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妻とホウヨウ

作者: haru

 九月十九日。妻の四十九日の法要を行った。参加者は、私と私の両親、妻の両親と、妻が生前嫌っていた叔母夫婦の七名だった。

 妻がこの世を去るきっかけとなったのは、悪性の脳腫瘍であった。最初は、『できている箇所から恐らく良性』と言われていたものが、手術で摘出したところ悪性で、更に脊椎にも転移してしまった。病気に気付いてから、一年も経たないうちに逝ってしまった事になる。

私は三十歳であり(殆どの人がそうであろうと思うのだが)自分自身にこんな事態が降りかかってくるとは正直全く考えていなかった。だから、どういった態度で事態に向き合えばよいか分からなかった。質の悪い冗談、その程度にしか現実を捉えられていなかった。

 妻自身には自分自身の詳しい状態を知らせないようにはした。暗示にかかりやすい性質の彼女に、それを伝えることは危険だと私が判断したためである。

 私は妻が亡くなる日が来た時に後悔しないように、妻が望むものを手に入れようとした。実際は、抗がん剤の副作用で食べるものに困っていた妻が、正月に「食べたい」といった西瓜を求めてスーパーやデパートを渡り歩いた、という類のものだけのことであるが、それでも彼女は喜び、私もそれを良しとして生活していた。つまりは、妻自身が明るく振舞おうとしているのを見て、「もしかしたら助かるかもしれない」などと、軽く考えるようにしながら共に闘病生活を送っていたのである。

 ただ、妻の要求で一つ叶えられなかったものがあった。子供のことである。妻は既に四十歳を超えており、出産を迎えるにはいよいよ限界が近かった。結婚当初は妻も子供を欲しがっておらず、また、私自身仕事が忙しく中々夫婦の時間を作れずにいたところ、ズルズルと来てしまっていた。それが、ある政治家が医学の限りを尽くして子供を作った、という内容のテレビ番組を見ていたところ、「私も和くんの子供が欲しい」と一言言った。

 早速私は妻の欲求を満たそうとした。しかし、彼女は少し躊躇しているようだった。抗がん剤の影響で髪がほとんど抜けきってしまっており、また体重も相当に減っていた。そんな体でセックスをする、その事に対しての躊躇であった。それでも、逆に私が求める形を取ることで彼女を納得させた。

とは言え、私自身も、痛ましい彼女の姿に性的興奮を覚えられるか、ということには自信がなかった。そのため、通販で購入した精力剤と、直前に観たアダルト動画を頼りに事に及ぼうとした。結果、挿入には成功した。その後も、彼女と正対する態度を取りながら、一方では別のイメージをして、この作業を終了させた。事が終わった後に、彼女は何か言った。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥ー陀仏、南無ー阿弥陀仏…」

 坊主は、ふざけているのかと思うように調子を変えながら念仏を唱えている。

遺影の彼女と目が合った。その表情がどんどんあの時の表情に変わってくる。息が詰まる。笑っているようでも、怒っているようでも、拗ねているようでも、泣いているようでも、哀れんでいるようでも、蔑んでいるようでもあり、またそれらのどれでもない表情である。だが、彼女が何と言ったかだけは思い出せない。私は彼女からまだ目を逸らせない。


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