-華月-[淡夢]
-華月-[淡夢]
貴方様が与えて下さる口付け。
それはあたいにとっては毒。
甘い、甘い毒。
柔らかな唇が触れる。
時に優しく、時に激しく。
触れるだけで溶かされて、心の芯まで溶かされてゆき、貴方様にあたいは溺れる。
苦しくて苦しくて、息も出来ぬ程苦しくて、もがいてももがいても抜け出す事は叶わず。
貴方様から手を離す事が出来ない。
間違いなどと誰に言われずとも分かっております。
分かっているのに、貴方様から手を離す事が出来ない……
こんなあたいをどうか貴方様のお手で、どうかあたいを……
どうせ叶わぬ、届かぬ想いならせめて貴方様のお手で、あたいの息の根を止めて下さい。
嗚呼神様、そう願う事すらあたいには認められませぬか?
そう夢見る事すらあたいには許されないのですか?
愛しいお人。
貴方様の腕の中で息絶える事を夢見ながらあたいは今宵も紅をひき、妖艶な遊女へと姿を変えてゆく。
沢山の男に抱かれながらも心手折られる事なく、ただひたすらに貴方様を待ち焦がれ……
ただ、ひたすらに貴方様を想いながら。
〈……冷たい、これは〉
「ん?起こしてしまったようだな。気分はどうだ?」
外はまだ煌びやかで妖艶な風纏う夜と、涼を運ぶ風吹き抜ける朝の狭間をさ迷い、空はうっすらと白んでいた。
額にはひんやりとした手拭いが充てられ。
傍らには、優しく微笑む愛しいお人が。
「月影様、どうしてここに?」
「お前、覚えていないのか?顔を見るなり倒れるから、少し傷付いたぞ」
言葉とは裏腹に穏やかな安堵の表情を浮かべる貴方様に、心が甘く波打つ。
〈そうだ……襖を開くと同時に視界が薄れていき、あたいは……〉
「これは……月影様が?」
額を包み込む冷たい手拭いには一枝の桜と欠けた月が丁寧に刺繍されている。
〈こんなにくたびれるまで使って下さるなんて……〉
それは華月が月影の為にと見繕ったものだった。
上等な物にはとても手が届かないから、せめて気持ちだけは沢山込めようと桜と月を刺繍した。
一針一針に想いを込めて。
〈何だかこの手拭い、あたいみたいだねぇ〉
ふふと笑った華月の傍に月影はゆっくりと腰を落とした。
「どうしたのだ?」
「この様にくたびれた物などお使いにならずに捨ててしまわれればいいのに……」
古びた手拭いに自らの姿を重ね想いとは裏腹な言葉が口をついて出た。
「愛着が沸いてしまってな……中々手放せないんだ」
その一言は、この世のどんな上等な物よりあたいを満たしてくれた。
「ご心配おかけしました。お夕食、まだで御座いますよね?今すぐに……」
起きあがろうとする華月の身体を月影が優しく制す。
「食事はいいから、ゆっくりと休め。いつもお前の世話になっているんだ、今宵くらいは俺に委ねよ」
「ありがとうございます、月影様」
目を細め優しくあたいの髪を撫でる貴方様の姿を胸に焼き付けながら、あたいは静かに落ちていった。
「いつもその位素直なら……なあ」
その甘く切ない呟きを、華月は知る由もなく。




