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第4話 王妃と護衛の秘密の契約

 見えていないはずの男が、まっすぐにこちらを向く。

 目を覆う黒布の下、視線の代わりに、何かが、こちらをなぞるように触れてきた。


 測られている。


 呼吸の深さ。

 心拍の揺れ。

 重心の置き方。

 筋肉の入り方。


 思考が、一瞬だけ空白になる。

(ちょっと待て。何だこいつ)

 視覚を封じている、って話じゃなかったのか?

 なのに今、息の取り方も、脈の速さも、わずかな筋の入り方まで見透かされているのが分かる。

(いやいやいやいや)

 おかしいだろ。

 こっちは、脳も筋肉も神経伝達も、全部いきなり〈他人の身体〉に突っ込まれてる状態だぞ?

(なんだこの生体センサー男)

 いや、センサーどころじゃない。

 触れてもいない。

 歩かせてもいない。

 それなのに、俺とラゴウの“違い”を嗅ぎ分けている。

(やばいな)

 整形外科医としての直感が告げる。

 この男は、視覚の代わりに、 “身体の癖”を読んでいる。

 つまり―― 俺がどれだけ王妃の顔を取り繕っても、 呼吸一つで別人だとバレる。


「言わない、か」

(いや、言えないんだよ。俺だって説明がつかない)

「これは、魔術か何かなのか?ラゴウの形に重なって、男が見えるぞ」

(俺が、見える?)

「金髪。人工的に染めた髪」

 ぎょっとする。

 医者にあるまじき髪の色だと、上司や同僚からさんざん言われてきた色だ。

 だが俺はあえて染め直さなかった。

「長身。いかにも女に好かれそうな、軽薄な顔」

(軽薄は余計だ)

 図星だから腹が立つ。中性的でキレイな顔、と女たちの受けは良かったが。

 しかし、そこまで見えてしまっているなら、下手なごまかしは無駄だろう。

「だれだ」

「・・・ジンナイだ」

「ジンナイ?」

「理由は分からない。目が覚めたら、ラゴウの中にいた」

 一拍。

「ラゴウは元々、昨夜の自殺で死ぬはずだった。俺がラゴウの中で目覚めたことで、そのタイミングが一瞬ずれたんだろう。だから救出が間に合った」

 沈黙。

「草原の民は、まやかしを信じぬ」

 シキの声は低い

「だが、おれは視覚を封じたかわりに、別のものを見る。お前はたしかにラゴウであり、同時に異国の男でもある」

 静かな圧のある声音で、シキが言った。

「要求はひとつだ。ラゴウの中から、出て行け」

「出られるなら、とっくに出てる。俺も状況が分からない。それに、俺が消えたからといって、ラゴウが戻る保証もない」

 ふむ、と無表情にシキは首をかしげた。

「なら、どうする」

「なあ、あんた、強いんだろ」

(こいつに話が通じるだろうか?)

「取引しようぜ」

「取引とは、対等の立場の者同士でするものだ」

 シキは冷たく言い放つ。

「もともと、おれはおまえの師。おまえはおれの弟子だ。上下は明らかだ」

 つまり、俺と取引する筋合いはない、と。

 一瞬、息を吸う。

(……なら、価値を見せるしかない)

「左の肩」

 沈黙。

「可動域がわずかに狭い。古傷だろ」

 シキの気配が、止まる。

「雨の日に疼くはずだ。無理に弓を引くと、肘に負担が流れる」

 沈黙。

「おれは医者だ」

 一拍。

「身体の修復なら、役に立つ」

「おまえに何ができる」

「俺は整形外科医だ」

「知らん」

 俺は肩をすくめる。

「骨と関節の医者だ。・・・戦士の負傷を治せる」

 沈黙。

「折れた骨は繋ぐ。外れた関節は戻す。潰れた筋肉は鍛え直す」

 シキが低く言う。

「草原では、折れた骨は終わりだ」

「違う」

 ラゴウは首を振る。

「治る」

 正面から、シキを見据える。

「戦えなくなった戦士を、もう一度馬に乗れる身体に戻す」

 シキの呼吸がわずかに止まる。

 俺はラゴウの身体を指さして、断言した。

「この身体もだ。今は、壊れかけてる。身体能力も、王宮に閉じ込められて、三年で鈍った」

(・・・ほんとうに、どうやったらここまで衰弱できるかと思うほど、心身ともにひどい状態だ。毎日点滴しないと歩くのもふらつくような脆弱さだ)

「だが戻せる。ラゴウはまだ若いし、生まれた頃から草原で育っているなら、潜在的な回復力は相当高いはず」

(訓練とリハビリで、草原の戦士の身体に)

 静かに言う。

「あんたの望みは、なんだ」

「おれに望みなどない。草原王カヨウの命でここに来たのだ」

「なら、カヨウの望みは?」

 設定の記憶をたどる。草原王、火耀カヨウ。ラゴウの、血のつながらない、義弟。

 ラゴウを心から敬愛し、思慕している。

 たしか、草原の先王がラゴウとアレクシスの政略結婚を決めた時、血相変えて大反対したのが、当時まだ少年だったカヨウだ。

「ラゴウが草原に戻ることだ」

「なら、利害が一致する」

 空気が、変わる。

「続けろ」

「王は死ぬ」

 今度は、はっきりと言う。

「ナイルート川の戦で重傷を負う。一騎打ちだ。弟と」

 静寂。

「そのまま中央集権が進めば、草原は滅ぶ」

「……ほう」

「王弟と聖女の婚姻を止める。聖女と王を結びつける。兄弟の反目を断つ。王を生かす」

「その結果、ラゴウは草原へ戻れる」

 沈黙。


「悪くない取引だろ。カヨウの望みを叶えるかわりに、俺に協力してくれ」

 黒布の奥から、冷たい声が落ちる。

「なるほど」

 一拍。

「だが――」

 黒布の奥の気配が、わずかに低くなる。

「おまえは異物だ。利用価値があるとしても、制御できねば害だ」

 静かに言う。

「証明しろ」

「なにを」

「ラゴウの身体を動かせ」

 沈黙。

「騎射の型を」

(今この身体で?)

「できぬなら、取引は成立しない」

「無理だ」

 即答。

 シキの気配が僅かに冷える。

「今の身体は栄養失調に近い。筋出力が落ちている。こんな状態の身体で、無理に騎射をやれば腱を切る」

 一歩、息を吸う。

「だが」

 言い切る。

「三ヶ月、猶予をくれれば、身体を再建する」

 沈黙。

「その間に、王の戦を回避する策を立てる」

「三ヶ月で戦士を作れると?」

「作るんじゃない。元の身体に戻す。身体能力を回復させる」

 しばらく沈黙した後、シキが言う。

「よかろう。ただし、条件がある」

「条件?」

「真名を差し出せ。裏切れば、命はない」

 喉が鳴る。

「・・・わかった」

「よかろう。では、真名の交換を」

(真名・・・?)

 記憶が追いつかない。

 だが空気が変わったのは分かる。

「これは草原の一族の聖なる誓いだ。願いを果たしたのち、約を違えれば――」

 冷たい殺気が滲む。

「地の果てまで追っておまえを殺す」

 沈黙。

 シキが、静かに告げた。

「おれの真名は、シキ

 空気が張り詰める。

 名は、刃より重い。

 呼吸が浅くなる。

「……陣内生真ジンナイ・ショウマだ」

 その音が落ちた瞬間、シキの短剣が、ひゅ、と鳴った。

 迷いのない軌跡。

 シキの掌に、細い赤い線が走る。血が滲む。

 それを、ためらいなく。

 ラゴウの顎に指をかけ、わずかに持ち上げる。

「・・・っ」

 拒む間もなく。ぬるい一滴が、唇へ落ちた。


 鉄の味。

 喉が、ひくりと動く。

「おまえの血もよこせ」

 低く言う。

 問い返す間もない。

 今度は、ラゴウの指先に冷たい感触。

 刃が浅く走る。痛みは、一瞬。

 赤が、にじむ。

 落ちかけた雫を、シキの舌先が、掬い取る。

(うわ……)

 おもわず顔をしかめる。

「気持ち悪い」

「だまれ」

 淡々とした声。

「おれも好きでやっているわけではない」

 シキの瞼の奥は閉ざされているはずなのに、まるで視線が絡むような錯覚がある。

 血は、奪うものではない。

 受け入れるものだ。胸の奥で、何かが噛み合う。

 見えない歯車が、静かに、はまる。

「これで、逃げられん」

 淡々とした声。

 だが、その奥に、わずかな重みがある。

 草原の誓いは、遊びではない。

 血は、裏切りを許さない。

 鼓動が、ひとつ。

 重なった。

 契血。

 名と血を交わし、道を閉じる。


 契約が、結ばれた。


第4話でした。

ついにシキとジンナイが「契血」を交わしました。

草原の民にとって、真名と血は命と同じ重みを持ちます。

つまり――

ここで二人は、もう後戻りできない関係になりました。

ただし問題は山積みです。

・ラゴウの身体はボロボロ

・王は未来で死ぬ

・王弟と聖女の婚姻が迫っている

そして、ジンナイはまだ「王宮」という巨大な権力の中心に足を踏み入れていません。

次話から、いよいよ王宮側の物語が動き出します。

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