レガリア #2
港から、見上げていた。
空をじゃない。
カモメでも、国旗でもない。
彼の振る手を、見上げていた。
「なあ。俺は、いつかこの場所に帰ってくるから」
船の上から彼は叫んだ。
旅に出る。
船出。
海に出る。
それは彼が船乗りだから。
海が好きな人間でも、船が好きな人間でも、魚を捕るのが仕事でも、国を渡るのが仕事でもなく。
彼がひとりの船乗りだから。
彼は海に出る。
「うん」
私はうなずく。できるだけ大きく。彼が見逃さないように。
首を横に振ることも、止めることもしない。できない。
私は、ここにとどまる様な彼なら、きっと愛することはなかったから。
「どれだけ時間がかかるかわからない」
「うん」
「でも必ず帰ってくるから」
「うん」
「それまで待っていてくれるかい」
「待っているに決まっているわ――ずっと待ってる」
私たちは今まで何も伝えなかった。
それはこの日がいとも簡単に訪れるのだと知っていたから。
彼は自分を船乗りだと知っていたし、私は彼を船乗りだと知っていたから。
お互いに何も望まなかった。
望んでしまえば、不幸にしかならない。そう思っていたから。
「レガリア」
けれど、私は今確信している。
そのたったひとことで、私たちは。
「レガリア・ロールスイス」
「はい。船乗りのロット」
幸福な未来を信じることもできたのだと。