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第7話 聖女の奇跡

神殿の扉が開いた。

光が、落ちる。

白い。

石床に、朝の光が反射して、

まるで水面のように揺れている。


中央に、ひとり立っていた。


白衣。

金糸の刺繍。

腰まで伸びたピンゴールドの髪が、

光を拾って柔らかく輝く。


聖女カナリア。


彼女は跪いていた民に、そっと手を差し伸べていた。

指先が、触れる。

淡い光が、灯る。

強くはない。

眩しくもない。

ただ、静かに温かい。

祈りの光。


(……ああ)

胸の奥が、妙にざわつく。

妹が画面越しに見ていた顔。

「カナリアは優しいの」

「このイベント、泣けるんだよ」

思い出す。

だが。

実物は、もっと静かだ。

もっと、凛としている。

優しい。

だが――

それだけじゃない。

触れた指先が離れた瞬間、聖女の表情は、すっと変わった。

祈りの顔ではない。

判断する者の顔。

(……なんだ今の)

一瞬だけ見えた。

覚悟の顔。

まるで――何かを切り捨てることに慣れている人間の顔だ。

視線が上がる。

透き通る、淡い紫。


(いい女だ)

ぶしつけな感想が浮かぶ。

(これが、アレクシスが惚れた女か)

(あの男は、こういう女が、好みなのか)

俺は基本的に来るもの拒まずだが、本気でつきあう女の好みはかなりピンポイントで狭い。

なんていうか、こういう、いかにもヒロインて感じの女は――だいたい途中で退屈になる。俺はクセのある女のほうがいい。

はっきり言って、素直でかわいくて愛おしい女は世界中で妹ただひとりだ。

だから、恋愛対象の女は、逆におもしろい女のほうがいい。


・・・ラゴウなんて、わりとハマると目が離せなくなるタイプだと思うんだが。


まったく、あの男、見る目がない。

いや、まあ、俺の計画的には、ラゴウに惚れられちゃ困るんで、王は別に聖女一筋って設定でかまわないんだが。

ただ。

ラゴウの情念の欠片か、嫉妬の残滓か。

聖女を見るアレクシスの瞳に、温度があるのが分かってしまって、なんとなく、癪だ。

好きな女を、目で追いたいのを、耐えている。

しかも、昨晩、聖女とメフィストは密会していて、ふたりは婚約の約束を交わした。

その事実を、アレクシスは知っている。

で。

ラゴウを抱きながら聖女の名前を呼んでしまう、という失態をやらかした。

(・・・まったく)

面倒くさい男だ。

早々と聖女を奪ってしまえば良かったのに。

アレクシスは、一切、聖女に触れることをしなかった。

おそらく、大切すぎて。愛おしすぎて。


教会には、当代に三人の聖女がいる。

教会は四大国の均衡を保つための、中立機関だ。

カナリアはその一人。

回復の奇跡に長けていたため、幼いころからレザリア王国に預けられていた。

つまり――アレクシス、メフィスト、カナリア。

三人は、同じ城で育った。


(分かりやすい三角関係)

ちなみに、俺のなかにあるラゴウの記憶によると、アレクシスは誠実に一途にカナリアを愛し、求婚した。周囲の人間も、ゆくゆくはカナリアが王妃になると信じて疑わないほど、ふたりは相思相愛だと思われていたようだ。ところが、カナリアはその求婚を受けなかった。理由は分からない。その後、王は草原と同盟を結ぶため、族長の娘であるラゴウを娶ることになったのだ。


そのとき。

神殿の空気を裂くように、怒号が響いた。


「道を開けろ!」


兵士が担ぎ込まれる。

鎧は裂け、血が石床に滴る。

腹を深く斬られている。

(おいおい・・・これ、致命傷だぞ)

おそらく、助からない。


兵士は担架から転げ落ちるようにして、床を這う。

聖女の足元へ。

「……聖女様……!」

声が掠れている。

「どうか……奇跡を……」

神殿が静まり返る。

神官たちが顔を見合わせる。

奇跡は万能ではない。

聖女の力には限りがある。

それを、皆が知っている。


沈黙を破ったのは、メフィストだった。

「カナリア」

柔らかな声。

穏やかな微笑。

「この兵は北境防衛隊の者だ」

兵士の紋章を見て言う。

北嶺ほくれい国との緊張が高まっている今、兵の損失は痛い」

紫の瞳がわずかに細くなる。

メフィストは続ける。

「治癒でききるか」

声は優しい。

だが。


その瞳は――計算している。


兵士の価値。

奇跡の消耗。

国家への利益。

まるで、盤面の駒を読むように。

(……ああ)

俺は理解する。

この男は奇跡を資源として見ている。

聖女をどこまで使えるか、冷静に考えた上で、言っている。

(こいつは本当に聖女が好きなのか?)

(それとも、聖女もこいつも、承知の上での、協力関係なのか)


「陛下。聖女に、回復魔法の許可を」

メフィストが振り向く。

アレクシスは動かない。

青灰の瞳は、兵士でもメフィストでもなく――カナリアを見ていた。


「……やめろ」


低い声。

神殿が凍る。

メフィストが首を傾げる。

「陛下?」

アレクの視線は、まっすぐカナリアへ向いている。

「その奇跡は、お前の命を削る」

お前、と言った。

親密な者同士だけに許された、口調だった。

アレクシスは、一度も、ラゴウを「お前」と呼んだことがない。

名前でさえなく、常に敬意の形をかざして「王妃」と呼び、「あなたは」、と話しかける。

ラゴウの胸がじくじくと痛む。

(なんでこんなに苦しいんだ・・・まったく、ラゴウも、諦めが悪い女だな)


「許可は出せない」

王は断言する。

静かな怒りがあった。

メフィストは微笑む。

「奇跡とは、そういうものです。兵は国家を守る。聖女は人を救う。それぞれが役割を果たすだけのこと」

当然のように言う。

アレクシスの瞳が冷える。

「違う」

低い声。

「奇跡は、奪うためのものではない」

カナリアは、ふたりを見た。

一瞬。

ほんの一瞬。

迷いが揺れる。

だが。

彼女は兵士の前に膝をついた。

「あなたの名前は?」

「……リオン……」

「リオン」

カナリアは静かに微笑む。

「生きたいですか」

兵士は泣きながら頷いた。

「……はい……!」

カナリアは目を閉じる。

祈りの言葉。

光が灯る。

淡い光。

兵士の傷が、ゆっくり閉じていく。

神殿がざわめく。

奇跡。


だが。

俺は見た。

カナリアの指先から、

ほんのわずかに血が滲むのを。

(……代償か)

違う。

もっと、違和感がある。


第7話を読んでいただき、ありがとうございます。

ついに聖女カナリアが登場しました。

祈りの光は静かで優しい――けれど、その裏にあるものは決して単純ではありません。

アレクシス、メフィスト、カナリア。

三人は同じ城で育った幼なじみです。

そして、その三人の関係の中に、

今はまだ「外側」にいるラゴウ。

王の優しさ。

聖女の覚悟。

そして奇跡の代償。

この神殿の場面は、これからの物語の大きな伏線になっています。

次回からは、王宮の外の世界――

少しずつ物語が動き始めます。

引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。


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