表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

コンプレスワールド #3




 牢屋番は言った。

 もしかしたらそれは自分の言った言葉だったかも知れない。

 それくらい、自分の存在が他人事だった。

 どうでもよかった。

 重要じゃなかった。

「助けは来ない」

 そして、理解していた。

 ここにいることは、ひとかけらも余すところなく、無駄でしかないのだと。

 私はもう、朽ち果てている木っ端と自分の見分けも付かないくらい、ギリギリでボロボロでクタクタだった。

 希望を持ったまま死ぬのと、希望をなくしてもまだ生き続けなければならないのは、いったいどちらの方が辛いことなのか。

 いや。そんなことは本来議論するまでもないことだ。

 希望を失ったのならば、新たな希望を抱けばいい。

 そういえる。

 口では、そういえる。

 けれど、『希望を失う』というのは、口で言うほど軽い事じゃなかった。

 『新しい希望を抱く』というのは、口で言うほど簡単な事じゃなかった。

「私は、何のためにここに居るのでしょう」

「私は、何のためにここに居たのでしょう」

「私の人生は何だったのでしょう」

「こんな終わり方ってないでしょう」

「だめなんですか」

「どうして、たったひとつでよかったのに」

「願い事なんてひとつしかなかったのに」

「ずっとずっと守ってきたのに」

「私が馬鹿なのですか」

「頭が良ければもっと救われていたのでしょうか」

「いったい私は、何を成し得たのでしょう」

 砂漠に植えられたひまわりの様に、私は乾いていた。

 直向ひたむきに。上向きに。太陽を追いかけ続けていたのに、雨が降っていないことに気付かず、少しずつ枯れてしまった。

 希望の光だけで、生きていくことはできない。

 ガラガラと。

 どこかで煉瓦の崩れるような音がした。

 昔からそうだ。

 この場所は少しずつ崩れている。

 まだ建築物の様相を保っていられるのが不思議なくらい。

 床は割れ、天は落ち、壁は崩れた。

「あなたがもっと醜い人間ならば、幸せになれたのに」

 牢屋番はつぶやいた。

 壁の陰にいる彼の顔は一度も見たことがない。だけどそれは、きっと悲しい顔をしているのだと思った。

「今壊れたのは、あなたのこわばった心だ。築十七年の、強ばった心が崩壊した。あなたはほっとしたんだ」

 私にはそれがどういうことかわからない。

「約束は何のためにあるかと聴かれたことがありますか」

 私は、乾いた唇を振るわせ「そんなことは決まっています」と言った。

 なんとなく、そこから先は言わなかった。

 あるいは、言えなかったのかもしれない。

 言ってしまったら、自分を保てなくなるような気がしたから。

「はい。決まっています。約束は破るためにある――なんて、奇をてらってうそぶくヒトもいますが、そんなはずはない。だったらやはり守るためにある――というのも少し違う。なぜなら約束は、ヒトにとって重荷になるから。永遠に終わることのない約束を守り抜く事なんて、いったい誰にできるというのでしょう。あなたはたったの十数年でその有様だというのに」

 牢屋番の言いたいことは、なんとなくわかった。

 彼の方が正しい事を言おうとしているのだと。わかる。

 わかる。

 わかる、わかる。わかる。

 わかるけれど。

 きっと私はとてつもなく馬鹿な人間なんだ。

 気持ちが、感情が、勝手に道を造ってしまう。

 正しい行き先が見えているのに、私の道は別の方を示す。

 正しいことを正しいままに行う自分を、私は許せなかった。

「あなたの約束は果たされました。あなたは約束を成し遂げたのです」

 持った荷物は、いつか下ろすべきなんだ。いつまでもなんて無理だ。きっといつか終わると信じられるから、私は重荷を背負ったまま歩くことができる。

 私はやっと、約束を果たした。

 果たした。

 果たすことができた。

 そして。

 安心してしまった。

 強ばった心がやっとほぐれて、崩れて、私は安心できた。

 安心してしまった。

「きっとあなたは、心の美しいあなたは、そんな自分を許すことはできないのでしょう」

 牢屋番は、悲痛をこらえて、立ち上がり、鉄の檻に手をかけた。

 もう私はここに居る必要はなくなったのだろう。

 この世界に。

 最後まで、この地下深くで、何かを支え続ける私というボロボロの柱は――人柱は必要なくなったのだろう。

 ガ、チャキ。

 と音を立てて、牢は開いた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ