなにあたたかくもありませんが、ほそぼそとした火があるだけの暖炉のそばよりはあたたかいと思ったのです。
ティムはお母さんとふたりぐらしの七さいの男の子。茶色のぱさぱさした髪の毛をしていて、やせているおかげで目だけが大きく目立ちます。
ティムは小さなチーズのかけらをさらに割って半分にすると、その半分をお母さんにさし出しました。
「半分こだよ」
「お母さんはいいから」
「よくないよ。それじゃあいつまでたっても起きられるようにならないよ」
悲しそうにお母さんはチーズのかけらのかけらを受けとりました。ティムもそれをひと口でほおばると、かまずにいつまでも口のなかで転がしていました。そうして考えました。
このままでは食べるものもなくなって、さむい家のなかでお母さんとふたり、つめたくなって死んでしまうかも知れません。そうならないために、ティムには何ができるのでしょう。
次の日の朝、まだ夜と見分けのつかない暗いうちにティムは家を出ました。お母さんが編んでくれた青いマフラーと手ぶくろ、ぼうしを身につけて。コートのポケットにはほんの少しのコインが入っています。
このお金で食べものを買いにいくのです。ながい冬のせいで食べものは高くて、たくさんは買えないでしょう。それでも、お母さんのためになにかを買わなくてはいけません。
凍ってかたくなった雪の上をティムは転ばないように気をつけながら歩きました。お店につくのに大人たちよりも時間がかかるので、ティムは早くから出かけたのです。
さいわい、ふぶいてはいない日だったので、なんとか町の大通りまでやってくることができました。その頃には空も明るくなって、朝のすがすがしいさむさに気もちが引きしまります。屋根からしたたるしずくが冬の日ざしにきらりと光っていました。
そのままティムが歩いていると、広場のところに人だかりができていることに気がつきました。わいわいがやがや、大人たちの声がティムの耳にもきこえてきます。
「季節の塔から冬の女王が出てこなくなったって? だからこんなにもさむい日が続いているのか」
「でも、どうしてだい? いつもなら春の女王が塔をおとずれて交替するのじゃなかったか」
「それがうまくいかないから、王さまはあんなおふれを出したんだろうよ」
おふれというのは、王さまからのお知らせです。あの人だかりの奥にある立て札にはいったい何が書かれているのでしょう。まだ字がうまく読めないティムは大人たちの声に耳をすませました。
「冬の女王と春の女王を交替させたものには好きな褒美をとらせる、か。そうしたら腹いっぱい食えるようになるんだな」
「ああ、大金もちにもなれるぞ。よし、春の女王をさがしにいってこよう」
「おれは冬の女王に会いにいこう」
大人たちは口々にいってさむい広場からいなくなりました。冬と春の女王に会いにいったのでしょう。
ティムはすこし考えました。大人たちがたくさん、ああして女王たちに会いにいったのなら、このさむい冬もようやく終わるのでしょう。子供のティムは待っているだけでいいのかも知れません。
けれど、褒美という言葉がひっかかりました。ティムが望むのは大それたお願いではありません。お母さんに元気になってほしい、ただそれだけです。そのために栄養のある食べものや薬がほしいと、それをご褒美としてくれるのなら、ティムもまた女王に会いにゆこうかと思えるのです。
ちいさなティムは大人たちよりももっともっとがんばらなければ、季節をめぐらせることはできないでしょう。それでも、お母さんのためにがんばろうとティムは決意しました。
ティムのちいさな足は広場の先にある季節の塔へ向かって歩き出しました。
季節の塔は町の真んなかにあります。森のように自然の豊かな広場のなかにゆったりと建っているのです。季節の女王たちのすがたは外から見えませんが、みんなその季節の塔を散歩をしながらよくながめているものです。
ティムが季節の塔へたどりついた時、塔のまわりにはたくさんの人がいました。あまりにたくさんの人は冬には白くそまる塔を黒くとりかこんでいました。わあわあと声を上げ、なかには木づちや杖をふりまわす人までいました。よく聞くと、出ていけとさけんでいるのです。
冬の女王は塔から出てこようとはしません。
それもそのはずです。ああもどなられては顔も見せたくはないでしょう。自分がしかられているわけではないのに、ティムもおそろしくて塔に近づけなくなりました。すこし離れたこかげから見まもっていると、そばで声がしました。
「ああ、あれでは冬の女王までこの国を見すててしまうよ」
ふり返った先にいたのは、ティムとおなじ年頃の男の子でした。きれいな金色の髪はすこしももつれていなくて、頬もすべすべしたものでした。きている服もティムのものよりももっとずっとりっぱです。
ティムがまばたきをくり返していると、男の子はいいました。
「きみも冬の女王に会いにきたのかい?」
「うん、そうだよ」
ティムは正直に答えました。すると、男の子はティムに向かって手まねきをしました。
「じゃあ、いっしょにおいでよ」
「え?」
とまどいながらも、ティムは歩き出した男の子のあとに続きました。男の子はなぜか塔に背中を向けてしまいます。ふしぎに思いながらもティムは男の子を追いかけます。
男の子は塔から少し離れた木々のあいだから、一本の大きな木の前で立ち止まりました。その木はとても太く、ティムが五人いて手を伸ばせばやっとぐるりと囲めるほどです。男の子はその木に向けて、首から下げていた鍵をちいさな穴にさし込みました。すると、その木の幹が扉のようにパカリと開いたのです。ひくい扉は子供にはちょうどいいくらいの大きさでした。木の中には下に続く階段があったのです。
ティムが驚いていると、男の子はあまり表情をうかべずにつぶやきます。
「きみの名前は?」
「ティム」
「じゃあ、ティム。こないのかい?」
「い、いくよ」
今さらいかないとはいえません。このふしぎな男の子をうたがう気もちはティムにはありませんでした。男の子の目があまりにもすんでいたからでしょうか。階段をすすんでいけばきっと冬の女王に会えるのでしょう。
ティムは先をゆく男の子について階段をおりました。階段は地下ですから暗いはずですが、ちいさな明りが点々としていました。火とはちがう白い光です。それは魔法のようでした。
つめたい階段をおりて、そうして途中からはのぼりはじめました。そのあいだ、男の子はあまりしゃべりませんでした。ながい階段につかれたふたりの息が白く通路をそめます。そうして、やっとのぼった塔の部屋の扉にはキラキラとした宝石がちりばめられていました。けれど、男の子は宝石に目もくれず扉を叩きました。
「冬の女王に会いにきました。ここを開けてください」
冬の女王とはどういう人なのでしょうか。冬のきびしいさむさのような人なのでしょうか。
ティムは緊張しながら男の子のそばで待ちました。すると、きれいな女の人が扉を開けてくれました。
雪のようにまっ白な髪に氷のようにかがやく髪かざりをして、すそのながい青いドレスをきています。こんなにきれいな人をティムははじめて見ました。
冬の女王は口に手を当てておどろきました。
「やっぱり! 王子さまじゃありませんか。おともの方はいないのですか?」
「ないしょでぬけ出してきたからいません。それよりも、お話を聞かせてください」
男の子は王子さまだと冬の女王はいいました。この国の王子さまです。ティムがふつうに口をきいていい相手ではありません。びっくりしてティムはどうしていいのかわからなくなりました。けれど、王子さまはふり返っていいました。
「ティム、話を聞こう」
「は、はい」
机もじゅうたんも、カーテンもクローゼットも全部が真っ白でした。その真っ白な部屋のなか、ティムは自分がシミのように感じて居心地がわるく思えました。もじもじと冷たいイスに座りながら王子さまといっしょに女王の話を聞きます。
「いつまでもわたしが塔から出ていかないのは、妹の春の女王がこないからなのです。あの子がきてくれないままわたしがこの塔をはなれてしまうと、この塔はこわれて、狂った季節が国中にわざわいを引き起こしてしまうでしょう」
冬の女王はこまった顔をしてそういいました。
「春の女王はどうして塔をおとずれないのですか?」
王子さまはそうたずねました。女王は首をふります。
「わかりません。でも、あの子は森が大好きなので、森にいるんじゃないかと思います。どうか、わたしにかわってあの子をここへ連れてきてくださいませんか?」
「ええ、わかりました」
そういって、王子さまが立ち上がったので、ティムもあわてて立ちました。そんなティムにも女王はそっと笑ってくれました。どこかお母さんのような優しさです。
「お願いします」
ふたりはそうして塔をおりました。おりる時はのぼる時よりもずっと楽でした。
また木の扉から外へ出ると、ティムは気をつけながら王子さまにいいました。
「王子さま、どうして王子さまが冬の女王に会いにきたんですか? 国のひとたちが季節をめぐらせようとしています。お城で待っていたほうがいいと思うんですけど」
こっそりお城を抜けてきて、王子さまに何かあったら大変です。でも、王子さまはむずかしい顔になってしまいました。
「ぼくはいつか王さまになるんだ。だから、国中のひとたちがこまっているのに待っているだけではいやだったんだ」
えらいひとなのに、王子さまは優しい心を持った男の子です。ティムもそれがすぐにわかりました。
「そんなことよりも、はやく春の女王をさがしにいかないと。きみはどうするの? ついてくるのかい?」
王子さまにそうたずねられて、ティムは力いっぱいうなずきました。
「いきます」
「そうかい。ひとりでがんばろうと思ってお城をぬけ出してきたのに、やっぱりひとりよりもふたりだと心強いな。ぼくたちはなかまだから、そうていねいに話さなくてもいいよ。いっしょにがんばろう」
と、王子さまは笑ってみせました。ティムにはそれがとてもうれしく思えました。
「うん」
ふたりは春の女王をさがして歩きだしました。けれど、子どもの足です。日が暮れるまでに春の女王のもとへたどりつけるでしょうか。ティムが家に残してきたお母さんの心配をしていると、王子さまはまた一本の大きな木に鍵をさしてまわしました。すると、その木の幹が開いて、今度は階段ではなくその先は森につながっていたのです。
王子さまはいたずらっぽくいいました。
「この魔法の鍵はないしょで持ってきたんだ。今ごろお父さまがさがしているかも知れないから、急いで帰らなくちゃ」
ティムも笑ってうなずくと、ふたりは木から森へと移りました。森の中も雪でいっぱいです。ふたりの腰のあたりにまで雪がつもっているのです。ふわふわの雪でもくつのなかに入るとつめたくて、ティムは悲しくなりました。それでも、王子さまと手をつないで歩きました。どちらかひとりだったら、先へは進めなかったでしょう。ふたりだからお互いをはげましながら森の奥へとすすむことができました。
すると、だんだんとふりつもった雪がすくなくなってきました。さらに奥にいくと、雪はまったくない緑の草の上に出ました。森にさしこむ光もどこかあたたかくて、ふたりのひえた体を優しく包んでくれました。ティムと王子さまは顔を見合わせます。
「春の女王だ。春の女王が近くにいるよ」
「うん、急ごう」
ふたりはかじかんだ足で必死に前にすすみました。そうして、道の先にはちいさなお花畑がありました。ふたりよりもすこしだけお姉さんに見える女の子がそのお花畑のまんなかにいたのです。ピンクのふんわりとしたドレスにふんわりとした金色の髪。かわいい女の子でした。
「春の女王、こんなところにいたのですね。どうして季節の塔で冬の女王と交替しないのですか? ながい冬に国中の人がこまっています」
王子さまがそういうと、春の女王はぎゅっと口をまげてしまいました。そのすがたはどこか悲しそうです。春の女王はいいました。
「春になったら、今度は夏になるでしょう? 春もしばらくしたら終わってしまうの。だから、塔にはもういきたくないわ」
「どうしてですか? 春がきてくれなかったら、さむい冬のままです。夏にも秋にもなれないんです。女王さま、お願いします、この国を春にしてください」
ティムがそうお願いすると、春の女王はやっぱり悲しそうにうつむいてしまいました。王子さまはそんな春の女王に優しくたずねます。
「みんながあなたを待っているのに、何がそんなにもいやなんですか?」
すると、春の女王はしょんぼりといいました。
「春になると、今は地面の下になっている植物たちがいっせいに芽吹いて花を咲かせるわ。けれど、春の花たちは春が終わったら散ってしまうの。わたしはいつもそのお別れが悲しいの。散ってしまうなら、咲かないままのほうがいいわ」
春の花は女王にとって友だちなのでしょう。お別れが悲しい気もちもティムにはわからなくはありません。それでも、だからといって、このまま春がこなくていいとはいえません。王子さまもこまってしまいました。
するとそこへ夏の女王と秋の女王が現れたのです。夏の女王はみじかい髪に猫のような目をしていて、そでのないオレンジ色のドレスでしたけれど、さむさなんてすこしも感じていないようでした。
秋の女王は焦げ茶色の葉っぱを重ねたようなドレスをきた、大人しそうな人でした。ふたりは真っ白な羽根の大きな鳥に運んでもらったのです。
夏の女王はあきれたようにいいました。
「あたしたちだって季節を交替するのはさみしいわ。でも、それは決まっていることなのよ」
「わたしもね、このまま塔にとじこもって姉さまに交替しないでいたいと思ってしまったことがあるわ。さむい冬よりも実りのある秋のままのほうがみんなよろこんでくれるんじゃないかって」
でもね、と秋の女王はそっとほほえみました。
「ずっと秋のままではその実りも続かないの。お休みがなければ木もつかれてしまうわ。春があって、夏があって、冬があるから秋にはおいしい実がなるのよ。考えてごらんなさい、ずっと春のままで花が咲き続けて、花はつかれてしまわないかしら。花は散っても、その根は地面でぐっすり休んでいるのよ。次の春にまた咲くためにね」
「そうよ。お別れがかなしくても花たちにむりをさせちゃいけないわ。冬の姉さまだって雪がとけてしまうのは本当はとてもさみしいのよ。みんなさみしさを感じながら、それでも季節をめぐらせているの」
夏の女王もそういってちょっぴり笑いました。春の女王は自分のまわりに咲いている花に目を向けながらうなずきました。
「わかったわ。すぐに塔にいって姉さまと交替してくる」
ティムと王子さまは顔を見合わせてうなずきました。これでようやく春がめぐってくるのです。
春夏秋の女王は王子さまに頭を下げました。
「わがままをいって国のひとに迷惑をかけてごめんなさい」
「みんながあなたを待っています。どうかよろしくお願いします」
王子さまは笑っていいました。夏と秋の女王が乗ってきた鳥にみんなが乗りこみます。鳥は季節の塔めがけて舞いあがりました。夏の女王がさむさをわすれるほどにあたたかい空気を出してくれたので、冬の空の上でもすこしもさむくありませんでした。
そして、鳥が塔の前に舞いおりて、塔を囲んでいた人たちはびっくりして逃げてしまいました。春の女王は急いで塔へと向います。しばらくしてふわりとあたたかな風が吹きました。するとどうでしょう、雪は見る見るうちに消えてしまいました。とけたのではなく、本当に消えてしまったのです。遅れをとりもどそうと春の女王ががんばっているのでしょう。
それを見届けた夏と秋の女王は鳥に乗って去っていきました。もう安心だと思ったのでしょう。
王子さまは塔を見あげながらティムにいいました。
「ぼくはどうしたらみんなをしあわせにできる王さまになれるのか、ずっとそれを考えてきたけれど、やっとすこしわかった気がするよ。ぼくが城にとじこもったままだったら、春の女王のような王さまになっていたんじゃないかな。思いきって外に出たからこそ、いろんなものが見えたよ」
花が散るのがかわいそうだから。悲しいから。
けれど、それでたくさんの人がさむさに苦しみました。
春の女王のちいさな優しさは、人々の大きな悲しみになったのです。
かしこい王子さまは、まるで自分にいいきかせるようにしてつぶやいていました。
「自分にとって大切なものをまもるために誰かを悲しませていないか、よく考えなくちゃいけないんだね」
ティムには王子さまがとても大人に見えました。そのちいさな背中はティムとおなじだというのにです。
だからティムは決めました。
ティムが塔の前で大急ぎの季節の移りかわりを感じていると、そこへたくさんのおともを連れた王さまがやってきました。王子さまはお城をぬけ出していたのであわてましたが、あきらめてティムのとなりに立ちました。ティムはひざを地面について頭をさげます。
すると、王さまの声がしました。
「ようやく春がきた。季節をめぐらせたのは誰だ? 褒美をとらせるぞ。王子、城にいないと思ったらこんなところにきていたとはな。お前が季節をめぐらせたのか?」
「このティムとふたりで春の女王に会いにいきました。ティムがいなかったらたどりつけなかったと思います」
王子さまはそんなことをいいました。ティムは何かをしたわけではありません。
「そうか。それならばその子にも褒美をとらせよう」
ティムはこっそり王子さまを見ました。王子さまは優しくうなずいてくれました。
「お母さんの体がよくなる食べものと薬がほしいです」
それだけをお願いしました。もう一つのお願いは、自分でかなえることに決めたのです。
「そうかそうか。では、家まで届けさせよう。ごくろうだった」
王さまが嬉しそうに声をかけてくれました。王子さまは王さまについてお城へ帰るのでしょう。
もともと、ティムと王子さまは友だちになれるような身分ではありません。こうして二度と会うこともないのでしょう。今日のことは夢のようなものなのです。
「じゃあね、ティム。今日はありがとう。元気でね」
ティムに向けて手をさし出した王子さま。ティムはその手をにぎっていいました。
「ぼくにはね、春に咲く花の気もちがすこしわかったよ。地面の下で春を待つとき、花の芽は春の女王に会える日を楽しみにしていたんじゃないかな。ぼくも今は地面の下でじっと春を待つ芽なんだ。たくさん勉強して、いつか花を咲かせるみたいにりっぱな大人になるから、そうしたら王子さまの役に立つために会いにいくよ」
かしこい優しい王子さま。その王子さまが王さまになる頃には、たくさん勉強したティムが家来になって、忙しい王さまをはげましていけたらいいと思うのです。今はまだ、まずしい子どものティムですが、友だちになった王子さまにもう一度会うために、さむい冬に地面の下で春を待つようにすごしていこうと決めたのです。
王子さまが王さまをやめるその日には、春の終わりに散る花のようにティムもまたお城を去るでしょう。
そのみじかい時を楽しみに春を待つのです。
王子さまはにっこりとほほえみました。ティムもまた笑って、そうしてふたりは別れました。
おだやかに季節のめぐるこの国で、いつかもう一度出会うその時を夢見て。
春のあたたかな風が、ふたりの背中をそれぞれに押すようでした。
【おわり】