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月追鳥  作者: 三衣 千月
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半月が照らす一羽と一人




例えば、赤い林檎がそこにあるとして。

『赤い』という単語と『林檎』という単語が揃って初めてそれは

赤い林檎と成り得るのであって、言葉に因って世界を細切れに

するのは、言語を扱うすべての存在にとって必然の行動である。


我々は、世界というものをこれでもかというほどに細分化して、

パズルのピースを繋ぎ合わせるかのように世界を見る。





と、何かの本で読んだことがあるが、そもそもパズルの一部ではない

存在に対してはどのように接すればよいのだろうか。

とりあえず、観測者の立場を崩さない今の立ち振る舞いで

間違ってはいないのだろうかと少し悩む。

しかし所詮、正しい答えなどないのだから悩むだけ無駄なのだ。


今日も夜色の鳥は俺の部屋で窓から月を眺めている。

順調に月は満ちて、緩やかな黄色を放つ半月へと姿を変えていた。

彼の長い垂り尾が二本、窓の桟から床に着きそうになっている。

あまりにじっと月に見入って微動だにしないものだから

少し気になって、


「・・・生きてるか?」


と声を掛けた。

すかさず彼がこちらに振り返り


『生きている、とは何だ?』


と問いを返してきた。

だから、禅問答まがいの質問に的確明解に答えられるほど

俺は出来た人間じゃあないのだ。解るはずがない。


「や、返事があるならそれでいい。」


危うく人間の本質にせまるトコロだった・・・。

質問責めの危機を適当に受け流して、ふと考えたことが一つ。

―――名前、つけといたらいいんじゃないか?

そう、この世には名前、という便利なものがあるのだ。

何故いままで気が付かなかったのだろうか。名前があれば

呼ぶ度にいちいち質問をされなくても済むではないか。


不思議そうに首をくっ、と傾げている彼を見ながら

早速名前をつけようと頭を働かせる。


まずは・・・対象をよぉく観察するとしよう。

これも不思議な話だが、ここ一週間、あまり彼を注視した事がない。

意識的にそうしていたのか、それともやはり常識外の存在は

こちら側からすれば認識されにくいのか。

ともかく、相変わらず窓から月を見上げる彼をじっと見る。


体長は、30cmほど。

普通の鳥のサイズと大差ない。


体色は、黒というよりは濃紺に近い夜のような色。

半月に照らされて、月色に反射している嘴も同じように夜色だ。


特徴は尾羽から伸びる1mはあろうかという二本の垂り尾だろう。



ぱっと見ただけでは、カラスのようにも思えるその姿だが、

不思議とイメージが合致しない。

いや、どのような鳥類ともとれない印象をうけるのだ。

それどころか、生物として何か違和感を覚えてしまう。


・・・・・・?


何がそう思わせるのだろう?

確かに常識外もいいところなヤツではあるが・・・。






・・・・・・。





・・・!?



「・・・あぁっ!!」



『何だ?騒々しいな。』



振り向いた彼の頭を見て確信した。

コイツ、目が無いんだ。何があっても驚かないことに

しようと決めてはいたが、流石にこれには驚いた。

そして、気が付かなかった自分に少し反省を促してから、

神話や想像上の鳥には総じてあまり眼が描かれていない事にも

思い至る。そうしておく事で何処か一線を画したように

感じられるからだろう。


今まで、何となく表情が読めないヤツだと思っていたが、

気づいてしまえば当たり前すぎるこの結論。


「・・・いや、すまん。何でもない。」


どうする?

名前は“目無し太郎”とかにでもしとくか?

それとも“顔無し”とか?


・・・自分のネーミングセンスの無さに悶絶してしまう。

ソファにどさり、と座り込んで失笑する。


『・・・? おかしなものだ。』


彼に言われてはおしまいかも知れない。


「なぁ、なんて呼んで欲しい?」


自分で名前を付けるのはやめておいた方がよさそうだ。

直接交渉に入る。彼は首をくっ、と傾げてこちらを見つめている。

いや、見つめているという表現は間違っているかも知れないが

ともかくこちらに顔は向いている。


「いや、名前が無いな。と思っ」

『それは駄目だ。』


即座に否決されてしまった。


「いや、名前が無いと何かと不便だと思」

『名付けは駄目だ。』


・・・とりつくしまもない。

便利だと思うのだが。いちいち言葉を選んで呼びかけなくても

済むという勝手な都合ではあるが。


「・・・そんなに嫌か?」


『名前に縛られてしまうと飛べなくなるであろう?』



そういうもんなのか?

そういうこと。にしておくしかなさそうだ。

まだ納得できていないような顔をしていたのだろう。

彼が補足するように言葉を続ける。



『言葉には力が宿るものであろう?』



あぁ、それは分かる。

占いやらなにやらの本でもそう紹介されているし、言霊、という

言葉もあるくらいだから。


それに、確かに意見や意思は言葉に乗せて相手に伝えるものだ。

そこに関して異論はない。世の中には言葉を巧みに操る

言霊使いなる人も存在するらしいが、残念ながら俺に

そのような特異な能力はないようだ。


ならば別に名前をつけるくらい、何ともないような気が

してくるのだが、その旨を彼に伝えても



『言葉には、言葉であるだけで力を持つものがある。』



とのことだった。

名前をつけるという行為は即ち、相手の存在を自分の理解の下に

細分化して取り置く行為なのだそうだ。


だから、名前をつけてしまうと自らの存在がそこに

固定されてしまい、曖昧であった境界線が明確に引かれてしまう。

彼の言葉で言うと、取り込まれてしまう。らしい。

 

普段、何気なく言葉を使っているだけに、あまり実感のない彼の

話ではあったが、“名前をつけることで認識する。”という

言語の基本性質は理解できた。


これはどのような言語でもそうなのだろう。

見えないものを見えるようにするのが言語だし、

見えるものと見えないものの区別をつけるのもまた言語だ。


つまるところ、そんな括りで縛るなと

彼はそう言いたい訳だ。







・・・ならば、やはり彼を呼ぶ時には言葉を選んで

禅問答が始まってしまわないように気をつけるしかない。

何だか面倒臭いヤツだ。



いや、前々から分かっていたことではあるが。

再認識、というやつだ。

言葉を選んで相手に気を遣うなど、いつ以来だろうか。


・・・あぁ、初めて俺に彼女が出来た時は

相手の反応を見ながら恐る恐る言葉を選んでいたっけか。

不慣れながらアレコレ考えていたのをふと思い出した。


思えばあれも、相手という存在を言葉で自分の中に

細分化して理解しようとする行為だったのだろうか。

ならば、相手の存在の象徴である名前を呼ぶのに

緊張してしまう、というのも頷ける。



まぁ、そういった類のものは

理屈ではないような気もするが。






それを鳥相手に思い出す、というのも何だか

シュールな話ではあるな。


こんな、眼すらない鳥もどきに。




「はは、変なの。」



『何を笑うている?』



「や、何でもない。」





半月は尚も明るく、窓から白黄の光を落としている。

俺の日常はそのままに、曖昧な境界線でもって彼の存在は

確かに俺の周りにある。


それは、彼がこちらの日常に近づいているのか、

それとも俺が今までの日常から離れだしたのか。




残念ながら分からないが、

きっと分かったところで何の得にもなりそうにないので、

あまり気にしないことにした。







―――満月まで、あと7日。



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