第77話
マサヒデとグレート・マッカラナ。
試合が始まった。
睨み合い。
マッカラナが上げた手が、指が、時折、ぴく、ぴく、と動く。
だが、攻められない。
最初は大歓声に包まれていた会場も、森閑としてしまった。
マサヒデもマサヒデで、前に動く事が出来ない。
このマッカラナ、犬族と称しているが、狼族かもしれないのだ。
これだけ大きな身体で、身軽さが違う。
(だが、どちらにしても)
犬族であろうと狼族であろうと、獣人族でこれだけ鍛えた者にふん掴まれたら、それで終わりだ。
元々の身体の強さが違うのだから、正面からの力の殴り合い、掴み合いになったら、マサヒデでは絶対に敵わない。
まずは首相撲(ロックアップ:片手を後頭部、片手を相手の腕に置いている、プロレス序盤のあの形)の形になったら・・・
ずいっ! とマッカラナが出て来た。
マサヒデが笑みを浮かべ、両手をマッカラナの肩の高さに上げる。
「へっ!」
マッカラナは手四ツ(手の平と手の平を合わせて組む、プロレス序盤の形)にきた。
がし! がし! とマサヒデの両手の平に、マッカラナの手の平が当たる。
(う)
手が潰される!
反射的に右手を離した。
が、察せられたか、左手は取られたまま。
く! と力が来て、手首が反ってしまい、上に持っていかれる。
(ヤバい!)
やられる!
くる、と横に回す。
(横には)
回る、と思った瞬間、マサヒデの空いた右手が組んでいる下から出て来た。
もう身体が覚えた動き。クロカワに教えられた、自然な動き。
クロスアームブロックの片手に、相手が手の平を合わせて握るような形。
取った。
横を向いた、組んだままの手。
手首が回っている所で、下から出てきたマサヒデの手が絡み、上から抑える。
「いだ! いだだだ!」
マッカラナが声を上げ、膝を付いた。
(極まった!)
その瞬間、ぱ! とマッカラナの空いた手が伸びてきた。
はっ!? とマサヒデが手を離し、降参のように両手を挙げた。
マッカラナが、ばちーん! とマサヒデが押さえていた所を、自分で叩く。
「・・・」
「・・・」
マサヒデもマッカラナも、数瞬、互いに驚いた顔で見つめ合う。
あれを喰らっていたら、手が潰された。文字通り平らになっていたろう。
マサヒデは目を見開いて、膝立ちで手首を痛そうに振るマッカラナを見つめる。
「ふぇーい! いってえ、いってえ!」
顔を歪めながらも、笑みを作り、マッカラナが立ち上がった。
「やるねえ・・・やるねえ! 立ち関節ねえ!」
ゆっくりとマッカラナが手を上げ、構え直す。
「もっとだ! こんなもんじゃ俺は満足しねえぜ!」
手四ツに来い! とマッカラナが誘う。
うおおお! と声があがり、会場が揺れる。
「参ります!」
マサヒデも手四ツに組む。
組んだ瞬間、気付いた。
離さない程の力は入っているが、潰される程ではない。
ここで、マサヒデの手を握り潰して、終わらせてしまっても良いのだ。
「全部受けてみせる。あんたが諦めるか、俺が死ぬまで」
小さな声で、マサヒデだけに聞こえるように、マッカラナが囁いた。
ぐぐぐ、と力が入ってきて、マサヒデが押し込まれ、手首が反り、背が反る。
流石に力比べでは!
「ふっ!」
ぐるりとマサヒデが組んだ手を下に回す。
「うっ!?」
肘が極まって、びん! とマッカラナの背が伸びた。
すかさず、マサヒデが組んだ手の下をくぐる。
「うおーわわわ!?」
くるっとマッカラナが回り、ばたん! と背から落ちた。
(これじゃあ)
全然駄目だ。
転がす事は出来ても、低すぎる。
その上、このマッカラナという男、とにかく受け身が上手い。
目を丸くして驚いてはいるが、この体格差で投げられた、と驚いているだけで、全然入っていない。
手を離すと、マッカラナが驚いた顔でマサヒデを見上げ、片手を付きながら、す、す、と足で大きく後ろに下がった。
とにかく手四ツはこれで避けられはするが、これではいつまで経っても終わらない。
(これで決められるか)
マサヒデが考えていた、素手同士での米衆相撲への対策だ。
くるりと後ろを向き、ロープに向かおうとした時、だん! と床を蹴る音がした。
「は!?」「受けてもらう!」
振り返る間もなく、ぱ! と後ろからマッカラナの手が、マサヒデを抱きかかえた。
だが、くりん、とマサヒデの腰が回り、マッカラナの横後ろに入った。
「何!?」
前屈みになったマサヒデの手が、マッカラナの膝の裏。
くっとマサヒデの足が後ろから当たると、ぐん、とマッカラナが浮いた。
「何いーっ!?」
もう一度、マッカラナが声を上げた。
この体格差で浮かされた!?
肩越しに、ぎらりと光る、冷たい殺気が乗ったマサヒデの目の端が見えた。
(やべっ!)
本気!
殺される!
死んでしまう!
マサヒデに抱えられ、地面と水平になっていたマッカラナが、ぐっと顎を引いた。
腹筋をするように、身体を丸め、腕を離して頭の後ろに手を当てる。
当然、落ちる。
が、マサヒデの背が伸び、更に足を持ち上げられた。
瞬間、どすん! と首の根本辺りから床に落ちる。
遅れて、ばたん、と踵が床に落ちた。
「あっ・・・つっ、う・・・」
マッカラナが声を上げ、うつ伏せに転がった。
首の後ろに手を置き、顔を歪めている。
(くそう! やはり上手い!)
褒めたい気分にもなってくる程に上手い。
合気落とし。
足を刈り、腰で持ち上げるので、体格差があっても持ち上げられるのだ。
鬼族や熊族のような規格外の重さでなければ、まず持ち上がる。
獣人族でも、犬族や狼族は、人族と体重はほぼ変わらないから平気だ。
持ち上げたら、そのまま、後ろに落とすだけ。
相手が手を離さなかったら、肘を乗せて、捨て身で後ろに倒れるのだ。
だが、マサヒデは背中から落とさず、頭から落ちるようにした。
更に回転をかけ、勢い良く後頭部から落ちるよう、手を高く上げたのだ。
が、入らなかった。
今のは余程の者でなければ、喪失か、死んでいたはずだ。
当然ながら、このマッカラナは余程の者の方である。
「効いた・・・効いた・・・効いたあ・・・」
マッカラナがうつ伏せになって、小さなうめき声を上げる。
マサヒデはそのまま歩き、ロープまで来て、きし、と音を立て、もたれかかった。
「マッカラナー!」「マッカラナー!」
会場から、マッカラナを呼ぶ声が聞こえる。
マッカラナがふらふら立ち上がり、大丈夫だ! と言わんばかりに、拳を上げた。
うわあ! と声が上がり、大きな拍手。
「マッカーラナッ! マッカーラナッ! マッカーラナッ!」
会場を包むマッカラナコール。
マッカラナは自分の姿を会場全体に見せるよう、ゆっくりと、ぐるりと回る。
マサヒデは腕を組んで、ロープにもたれかかって、待っている。
あそこに! 俺を待っている男がいる!
すうー! と息を吸い込み、マッカラナが雄叫びを上げた。
「うおーーわあーーッ!!」
「マッカーラナッ! マッカーラナッ! マッカーラナッ!」
「俺はーッ! おおれはあーッ!」
何を言うのか。
会場が静かになってきた。
「負けるぞーッ!」
ざわざわ、と会場がどよめく。
ぴ! とマッカラナがマサヒデを指差した。
「だがーッ! 俺のハートはーッ! 折れねえぞーッ! この世にッ! 米衆相撲がある限りッ! 俺はあーッ! 挑み続けるぞおーッ! 情けねえ負けっぷりはしねえぞおーッ! 俺の負け試合ッ! 見とけーッ!」
ぐ! とマッカラナが天に拳を突き上げる。
「最強の男は誰だあーッ!」
「マッカラナぁー!」
「最高の男は誰だあーッ!」
「マッカラナぁー!」
「今は最強じゃねえーッ! だが! 最強に! なるッ! その男は誰だあーッ!」
「マッカラナぁー!」
ぐはあー・・・と熱い息を吐き、マッカラナがマサヒデを睨む。
マサヒデは反対側のロープを指差し、そして、掛かって来い、と指で招いた。
ロープワークで来い、と言われたのだ。
「ははははは! わーはははは!」
「「「うおおおおおー!」」」
会場が客の声で揺れる。舞台の床が、びりびり震えている。
血走った目の光だけを残し、マッカラナが振り返って、ロープに駆けて行く。
マサヒデも、組んでいた両腕を開き、ぐっ! ともたれかかって、ロープの反発に乗り、勢いをつけて駆け出した。
マッカラナが右腕を横に突き出した。ラリアットがくる。
(ここっ!)
マサヒデの右手も、ぐっと上がった。
これで決める。
そして交錯した瞬間。
まさに一瞬の事である。
マサヒデは左手でマッカラナの腕を上から押さえ、右手はマッカラナの肩を半円を描くように、背中に回るように入れた。
天地返し!
ぐるん! とマッカラナが足を跳ね上げ、凄い勢いで頭が床に刺さるように落ちる。
更に跳ね上がって、マサヒデの後ろに、ばたん! と音を立てて仰向けに落ちた。
あの重さで、あの速さで走ってくる勢い。自分が向かって走った勢い。
跳ね上がる程の凄い床の揺れを感じた。これは入ったはず!
「はあーっ・・・」
外れていたら、自分の首は折れ、背中に垂れていただろう。
マサヒデの目は見開き、投げを決めた形のまま、しばらく固まっていた。
後ろで審判がマッカラナの顔の前で手を振り、立ち上がって大きく両手を振る。
「ドクター! ドクター!」
かんかんかんかん!
鐘が鳴った時、ふうー! と息を吹いて、マサヒデが身を起こす。
アルマダが満足な笑顔を浮かべているのを見て、身体から力が抜けた。
舞台を下りると、アルマダがマサヒデの背を軽く叩いて頷いた。
「アルマダさん、今、良い試合、出来ましたかね」
「今のはクロカワ先生も喜びますよ」
「最後、死を覚悟しました。あの人、多分、狼族です。犬族とほとんど見分けつかないから、自分でも気付いてないだけじゃないですかね。まあ、純血じゃないにしても、狼族の血は濃く流れてますよ。間違いない」
舞台に振り返ると、後ろからラディが走って来て、マサヒデに目もやらずに、治癒師のローブをばさっと鳴らしながら上がって行く。
反対側から、担架が運ばれてくるのが見えた。
マサヒデは舞台の上で気を失っているマッカラナに頭を下げ、拍手に包まれながら、花道を歩いて下がって行った。




