第39話
翌朝は、遅くなってからの出発となった。
カオルとラディが遅くまでロウから調薬の教えを受けていたので、朝寝坊の時間を取ったのだ。
忍として長年の訓練を受けているカオルはともかく、ラディはただの治癒師で、冒険者でもない。
しっかりとした休養は必須。怪我や伝染病のようなものは治癒師で治せるが、疲れで身体がだるくなってしまった、などは治癒師ではどうしようもないのだ。魔術も万能ではない。
特に、野営なのだから、旅慣れていないクレールやラディは大変だ。
馬車もあるし野営具は充実しているから、楽な方だが、2人には厳しいはず。
砂漠地帯で寒暖差も激しいから、本人は平気と感じていても、あれ? と急にがっくりきてしまうような消耗は避けなければならない。
のんびりと準備をしながら、馬車の中を覗く。
馬車の中には、一杯の壺。中は氷漬けの肉。
「狭いですけど、我慢して下さいね」
「大丈夫です!」
「肉だもんね!」
クレールとシズクは元気な声。
ラディは落ち着かない様子で、ちらちらと壺を見ている。
「ラディさん、疲れましたか?」
「いえ」
「どうしました?」
ラディはぎゅっと目を瞑り、横を向いて、壺を指差す。
「この壺、蛙が」
「言わないで下さい!」
「ぎゃーははははー!」
クレールの悲鳴と、シズクの笑い声。
ははは、とマサヒデも笑う。
「ふふ、蛙を気にしている余裕があるなら平気ですね。では、出発しますか」
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街道には着いたが、このまま街道を進んで行くと、魔族厳禁のカサドラー市に入るので、マサヒデ達は途中で街道を逸れて、砂漠の中を進んで行く。
砂漠とは言っても、砂だけという感じではなく、地面は固く、石も結構ごろごろしているので、馬車のがらがら言う車輪の音に、たまにごとんごとんと音が混じる。本当に砂だけで下が柔らかいと、馬車は大変なはずだから、まだましか・・・
草や低木もぽつぽつあるので、馬達もぎりぎりもつ。次に街道を外れる時は、余裕を持って飼葉を多めに買っておこう。馬がもう1頭増えたので、小さな馬車を買って引かせるのが良いかも知れない。
何の目印もなく、街道を進まずにこの砂漠の平原を進むのは大変だ。方向感覚の鋭いカオルや、イザベル、シズクの魔族2人には助けられる。
「マサヒデ様」
後ろから、イザベルが馬を進めて来て、マサヒデと並ぶ。
「ん、休憩しますか」
「はい」
マサヒデが後ろの馬車に振り返り、トモヤに手を挙げると、馬車が止まる。
1刻進んで四半刻休み、という感じで、ゆったり進めて行く。
それでも、歩くよりは遥かに早い。日に10里以上は進む。
オリネオの町を出る前にざっと計算したが、3ヶ月少しでこの米衆連合の横断は出来る。
休憩の度に集まり、カオルが地図を開き、現在地を確認。
マサヒデ達も地図を覗く。
やはり馬が良い。寄り道はしたが、予想よりも早く進んでいる。
馬車に引っ括られているヤマボウシとルチルは大した事はないが、重い荷は積んでいないから、足も進む。
その馬車を引く黒影は、特級の重装戦馬並の馬で、重い荷を積んでもがんがん走る。
マサヒデ達の馬も、言わずもがな。
馬を丹念にブラシで梳いた後、水を飲ませ、干し果物。
勢い良く食べ、もちゃもちゃと口を動かす。
この食いっぷりっは気持ちが良い。
そして、マサヒデ達も馬車の影で腰を下ろして休憩中。
背を馬車にもたれて休んでいると、クレールが馬車から下りてきた。
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「マーサーヒーデーさーまっ!」
クレールが笑顔でマサヒデの横に座る。
やけに機嫌が良いが、狩りで肉がたくさんあるからか?
「どうしました。随分と機嫌が良いですね」
「んーふふふ!」
笑って、クレールが、ぱん! ぱん! と手を叩くと、ローブの旅人姿の忍が出てくる。マサヒデの前に座り、ローブを取ってにやりと笑った。
「マサヒデ様。良い情報が入りましたぞ」
「え」
こんなだだっ広い砂漠で? 周りには何も無いのに?
アルマダもイザベルも顔を見合わせる。一体、いつ?
「あの、どこで?」
「ロストエンジェルに1人、情報収集に残しておいた者が先程追いつきました」
「ああ! なるほど! で、どんな?」
マサヒデが身を乗り出すと、アルマダ、カオル、イザベルも寄って来る。
「驚きなさいますな。この先で、勇者祭の賭け試合を行っている町がございます」
「駆け試合・・・ああ、確かに、そういう事をしている町もあると聞きましたが」
忍が頷いて、
「実に好条件の試合です。対戦も出来、金も稼げる。勝負は1対1で、負けたら組全部が脱落と言うこともない。ですので、マサヒデ様、カオル殿、シズク殿、クレール様と出られます」
「ふむ」
「勿論、ルールは何でもあり。決着まで用意された舞台から出ない、という所のみが追加されております」
「舞台が用意されているのですか」
「はい。対戦相手は参加者がくじで決めるという方式。当然、人族側同士、魔族側同士の対戦もなし」
「ほう・・・」
アルマダが興味深げに頷く。
「ほとんどは小物ですが、大物が1人」
「どんな方です?」
「ショウジ=マスダ。虎族の武術家」
虎族。
まだ会った事はない。
シズクが言うには、虎族の力はシズク程ではないが、カオルくらいはしこいという。
シズク程ではない、というだけで、とんでもない剛力には違いない。
そんな種族の武術家。
「あなたは、虎族を見た事は?」
「ございます」
「その虎族とシズクさんと立ち会ったら、どっちが勝つと思います?」
忍は少し考えて、小さく頷く。
「シズク殿です」
「そのショウジ=マスダという方と立ち会ったら」
「ううむ・・・届いた情報での判断ですが、シズク殿を私が見るに、四分六分でシズク殿の負け。マサヒデ様はシズク殿には完勝出来ますゆえ、九分九厘」
「・・・」
この忍はこう言うが、マサヒデには少し考えられない。
シズクはマサヒデの手解きを受けてはいるが、それまで我流、力のみでやってきたのに近い。技術は磨かれてはいるが、やはり雑さはある。
それが、武術家と言われる虎族の魔族に、四分の勝ち。それはどうだろう・・・
「ありえませんね」
マサヒデが考えていると、アルマダが険しい顔で答える。
「そのマスダなる虎族の武術家・・・武術家ですよ。マサヒデさんの所に来るまで、まともに技術を学んでいないシズクさんが、四分の勝ちはない。適当な我流の自称武術家とかなら別ですが。何を使う者です」
「柔鋼流体術というものだそうですが」
柔鋼流。
元は日輪国で生まれた古流体術で、大中心国に渡り、逆輸入された体術だ。
大別としては空手に含まれるが、現在知られている空手とは大きく異なる。
投げや極め技、寝技などもある。
動きは大中心国の拳法に近いし、気功などもやる。
だが、その程度が分かっているだけで、実態はほとんど知られていない。
入門はきつく制限されていて、その技術も滅多に外に出ない。
手を出すとなったら、相手を必ず殺さねばならない、という掟があるのだ。
知る人ぞ知る、と名は多少知られてはいるが、実態は良く分からない体術なのだ。
「柔鋼流で・・・ありえません。その方、手を抜いて試合を盛り上げているような感じでしょう。表では柔鋼流はまともに出していないはずです。本当に柔鋼流ならば、ですが」
険しい顔をしたアルマダに、忍が怪訝な顔を向ける。
「その、柔鋼流とは、どういう?」
「日輪国の、いわゆる空手の一種ですが・・・共通するのは、無手だと言うことくらいで、動きは現在の空手とは全く違います。古流ですね。体術の中ではかなり危険ですよ。まあ、どの体術も、危険という事には変わりないのですが・・・」
「どう危険なのでしょうか」
「基本、体術というのは、武器を扱う動きから生まれています。柔鋼流は違う。元から素手で人を殺すように作られた体術です。多分、忍の体術に近いのでしょう」
カオルが手を挙げた。
「私、一部を使えます。忍の体術も素手で殺しにかかるものがあるので、偶然、当流に柔鋼流と同じ技術が生まれた、というだけですが」
そう言って立ち上がり、忍を見て頷くと、忍も立ち上がる。
「どこでも良いので、掴んで下さい。クレール様、治癒を願います」
「え、ええ?」
クレールが不安気な目で忍を見るが、忍は大丈夫、と頷く。
す、と忍がカオルの襟を掴むと、カオルが忍の手を上から抑える。
「これで、相手を殺せます」
く、とカオルが礼をするように頭を下げると、がくっと忍が膝を付き、ごぎ! と嫌な音が響いた。
「くぐっ!?」
これは手首が折れた。マサヒデとアルマダが目を丸くして、沈む忍びを見る。
痛みに目を見開いて下を向いた忍の後頭部に、カオルの肘が当たっている。
「本来なら、ここで膝を落とし、肘が首か後頭部に垂直に入ります」
ぱ、とカオルが手を離すと、だらりと忍の手が落ちた。
慌ててクレールが忍の手首に手を当て、治癒。
ふう、と忍が息をつき、手首を抑えて、手を握ったり開いたりする。
「異常があればラディさんを呼びますよ」
「いえ、クレール様、大丈夫です。ありがとうございます」
忍がクレールに頭を下げ、カオルを見上げながら立ち上がる。
「このような技術が」
カオルが頷く。
「腰から上なら、何処を掴まれても、これで殺せます。髪の毛、袖、首、鼻を摘まれた。相手が何処かを掴んだなら、こうして礼をするだけで。シズクさんやイザベル様のように頑丈だと、流石に通じませんが、一般の犬族、猫族ならいけるはずです。子供でもこれで大人を殺せるのですから」
「ううむ・・・勉強になります」
そう言って忍が座ると、カオルも座る。
「柔鋼流体術は、このような殺しの技ばかりの体術『らしい』です。実態は私も良くは知りません。それを虎族がまともに学んでいて使うなら、シズクさんでは少々」
「でしょうね」
「そう思いますよ」
マサヒデとアルマダが頷く。
カオルが難しい顔で口に拳を当てる。
「本当に柔鋼流使い、ならば・・・ですが・・・それを確かめるのは、危険に過ぎます。ご主人様」
行くか、行かぬか。
マサヒデは腕を組み、目を閉じて考える。
「その方、本当に柔鋼流だとして、柔鋼流を使うと思いますか? あれは門外不出で、人前で出してはいけない、出したら、見た者は全員始末、という決まりがあるはず。賭け試合では、衆人環視でしょう。本気を出しますかね」
アルマダも眉を寄せたまま、枯れ草を睨んでいる。
「しかし、追い詰められてしまうと、もしかして、がある」
「ええ。危険ですよ。文字通り、賭けの試合になる。命を賭ける・・・」
「・・・」
皆が黙りこみ、マサヒデの答えを待つ。
ふ、とマサヒデが目を開けた。
「行きますか。元々、命賭けの旅だって事は変わらない。舞台を用意してもらい、1対1で戦う。そのマスダなる方に、仲間を引き連れていざ勝負というよりは、遥かに安全です」
「避けて行くという選択肢もありますよ」
くす、とマサヒデが笑う。
「アルマダさん、忘れたんですか。勇者祭はついで。私の目的は、武者修行です」
アルマダが首を振る。
「あなたには、もうひとつ大事な目的があるでしょう。もしその方と対戦となったら、魔王様の所に、辿り着けないかもしれませんよ。ご挨拶はどうするんです。既に子も出来たというのに」
もうマサヒデの腹は決まってしまったようで、軽く笑って手を振る。
「ここで尻尾を巻くような男が、おめおめと魔王様に顔を出せますか? それで武術家か、なんて手で追い払われるでしょう」
忍が唇を噛む。
これは良い、と皆で浮かれてしまった。
落ち着いてもっと調べていたら、こんな危険な話は出さなかった。
マサヒデは武者修行を望むが、実はクレール配下の忍達はそうではない。
無事に魔の国に送り届け、レイシクラン本家と、魔王様の元に送りたいのが第一。
マサヒデもアルマダも、引けた者には、魔王様から褒美金が出る程に、その実力を既に認められている。例え勇者祭で勇者とはなれずとも、魔王の城に着けば、間違いなく謁見の許しは出る。望み通りとはならないが、褒美も与えられるだろう。
もう世界中にその名は知られているし、十分ではないか。
出来る限り戦わず、素通りして行くだけで良いではないか。
クレール配下のレイシクランの忍達の総意は、こう固まっているのだ。
「クレールさん。良いですか? もしマスダという方が本物なら、誰か死んでしまうかもしれませんが」
クレールは膝の上で拳を握り、下を向いていたが、顔を上げてマサヒデを見る。
その赤い瞳には、力が籠もっていた。
「私も、武術家の妻です」
「ん。決まりましたね」
頷いて、マサヒデが立ち上がる。
「その町、どこです」
「街道に戻ったら、道なりに進めば。不死町という大きな都市です」
くく、とマサヒデが笑う。
「不死町ですか。縁起が良いのか悪いのか。さ、休憩終わり。行きましょう」
マサヒデが立ち上がると、アルマダ、カオルも立ち上がった。




