表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/21

第21話 女主人のカード占い

 ラゴウの手元。


 杯は、もう三つ目だった。

 琥珀色の酒が、灯籠の光を吸い込んで揺れている。

 茶芸館の奥は静かだ。

 茶葉の香り。

 炭火のかすかな音。

  外の祭りのざわめきが、遠くに聞こえる。

 ラゴウは杯を回す。

  指先で縁をなぞる。

 酒は重い。

 甘い香りの奥に、刺すような匂いがある。

 草原の酒とは違う。

 草原の酒は、もっと荒い。

  喉を叩く。

 肺まで熱くなる。

 これは違う。

  静かに燃える。

 ラゴウは杯を持ち上げる。

  少しだけ傾ける。

 舌に触れた瞬間、甘い。

 だが次の瞬間。 喉が焼ける。

  胸の奥に落ちる。

 ふっと息が漏れた。

  「……けっこう強いな」

 独り言のように呟く。

 それでも、もう一口。

 身体の奥が、ゆるむ。

 肩の力が落ちる。

 剣を握り続けた腕が、少しだけ軽い。

 もうふた月近く、毎日のように、走り、射て、剣を振っている。

 来月は、近衛隊の入隊選抜が行われる。

 身体は戻ってきている。

 だが、まだ完全じゃない。

 筋肉がじんと熱い。

  酒がそこに落ちていく。

 ラゴウはまた杯を満たす。

  とくとくと。琥珀色が静かに溜まる。

 四つ目だ。


 そのとき。 向かいで、女が息をついた。

 茶芸館の女主人――静蘭。

  「その酒」

 ラゴウが顔を上げる。

 静蘭が細い目で見ている。

「強いわよ」

 ゴウは肩をすくめた。

  「平気だ」

  ・・・泥酔しても、どうせ、誰にも見られていない。

 泥酔することも、めったになかったが。

 しかしまだ回復途中のラゴウの身体では、この酒量はきついかもしれない、とふと思う。 が、また一口。

 喉を焼くような熱が落ちていく。

 静蘭は小さく笑った。

「そうやって、迷いなく杯が進む人はね」

 少しだけ声を落とす。

  「だいたい、紛らわせたいものがあるの」

 ラゴウは黙った。

 杯を見つめる。

 静蘭は続ける。

「この酒は、少しずつゆっくり口に含まないと、喉が焼けるわよ」

 ラゴウは笑った。

「焼ければいい」

  そして、杯を持ち上げる。

  「喉も」

  一気に飲み干す。

  「……この気分も」

  杯を置く。 静かな音。

  「潔く、あとかたもなく」

  ラゴウは低く言った。

  「・・・焼ききってしまいたい」

 沈黙。

 静蘭はしばらくラゴウを見ていた。

 それから、ぽつりと言う。

「焼けないわよ」

 ラゴウの手が止まる。

 静蘭は穏やかに笑う。

  「そういうのは、お酒では消えないわ」

 静蘭は小さな花の浮いた茶を口にふくむ。

 湯気の向こうで、静かに続ける。

  「むしろ・・・余計にはっきりするだけ」

  「・・・それじゃ、困る」

「そうね。困るわね」

「・・・どうすれば?」

  女主人は、わずかに口元を緩めた。

  「占ってあげましょうか」

 そう言いながら、ゆっくりと腰をひねる。

 背後の棚。 引き出しに、指をかける。

 ――開ける。 中は暗い。

 だが、その奥から、ためらいなく一組のカードを取り出した。

 革のような手触りの箱。

 使い込まれているはずなのに、妙に傷がない。

 蓋を外す。

 中から現れたカードは、縁がわずかに摩耗している。

 長く使われている証だ。

 だが。 絵柄だけは、不思議なほど鮮やかだった。

 女主人は、それを掌に乗せる。

  軽く、重さを確かめるように。

 それから。 指先で、静かにカードを滑らせた。

 乾いた音。 規則的。 無駄がない。

 まるで、最初から決まっている順序をなぞるように。

 切る。 重ねる。 もう一度、切る。

 一切、迷いがない。

 その動きを見ているだけで、分かる。

 ――これは遊びではない。

  女主人は、最後にカードを揃えると、 ラゴウの前に差し出した。

  「一枚でいいわ」

 ラゴウは、無言で手を伸ばす。

 束の中から、引き抜く。 裏返す。

 女主人が、わずかに目を細めた。

「……あら」

 カードの絵。 黒と白、二頭の獣が、同じ方向を向いている。

 その上に立つ人影。

 手綱はない。 ただ、前を見据えている。

戦車チャリオット

  女主人が、指で縁をなぞる。

  「面白いわね」

 ラゴウは眉をひそめる。

  「何が」

 女主人は、カードから視線を上げた。

 まっすぐに、ラゴウを見る。

  「あなた、今、止まろうとしているでしょう」

 一拍。

  「もしくは、引こうとしている」

  言い当てられる。

  「……さあ」

  とぼける。

  だが、女主人は気にしない。

  「逃げる、と言い換えてもいいわ」

 静かに。 断定する。

 ラゴウの指が、わずかに止まる。

 女主人は続ける。

  「このカードはね」

 カードを軽く叩く。

  「進め、と言っているわよ」

 一拍。

  「しかも」

 少しだけ、声が低くなる。

  「迷ったまま、進め、と」

 ラゴウの視線が、カードに落ちる。

  黒と白。 相反するもの。

 それを、ひとつにして、進む。

  「普通はね」

 女主人が、笑う。

「整ってから進もうとするものよ。覚悟が決まってから、とか。気持ちがはっきりしてから、とか」

 肩をすくめる。

「でも、このカードは違う」

 指先で、中央の人物を示す。

  「揃ってないまま、進め」

  「制御できなくても、進め」

「矛盾ごと、引きずって進め」

  沈黙。

 ラゴウの胸の奥で、何かが引っかかる。

  「……無茶だ」

 ぽつりと、言う。

 女主人は、くすりと笑った。

  「そうよ」

  「でもね」

 少しだけ、目が変わる。

  深く。

 底の見えない色になる。

「無茶を通した者しか、辿り着けない場所もあるわ」

 ラゴウは、女主人を見る。

  (……この女性は)

 ただの女ではない。

  「あなたは今」

 女主人が、静かに言う。

  「引き返す理由を探してる」

  「でも」

  一拍。

「本当は、分かってるはずよ」

 カードを、ラゴウの手に押し戻す。

 女主人は、にやりと笑う。

「そう」

「どうせ後悔するなら」

  軽く顎を上げる。

「やってから後悔すればいい」

  ラゴウの中で、何かが揺れる。

  「・・・後戻りできなくなったら?」

 取り返しがつかなくなったら?

  「収集できない事態になるなら、それを楽しんでしまえばいいのよ」

(・・・進め、か)

 ラゴウは、ゆっくりと、カードを伏せる。

  指先で、軽く叩く。


第21話、読んでいただきありがとうございます。

今回は、戦闘でも王でもなく、「止まるか、進むか」というラゴウの内側にフォーカスした回でした。

酒で焼き切ろうとする感情と、焼けないと断言する静蘭。

そして、「迷ったまま進め」と告げるカード。

ここで出てきた〈戦車〉は、ただの前進ではなく、

“矛盾を抱えたまま進む”という意味を持たせています。

正直、この回はこの後の展開にかなり効いてきます。

「あのとき進めと言われたから、こうなった」と思えるような伏線になっています。

楽しみにしていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ