第42話
そして、酉の正刻を過ぎた。
マサヒデ達は豪華な馬車の中、頭に袋を被せられ、運ばれていく。
縛られてはいないし、頭の袋は簡単に脱ぐ事は出来るが、作法のようなものらしい。
馬車が止まると、ドアが開けられた。
「袋を取り、お降り下さい」
何者かの声。
マサヒデ達が頭の袋を取ると、また黒服の犬族。
マサヒデはそのまま下りたが、アルマダは頭を下げた犬族に、ばし! と袋を投げ付けた。
「・・・」
無言のまま、黒服は頭を下げている。
イザベルも降りてきて、頭を下げた黒服の上に袋を落とす。
「この町では、人死はいつもの事と聞いたが」
「・・・」
「貴様らは人ではなく虫だと聞いた。虫が死ぬのも、いつもの事であろうな。我は今、虫を目の前にしておるのか?」
「・・・」
「どうも今日は昼から虫がうるさい。手で払っても良いな」
ぱーん! とイザベルの手が振られ、黒服がすっ飛んで行き、茂みの中に転がって行った。ぷ! とイザベルが唾を吐く。
「ちっ! 手が汚れたわ!」
つかつかとイザベルが入口に歩いて行き、左右に立つ黒服を睨む。
ふう、とマサヒデが息をつくと、は、とイザベルがマサヒデを見て、頭を下げる。
「マサヒデ様、失礼致しました」
「相応の礼は弁えて下さい」
「は!」
アルマダも頷き、腕を組む。
「そうですよ、イザベル様。相応の礼を示すのが、貴族の嗜みというものです。あんなに優しくする事はないんですよ」
「は。手を抜きすぎました」
続いて、クレール、カオル、シズク、ラディと歩いて来る。
騎士達も歩いて来て、全員が入口前に揃うと、
「ああ・・・これはこれは!」
と、カオルが声を上げた。
「市庁舎に闘技場とは! いやはや、この町に相応しい」
ここは市庁舎であったのか。
流石にマサヒデも呆れてしまった。
はふう、と溜め息をつき、額に手を当て、首を振る。
恐る恐る、左右の黒服が扉に手を掛けた。
き、と小さな音がして、扉が開かれ、黒服が頭を下げた。
しんとしていたが、大勢の人の気配が、はっきりと感じられた。
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「医師の検査」
「いらぬ」
「お食事」
「いらぬ」
「お飲み物」
「いらぬ」
「お着替え」
「いらぬ! 近寄るでない!」
「は、ははっ! お時間になりましたら・・・」
「下がれ」
ぺこー! と黒服が頭を下げ、廊下を駆けて行った。
マサヒデの待機室の前では、アルマダの騎士4人が左右に2人ずつ、ドアの前にイザベルが立ち、ぎらぎらと目を配っている。
中では、マサヒデが腕を組み、黙念と座っていた。
はや時間も近いはず。
わあわあと声が聞こえてくる。他の試合を行っているのだ。
外からは熱のある声が聞こえてくるが、ドアを隔ててこの部屋は霜が下りたよう。
「マサヒデ様」
カオルが声を掛け、竹筒を差し出すと、ちらりとマサヒデが見て、受け取った。
きゅ、と蓋を開けて、ちろ、ちろ、と少しずつ口に入れる。
蓋を閉めてカオルに差し出すと、カオルが竹筒をしまう。
(勝てまい)
いつも通りだと、勝てない。
先日、ロウに言われた事。
身体で気配を感じる事が出来るのに、抜くと目に頼る。
いつの間にそうなっていたのか。
ちらりとカオルを見ると、カオルがまた竹筒を差し出したが、いや、と手で遮る。
同じ事を、カオルに注意していたのだ(※勇者祭258話)。
大抵の相手には勝てるようになってしまったので、目で追うようになっている、と。
今、自分がそうなっている。
(よく言えたものだ)
色々な技術を学び、強くなったと感じ、知らず慢心していたのだ。
「私、慢心していましたよ」
「は?」「え」
アルマダとカオルが驚いて声を上げた。皆がマサヒデを見る。
マサヒデが慢心?
およそ慢心には遠く見えるが。
「恐らく負けますが、この慢心に気付けただけで、ここに来たかいはあった」
ぱん! とマサヒデが膝を叩く。
「初心に戻りましょう。全力で行きます。皆さん、別に、捨て鉢になったわけではないですから、安心して下さい」
そう言って、マサヒデが立ち上がり、ぐっと伸びをした。
ぱん! と手を叩き、すりすりとすり合わせる。
「ふふふ。急に、楽しみになってきました」
(あっ)
アルマダが目を見開いた。
この目は、この雰囲気は。
ぞくっとアルマダが震える。
「カオルさん。何か食い物は」
言ったマサヒデの片頬が、にやりと小さく上がっている。
「ご、ご主人様?」
目が据わり、笑っている。
怖ろしい目ではないのに、なんと怖ろしい顔であろう。
そうだ。この顔は・・・それで怖ろしさを感じてしまったのか。
マサヒデと初めて立ち会った時も、こういう顔で笑っていたのだ。
「食い物、あります?」
「は、は!」
カオルが懐から握り飯を出すと、マサヒデが手を伸ばす。
「うん、ひとつで良いです。あとは皆で食べて下さい」
立ったまま、マサヒデが握り飯に齧り付く。
(マスダも今、このような顔をしているのか!)
アルマダが、ゆっくりゆっくり握り飯を噛むマサヒデを、驚いた顔で見ている。
目には入らなかったが、カオルも、シズクも、クレールも、ラディも、息を飲んでマサヒデを見つめていた。
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会場が暗くなり、ぱ! ぱ! ぱ! と審判に光が当たる。
ざわついていた会場が、ぴたりと静まった。
「レディース! アンッ! ジェントルメンッ! 本日は! 特別な! とーく別なッ! エキシビションマッチが行われますッ! 今! この会場に来ている皆様はッ! 歴史を見る! 武術会の歴史を見る!」
ぱ! と会場の扉に、光が当たり、ぎい・・・と扉が開かれた。
「入っても」
「は」
左右の黒服が頷き、マサヒデがすたすたと歩いて行き、審判に頭を下げた。
おお! と客達の声が上がった。
「この男を知っているかッ! 勇者祭を見ている者は知っているッ! この剣は何人の血を吸った! 鬼を斬る! 忍を斬る! 竜も斬る! トミヤス流次代宗家! マサーヒデー! トミーヤースー!」
「うおおお!」
会場が客の上げる声で揺れる。
「あの」
ちょいちょい、とマサヒデが審判を招くと、審判がマサヒデの顔に耳を寄せる。
「?」
「私、宗家に指名されてないんですが・・・」
うん、と審判が頷いて、
「盛り上げてるので」
と囁いて、戻って行った。
いやいや、鬼も竜も斬っていないし・・・
マサヒデが困った顔をしていると、ぱ! と対面の扉に光が当てられた。
ぎい・・・と扉が開いた瞬間、ぴたりと会場が静まった。
そして、マスダが出て来た瞬間、ざわ、と小さな声が上がった。
マサヒデの時とは客の様子が違う。
熱気の籠もった声ではなく、怖れが乗っている。
「強おーいッ! 説明などいらないッ! ただ強いッ! 永世チャンピオン! ショウジー! マスーダあーッ!」
マスダはこき、こき、と首を鳴らし、肩に手を当て、ぐるん、ぐるん、と腕をゆっくり回しながら歩いて来た。
マサヒデの前に立ち、ぬうっと顔を近付ける。
7尺もありそうな背丈だから、これだけでも凄い迫力だ。
「トミヤスさん。あんた、本気出す時、変わるな」
「そりゃあ、本気ですから」
「くくく・・・楽しみで仕方ねえ、嬉しくて仕方ねえって顔だ」
「そうですかね」
マスダがゆっくり手を上げ、つん、とマサヒデの額に指を当てる。
「自分で気付いてねえかなあ。あんた、笑ってるぜ」
「えっ」
マサヒデが慌てて自分の顔をぺたぺた触る。
今、自分は笑っていたのか?
「ははは! 良ーい顔だあ・・・昼間の顔とは全然違う。今まで、俺の前に立った奴は、ビビるか、捨て身で目え真っ赤にしてるか、どっちかだったが・・・オヤジと同じ顔だ」
マスダが審判をじろりと睨む。
「良い立ち会いになりそうだ! 審判!」
「はい!」
「俺はトミヤスさんを絶対に殺さねえ。そういう条件で出てもらった。そん時はトミヤスさんの仲間が飛び出てくる。それは、アリだぜ。俺は抵抗しねえで首を差し出す」
「構いません」
マサヒデが言うと、マスダが驚いた顔で、マサヒデに顔を向けた。
「殺されても、構いません」
審判も驚いてマサヒデを見る。
「何?」
「皆には、そう言い含めました。例えあなたに殺されようと、それで終わりで結構。誰か驚いて飛び出てくるかも知れませんが、マスダさんに剣を向ける事はない。本気の立ち会いにして下さい。動けなくなるか。参ったと言うか。死ぬか」
「良いのかい?」
「お互い」
すぱ! とマサヒデが雲切丸を抜く。
「武術家でしょう?」
はあー! と息を吸って、マスダが満面の笑みを浮かべた。
知らず、マサヒデの顔にも、また笑みが浮かぶ。
マスダが指を引っ込め、1歩下がった。
ごぎぎ、ごぎぎ、とマスダが指を鳴らす。
「ますますファンになっちまったぜ! あんた、最高だ! この立ち会い終わったら、絶対にオヤジさんの所に行くぜ!」
「あなたが生きていたら、でしょう?」
「ああ! おら! 審判! 早くしろよ!」
「はっ、勝負ーッ! はあじめーッ!」
審判の声が響くと、わあーッ! と声が上がった。




