レガリア #4
空は心の写し鏡、だなんて誰が言ったのだろう。
海と絶壁を作る、港の先の丘で、私は靴を脱ぎ、草の上に寝ころんだ。
名前の知らない白い花が、鼻先で踊っていた。
丘の空は、見渡す限り、目の届く限り、雲ひとつない蒼穹で、だから私はそんな不満を抱いたのだ。
私の心を写したのなら、竜巻でも雷でも、あるいは隕石でも、雨のように降ってくるべきなのだ。それくらい、私の心は崩壊しているはずだから。
もしも私の心の奥底に誰かが住んでいるのならば、落ちた天井を吹き抜け構造の瀟洒な造りだ、なんて勘違いするかもしれない。
吹き抜けどころか吹き晒しなのに。
吹き晒しで雨晒しの洗い晒しだ。
だけど、もうそんな、崩れた城を一本の柱で支えるような、倒懸の役目からは解放されたんだ。
船乗りの死を知って、解放された。
私は約束を果たした。ずっと待っているという約束を。
彼の約束は果てた。彼が死に果てた。
約束はちゃんと終わった。
それは決して望んだ形ではないけれど、私は約束という重い束縛から解放されたのだ。
この長い時間で、たったひとつ、約束を成し遂げることができた――。
だから、何だというのだろう。
誇る気持ちどころか、私は埃まみれだ。
貧窮な生活環境で、藁のベッドで、埃まみれ。
それに、自分のことを軽蔑こそすれ、私に己を誇る資格なんて欠片もないのだ。
だって。
だって。
約束が果てたことで。
彼が死んだと知ったことで。
「私は心底ほっとしてしまった」
涙が無言で頬を伝っていった。
雲ひとつない。
この空はどうしてこんなに晴れやかなのだろう。
それとも、私の心は、こんな風にすっきりしているのだろうか。
よくわからなかった。
たぶん、空が晴れていることに、理由なんてないんだ。
私との関連性なんてない。
私が清々しい気分だから空が晴れるんじゃなく、空が晴れているから私が清々しい気分になっているだけ。当たり前だ、そんなことは。
だけど、それでも、清々しい気分の方が、一歩を踏み出すのには似合う。
それが、新しい道への一歩でも。
それが、夢見た舞台への一歩でも。
それが、崖の中空への一歩でも。
立ち上がって、海を見た。
港の先の、海と絶壁を作る丘の、海との淵に立って。
帰ってくる船の姿は見えなかった。
どこまでも、湾曲した海が、港から続いているだけ。
けれど、そこには彼が居る気がした。
若い船乗りの彼が。
もう何度夢想したかわからない。心地良い若い船乗りの声が、もう一度「レガリア」と、私の名を呼ぶ日を。
きっと最初に聴くその声は、叫び声だったはずだ。
私ならきっと、彼の船が帰ってくると知れば、誰よりも早く港に駆けつけたはずだ。
彼ならきっと、私が港で待っていると知れば、誰よりも大きな声で私の名を呼んだはずだ。
船が港に着いて、私たちが抱きしめあうその瞬間まで、きっと叫んでいた。だからこそ、
「許せない。許せるわけがない。こんな私なんて許せるわけがありません。あなたとの再会の約束を、重荷に感じたいたなんて」
海が私を呼んだ気がした。
「レガリア」
彼の声で。
「今行きます」
私は一歩を踏み出した。
そして。
重力。
それは彼の腕のように私のことをグっと引き寄せた。