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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

母ちゃんシリーズ

口笛ふいて  (母ちゃんの子)

作者: そら

母ちゃんの最後の落ちがいやだの声を思い出し、今日はちょうど時間があったので削除して、ちょいと続編を書きました。



 私達はいつでも遠い遠い島の夢をみる。 


 あの島でのあの日々を。


 キオが,私達の誰より一番賢い彼女が言うには,あの日々はわずか3年と7か月だったそうだ。


 時間を言われても全然ピンとこないが、誰か仲間と会えば、その後は自分達の現状報告をあっさりと終え、すぐに楽しかったあの日々のおしゃべりにいつまでも時間が許す限り突入する。


 その楽しい日々は私達が「生きる」為に何が大事なのか、どうしたらいいのか大人と子供だとかの境界は全くなく同時進行で話しあわれた日々でもあった。


 そうしてその答えの一つとして、島の子供達は本土の寄宿舎付きの学校や、今、私と話しているキオみたいな更に賢い子などは、ドイツなどの先進国に留学生として何とか潜り込み、私みたいな父親や母親が他国の人間ならきちんと認知をさせ、更にこのいい加減な国で役人にお金を払う事で、きちんと法律上の手続きもされた上、何とかそれぞれの親の国にごり押しで送られていったのも含まれた。




 私達大多数の島の子供たちは、もちろんそこに大人も入るが、ひどく命の価値が軽かった。


 本当に飼われている鶏以下だった。


 野犬に人間と鶏が襲われたなら、人間がやられた方がいいと真剣に答える人間が多い島だった。


 島の子供は皆、だれかれとなく暴力をふるわれるのも当たり前で、それに耐えられない子供は淘汰されていった。


 ただし、小さな舟でも持っている舟持ち達の家はそれほどでもなく、まだましだったと思う。


 私の父親もまた典型的に堕ちた人間で、なぜか流れ流れてこの島に他国から居ついた男だった。


 基本、安定しない国だ、そのたびに内乱があり、この島での先祖伝来の穏やかな暮らしなど、とうに神話の世界になり果てている。


 何とか生きていくため海賊行為で暮らしている島だった。


 その船にさえ乗れなくなった島民は、ただただうちの父親のように堕ちていき、どうしようもないクズが日々出来上がっていった。


 そういうやからは、この島の更に片隅により集まって暮らしていた。


 私の父も痩せ細った幼い私を女だというだけで抱こうとし、幼い私が血だらけになっても知らん顔でほおっておいて、また酒をあおるような男だった。


 その癖に酔いが醒めると、その目は沈痛な色をたたえ、慌てて助けをよびにいった。


 島でも最下層の場所に住むだけあって、近所の女は手馴れたもので、そんな私の手当てをしてはくれたが、その治療の代償にと私を島の男の一人に売ろうとした。


 もちろん簡単にやられるような、そんな間抜けな子供などここにはいない。


 ざまぁみろ、だ。


 けれどそんな私も親にだけは不思議な事に逆らえない時がある。


 親というのは子供に対して何か魔法のようなものを持っているんだろうか?




 この島の子供たちはこうしてパン種のように潰され伸ばされ、腐るように発酵され、いっぱしのワルになっていく。


 それぞれの事情によって、深く浅くと。





 そうした日常に私の父親と同じ日本人だというくたびりはてた年寄りにしか見えない女がこの島に医療ボランティアというのでやってきた。


 もちろん誰も相手になんてしなかった。


 こういう奴らは良くやってくる、そうしてまた逃げるようにいなくなる。


 昔、本当に遠い昔にしか思えない一時期に私達子供が唯一話を聞きにいったアメリカ人の牧師様がいた。


 この人は最もここに長くいた人で1年半もこの島にいた。


 なぜ私達子供が牧師様の所にいったのかというと、紙みたいな入れものに透明な蓋がかぶさったその中にアメなどのお菓子を入れて話しをきいた最後にそれを貰えるからだ。


 その入れものを島の女達が欲しがり、もちろん中身もだが、私達子供はその時間だけは、暗黙の了解でもろもろの雑事から解放された。


 その牧師様は私達を小さな子供として扱った。


 島の大人達に家の仕事を少し休ませてあげてほしいとも言っていた。


 皆誰もがバカじゃないかとそれを思っていた、誰も言わないけど。


 牧師様の言う通り両親を敬って大人達を敬って、なんて事してたら、気がついたら全てむしり取られて死ぬだけだ。


 大人達の隙間をかいくぐって何とが生きているのに、そんな事をしようものなら大手をふって喰いものにされたり売られるだけだ。


 もっと小さな子供ならあっさりごくつぶしとして殺されるのも珍しくもない,そんな家もある。


 だけど私達は何も知らない子供としてお菓子をもらう、より有利に生きるために。


 牧師様が最後に島を離れる時に「苦しい時こそ神はあなたのそばに共におられる。あなたの苦しみこそが神への真摯な祈りとなり神にちゃんと届くのです」と言っていた。


 なぜかその言葉は今でも覚えていた。






 その女は島の大人達にもビビらず、すごく淡々と島にいた。


  一人楽しく釣りをして,やがて舟持ちの夫をもつ妊婦から赤ん坊を取り上げたり,ケガ人の面倒まで見て徐々に島に自然と入りこんでいった。


 ある時、私のアル中の父親が酒場とも呼べない汚い小屋で私を殴って遊んでいるのを見て、自分も酔っ払っているくせに父親相手に大立ち回りを演じたのが、その女と話した一番最初だった。


 この日本人の女は、悪さも見れば平気で島の女とも、子供とも、もちろん男とも殴り合いをし、そして金もとらずにケガ人を治療し、赤ん坊をとりあげた。


 みんな食っていかなきゃいけないもんなぁ、そうだよなぁ、そう言ってぼやきながら女は島にいた。






 私達子供が女を受け入れたのは、私の父親とやりあってしばらくたった時だった。


 島の食いつめ女のひとりから、まだ歩けない男の赤ん坊の始末を私達子供のひとりが頼まれた。


 新しく子供を妊娠し、男の赤ん坊は女と違い大きくなるまで使えないし、売れる訳じゃないし、役に立たないからと頼まれた。


 こういうのはよくある。


 島でも末端な人間の間では。


 私と私より少し大きい男の子のジェイを先頭に赤ん坊を抱いたフィーを囲むようにしてすぐそばの海に私達はむかった。


 母親が放棄した赤ん坊などすぐに淘汰される。


 上区のお人好しの女は皆、自分の赤ん坊や子供でいっぱいいっぱいだし、この島では余計な手など余っちゃいない。


 皆ギリギリで生きているから。


 今までもこれからも何かが変わった試しなどない。


 島の子供の結束は固い、特に食いつめ下区の子供達は。


 少しでもより良く生き残る為に必死だから。


 その時も無言で腹をすかせた赤ん坊の泣き声だけを響かせて歩いていた。


 特にジェイ達男の子はひどく静かに歩いていた。 


 見ればわかる、何を考えているかなんて。


 この赤ん坊は過去のジェイで未来のジェイで。


 こんな事初めてじゃない。


 少し離れた浜辺ではあの女が煙草をふかせているのが見えた。


 私達はそのまま静かに海の中に入っていった。


 目だけはずんずんと、ずんずんと。


 実際は波に押されるのに身をまかせ、少しずつ。


 フィーから一番背が高いジェイに赤ん坊は暗黙のうちに渡された。


 やがて足が波がくるたびつかなくなると、私達は泳ぎながら進んでいく。


 ジェイは片手で赤ん坊になるべく波があたらないように波をブロックし、上をむき背泳ぎしながらラッコのようにそのお腹に赤ん坊を乗せている。


 フィーや私もその赤ん坊に手をそえ落ちないように泳ぐ。


 あの牧師様が言ったように、今、この時も神様はそばにいてくれてるんだろうか?


 私は祈ってるのかな?


 これが本当に祈りになるんだろうか?


 もうじき潮目に入る。


 海に育った私達でさえこの先にいけば流され危険だ。


 どのくらいじっとしていたのかわからないけど、ジェイが背泳ぎをやめ、私たちも立ち泳ぎになった。


 一生懸命赤ん坊を両手いっぱいに伸ばして天に捧げるように持つジェイと自然と赤ん坊にまた手を添える私達。


 一度目を閉じ阿吽の呼吸で泣いている赤ん坊の手を一斉に離す。


 けれどもその赤ん坊はすぐさま別の手に救われた。


 私達は全然気がつかなかった。


 それだけ気持ちがいっぱいいっぱいだったんだと今ならわかる。


 あの女はあきれた事に煙草を口にくわえたまま海に入ったらしい。


 濡れた煙草をそれは惜しそうに見ながら、そのくせ上きげんに立ち泳ぎしながら皺の目立つその腕に赤ん坊を抱え「いらんなら貰うな」と笑った。


 責めるでも怒鳴るでもなく、ジェイの頭をちょっと撫で、それでバランスを崩して海の水を少し飲んで涙目になりながら、なぜかみんなで浜辺まで戻った。


 浜についてから、女のГ私じゃおっぱい出ないから、おっぱい探しにいくぞ」のその声に皆で笑って、そして泣いた。


 何がどうした訳じゃないし、相変わらずの島と私達だけど本当に大声で記憶にある限り初めて泣いた。


 別に大した事じゃない。


 たまたま今回赤ん坊がどうやら助かっただけだ。


 だけどどうせそばにいてくれるなら、見えない神様より、こうしてそばにいてくれる少しだけ優しい何かがいい。


 見えない祈りじゃ私にはわからないから、これがいい。


 人でいい。





 それから女は下は赤ん坊からの子供達を自分から初めは対価を払って預かり出した。


 はじめは上区の自分が取り上げた赤ん坊から。


 島の人間の生活が落ち着きだすのと一緒に「宴会」というのを島民総出でするようになった。


「出来ないって思って生きていくのは楽だけど、なあに人間っていうのはお日様と一緒に動いていけば自然と何とかなるもんさ」


 そんな事を私達に平気で言う。


 それに私とかがすんごい白い目で見てやると「ま、どうにもならんこともあるな。ん。でもな、人は何があってもなるように生きていくもんさ」


 そう言って大口をあけて笑うから、私達ももう泣くのはいいから、本当にもういいから同じように一緒に笑う。


 島は少しずつ変わっていく。


 良いことも悪いことも飲み込んで変わる。




 海に向かって異国の言葉で叫ぶので、それは何といってるんだと幼い子供が聞くと、日本の言葉で母親の事だという。


 母ちゃんの誠は大変だ。


 おちおち天でも寝てられない。


 自然とそれからみんなその言葉の母ちゃんとそのまま呼ぶようになった。


 母ちゃんは島の事をどれだけ理解しているかはわからないけど、何があっても島の人間を切り捨てないだろうと何となく思う。





 その手を泥に血に浸しても、大人達は夢を子供に託す。


 うちの父親のようにあまり変わったようにみえないそのままの大人もいるけれど、その彼らも新たに前をみる人間の邪魔をしないでそこにいる。


 母ちゃんに勉強を教わり、皆で遊んで日が暮れる、まともな仕事の手伝いももちろんする。


 自分達でちゃんと手に入れる未来の為に私は、私達は生きていける。


 それがどんなに凄い事なのかちゃんと皆わかってる。


 一つだって無駄にしないしできない。


 やがて私も11才になり私は日本という父の国にむかった。


 私はちゃんと牙は磨いている。


 牙のない島の子供など皆に顔向けできないから。


 牙を失った子供は周りに喰われるだけだ。





 そうして21才になった夏、私は母ちゃんからのメッセージを受け取った。


 ただ一言「生きろ!」と。


 ネットの映像の中に笑う島の人間と母ちゃんがいた。


 母ちゃんのそばには我先にと話しかける、外に出られず戻った子供達や元子供たち。


 知ってる顔もあるし、名前だけ知ってる子供もいる。


 毎年クリスマスにはカードを送るから。


 更に母ちゃんの隣には、母ちゃんに頭を叩かれながら、困った顔をしたあのろくでなしの私の父親が年をとった姿で小さく笑っているのが見えた。


 生まれて初めて見るその笑顔を確かめる間もなく映像はノイズとともに途切れた。







 私達島の子供は運がいい。


 ちゃんと闘い方を知っている。 


 固くお互い隙間などないくらい結びついている。


 私達は静かにそっといろいろな場所に巣を作ろう。


 何年、何十年かかろうとも見事な巣を。


 そうしてそうして広がっていく。


 あの後ろで糸引く国を私達は武力ではなく壊しつくしてやろう。


 私達の母国はどうせこれでまた壊れる。


 他の島はまだまだ無事だ。





 母ちゃんの誠の墓参りは当分出来そうにないなあ、青空を見ながらそう思った。


 母ちゃんの代わりによくいっていたけど。


 母ちゃんもいつも喜んでくれていた。


 私の一番のホームランはあんたを日本にやった事だねと豪快に笑っていたのに。


 道子さんにも電話しなきゃ。


 母ちゃんの好きなあの唄を口笛でふく。


 母ちゃんよりいつも上手に子供の頃から口笛を吹くので、母ちゃんはウンウン唸りながら、何でだと理不尽だと、私の唇をその枯れたような指で摘まんでは、このぷよぷよな唇かあ、と、これのせいかと大騒ぎする。


 あの時一緒に母ちゃんを下手くそだとからかって騒いだジェイは、母ちゃんのすぐ後ろで母ちゃんを支えるように、その大きな大人の体で守るようにいた。


 どうだ、母ちゃん悔しいだろう。


 私は私達はもっと悔しい。


 母ちゃんを悔しがらせるために、もっともっとと口笛をより大きくならしたはずなのに、口を細く閉じる事が出来なくなっていた。


 いつの間にか大声をあげて私は泣いていた。


 あの浜辺で初めて泣いた時のように、子供の時のように大きな声をあげて泣いていた。


 









 

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[一言] 何年か前にこの作品を見つけて、思い出しては読み返しに来ます とても好きな作品です この作品に出会えてよかったです
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