第100話
翌朝の事―――
クレールはしっかり朝寝坊をして、ふっさん、ふっさん、と分厚い絨毯を歩いて、シャワーに向かう。
遅くまで、ずっと書類とにらめっこをしていた。
何も得られなかったし、ここ数日、忍達からも何も連絡はない。
(あの基地には何もないのかなあ・・・)
シャワーを最後に冷水にして、少しだけ浴び、目を覚まし、肌を引き締める。
バスローブを着て、むしむしと歯を磨きながら、鏡の中の自分の顔を見る。
(気が抜けてますよ!)
ぺ! と歯磨きを吐き、もしゅもしゅと口をすすぎ、がらがらとうがいをして、口をすすいで・・・
ぺったん、ぺったん、と広いシャワールームを歩いて、がらりと戸を開けると、執事姿の忍が、着替えを腕に垂らして待っていた。
「おはよう。何かあったの?」
「は」
忍が歩いて来て、クレールの服を着付けながら、事を話す。
「地下への入口を発見致しました。封印の魔術が掛かっております。非常に巧妙で、直に触れねば分からぬ程、魔力の乱れも見られませぬ」
「ふむ?」
「場所は、基地本館の真ん前。人通りも多く、もしやこのようなという場所に」
「それは出入りも難しいですね。おそらく、蓋を開ければ姿が消えるような仕掛けなどが施されているのでしょう」
「は」
「掘ってはいけますか?」
「無理かと。魔術で穴を開けていくと警報が鳴りましょう」
「ふうん・・・」
「封印が掛かっておる上、開く取っ手もなく、外からは開けられません。強引に開ければ、当然、警報が鳴り響きましょう。現在の所、誰かが出入りするのを待つしか、忍び込む方法はございません。そして、気になります事がひとつ」
「何でしょう」
「その入口、伝道所跡の真下になります」
ぴく、とクレールの眉が動いた。
確かにこれは気になる。
「・・・続けて」
「我らの推測になります。
教会は何かの上に伝道所を置いた。
それは教会がわざわざ村を建て、伝道所を建てる程のものである。
軍もそれを知っていて、あの地を買い取った。そして、厳重に管理している」
「なるほど」
「その何かに関する情報は、未だ教会に残っているのかは不明です。
廃れるに任せ、あっさり軍に売り払ってしまっておるのですから」
「確かにそうですね」
「そして、軍は巧妙に厳重に入口を隠している。今の所、入る手段は誰かの出入りを待つのみです」
「ううん・・・」
着替えが終わり、クレールが椅子に座ると、忍がティーカップに茶を注ぐ。
クレールは、つ、と茶を飲み、窓の方を向いた。
「教会が関係しているかどうかは、確証がないですが」
「は」
「何かしら重要なものがある、というのは、確心が持てました。大手柄ですよ」
「は」
「当然、基地の方には、その情報が間違いなくあります。司令のエイデン大佐は知っているかもしれませんが、口を割らせるような真似は出来ません。エイデン大佐の周囲は既に調査済み。いえ、エイデン大佐にも、中身は知らされていないのかも・・・情報はその地下にしかないと見て良いでしょう」
「は」
「ううん・・・教会・・・だけでなく、この地の古い伝承なども調べてみましょう。教会はそこに飛びついたの、かも」
「なるほど」
かちゃ、とカップを置き、少し考える。
地下で何かしらしているなら、絶対に必要な物がある。
空気、食事、水。
水は魔術で何とかなるが、空気と食事は無理。
「地下に物資を運ぶ為の搬入口。呼吸する為の換気口。このふたつは絶対にありますよ」
「む! 確かに!」
「入口に見張りを1人置き、1人は教会へ侵入。ここの教会は小さいですから、期待は出来ないです。他は搬入口と換気口を探しなさい。歴史、伝承に関しては、私が図書館。カオルさんに市庁舎に行ってもらいます。らしい資料が、何か残っていると良いのですが」
「は!」
「それと・・・少しお待ちなさい」
クレールが椅子を立ち、鞄を開ける。
札の束を取り出し、さ、さ、さ、とめくっていく。
「んー・・・これ」
数枚の札をまとめ、忍に渡す。
「搬入口はともかく、換気口は、人が入れない大きさかもしれません。これはネズミの式神。適当に魔力を籠めれば宜しい。式神の使い方は分かりますね。魔術で操らずとも、口で命令すれば済みますから、あなた達にも使えます」
「は」
「搬入口も要注意ですよ。許された者しか入れない、という結界が張られているかも。私なら間違いなくそうします。変装や搬入物に紛れてなどと考えず、しっかり魔力の流れを確かめてから。結界が張られているなら、まずはこのネズミを入れてみなさい。ネズミも入れないなら・・・ううん、何か考えておきます。まず、搬入口、換気口。見つけたら、一報なさい。これも、意外な所にあるはず」
「は」
クレールが、ふう、と息をつき、顎に手を当て、ぎゅっと眉を寄せる。
「軍を舐めておりましたね・・・」
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訓練区域Fの山中。
(軍を舐めていたな!)
マサヒデが藪にしゃがみ込み、そっと上を見上げる。
手には、枝を削って作った、杖兼短槍の棒。先には尖った石が縄で縛られている。
肩には、ツタを編んで作った粗末な縄。
藪から横に張り出した枝に沿って、細く編まれた紐。
葉に隠れていて、余程に注意して見ないと、絶対に分からない。
この枝、邪魔だな・・・避けたり、払ったりしたら、と、いう訳だ。
更に、足元にも、地面ぎりぎりの高さに紐が張られている。
罠があるぞ、と上か下、どちらかに目を取られると・・・
と、いうように、上下2重の罠が作られている。
何となく嫌な感じがしたので、ぴりぴり気を張っていたのだが、ここまで巧妙な罠が張られていたとは。
ゆっくりと首を回し、左右、後ろの地面を注意深く観察。
うっかり髪の毛が藪を引っ張ってしまったら、何が飛び出て来るか分からない。
慎重に、慎重に。
(何も残っていない・・・ぞ?)
ここに罠を仕掛けに来た者がいるはずなのに、痕跡が分からない。
痕跡と言うと足元に注意しがちだが、横に伸びている枝、草の葉、木の肌。
そういった所に、擦ったりした跡が残るもの。
それが全く無い。
これはカオルやイザベルでないと分かるまい。
だが、罠があるのだ。確実にここを通った者がいるのだ。
近くにいる、かもしれない・・・
さささ、とゆっくりと、横の地面を探る。
何も・・・ないだろうか。
後ろ。
今、歩いて来た所だが、何も・・・ないだろうか・・・
ゆっくりと、しゃがんだまま引いて行く。
(これは参った!)
マサヒデの痕跡はばっちり残るはず。
罠を確認しに来た者には、誰かがここに来た、とバレるのだ。
自分には、この罠を仕掛けた者ほど、上手く痕跡を消す事は出来ない。
「ち」
小さく舌打ちして、そっと、そっと、マサヒデが離れて行く。
こういう時、人の本能は厄介だ。
ここは誰も通らないだろう。
そういう所を選んだつもりでも、何故か、近い所を選んで歩いてしまう。
結構適当に歩いて罠を仕掛けておいても、意外と掛かるものだ。
(近くに誰か居るのか?)
それとも、行き掛けの駄賃に仕掛けていっただけか。
どちらにしろ、この近くには罠がまだあるに違いない。
行くか?
離れるか?
動けるうちに追うか?
体力を温存して、追わずにおくか?
(駄目だな。諦めよう)
痕跡が全く分からない。
追うには罠を探しながら追って行くしかない。それは危険過ぎる。
(罠の確認を、隠れて待ってみるか?)
いや、と頭を振る。
行き掛けの駄賃に置いて行っただけなら、無駄に体力を減らす。
(戦うよりも、生きる事だ)
どれだけ体力を温存しておけるか、だ。
基盤を確保しなければ・・・
(初日の場所に戻るか? 新しい水場を探すか?)
足元や枝にぴりぴり注意しながら、マサヒデはゆっくりと離れて行った。
この辺りは、嫌な感じを、ぶんぶんと感じる。
もっと離れないといけない。
少し考えたが、拠点に出来る場所を増やしたい。
川か、湧き水を探そう・・・




