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第20話 異民街に迷い込む

 灯籠の光が揺れる。

 屋台の間を抜ける。

 人々が振り返る。

  視線が、ただ一人を探す。

 赤い髪。 金の瞳。 草原の女。

  (……どこだ)

 胸の奥に、奇妙な焦りが生まれる。

  三年間。

 こんな気持ちになったことはなかった。

 王は歩みを速めた。

 灯籠の光が、水面で揺れる。

 人の波が流れる。

 屋台の煙。 仮面の人々。

 視界はきらめきに満ちている。

 だが。

 王の足が、ふと止まった。

 人の流れの向こう。

  黒い仮面。 金の花弁。 夜鳥の翼のような飾り。

 その仮面の若者が、灯籠の光の中を歩いている。

 王は、わずかに目を細めた。

 まだ振り向いていない。

 顔も見えない。

 それでも。

 歩き方。 背中。 空気。

 王は低く呟いた。

「……見つけた」

 灯籠の光が、川面に揺れる。

 仮面の若者は、そのまま人混みを抜けていく。

  王は、迷わず後を追った。


  ◇ ◇ ◇


 通りの空気が、少し変わる。

 香辛料の煙。

 甘い果実酒の匂い。

 耳に入る言葉も、王都のものとは違う。

 ラゴウは足を止めた。

 このあたりは、王都の異民街だ。

 四大国や南方の商人、砂漠の隊商の民が住む区画で、王都でいちばん多くの言葉と匂いが混ざる場所でもある。

 赤い紙灯籠。

 見慣れない文字の看板。


 色鮮やかな布が夜風に揺れている。

 祭りの夜は、特に賑わう。

 ラゴウはゆっくり周囲を見回した。

(……草原の市に似ている)

 隊商が集まる夜市の匂いだ。

 ただ一つ違うのは―― ここでは、酒や香辛料だけでなく、噂と情報も売り買いされる。

 王都で最も秘密が集まる場所。


 そのとき。

  通りの奥に、ひとつだけ静かな灯りが見えた。

  派手な店の並びの中で、そこだけが妙に落ち着いている。

  丸い灯籠が、ひとつ。

 静かに揺れていた。

 近づく。

 香りがした。

  茶。

 それも、ただの茶ではない。

  薬草。 乾いた花。 柑橘。 複雑な香り。

  扉は木だった。 古い。

 だが、丁寧に磨かれている。

 ラゴウは立ち止まる。

 中から、かすかに湯気の匂いがする。

  「……茶屋か?」


 祭りの喧騒が、遠い。

 ここだけ、静かだった。

 ラゴウは扉を押した。

 鈴が鳴る。

 澄んだ音。

 店の中は、思ったより広い。

 棚いっぱいに、白い壺が並んでいた。

 丸い磁器の壺。

 蓋の上には、それぞれ細い筆で名が書かれている。

 香りの違う茶葉。乾いた花。刻んだ根。

 薬と茶の境目など、ここでは意味を持たないのだろう。

  茶は、薬と同じ。

 効き目も、処方も、人によって変わる。

 その棚の前に、女が立っていた。

 四十代半ばほどに見える。

 深い紅の衣。

 黒髪はきっちりと後ろでまとめられ、余計な飾りはない。

 白い首筋だけが、灯籠の光を受けて浮かび上がる。


 名は静蘭セイランという。


 女は振り返ると、ゆっくりラゴウを見た。

 視線が、顔ではなく――身体をなぞる。

 肩。 腰。 足の運び。

 一瞬。

 そして、ふっと笑った。

「風の匂いがする」

 ラゴウは眉を上げた。

  「……草原の人?」

 女はただ杯を一つ取ると、棚の壺を開けた。

 細い指が茶葉をすくい、湯を注ぐ。

 香りが立つ。

  「初夏とはいえ、夕刻から夜にかけて、ずいぶん温度が下がるわ。女性がそんな薄着をしていて は体が冷えてしまう」

 どうぞ、と繊細な細工の茶器を差し出す。

 湯気が立つ。

  「よく女だってわかったな」

 ラゴウが言う。

 女はくすりと笑った。

  「ああ、それは簡単」

 にっこりと笑う。

  「重心が違う」

 ラゴウは黙る。

  「歩くとき腰が先に動くのは、女性よ」

 静蘭は軽く首を傾けた。

  「それにあなた」

 目が細くなる。

「ちょっと不思議な色気がある」

 ラゴウの眉が寄る。

  「あなたは長身で手足が長い。でも、いくら衣装でごまかしても、身体の曲線や丸みは嘘をつかな いもの」

 静蘭は湯気を眺めながら続けた。

 観念したように、ラゴウは被り物をとり、仮面をはずした。

 赤銅色の髪が流れ落ちる。

 金の瞳が、今日は物憂げだ。

 静蘭は湯を注ぎながら、その顔をじっと観察した。

  「あら、美人ね」

「あなたはお世辞が上手だな」

「お世辞じゃないわ。あなたはとても美しいわよ。ただ、自分自身のことがちゃんと分かっていない だけ」


  ――どんなに美しくなったとしても、<彼女>でなければ、あの男の心に入り込むことはできない。

  この、鬱屈は、俺のものか。それともラゴウのものなのか。


  「失恋でもした?」

「・・・そんなもの、とっくに」

 最初から、勝負のついている恋愛なんて、不毛だ。

 面倒で、やるせなくて、自分を持てあましてしまう。

 だが。

 ・・・そんな恋を、俺はしたことがあっただろうか?

「お酒もあるわよ」

「じゃ、酒を」

「奥に、酒楼の個室がある。ひとりでゆっくり飲みたい気分なのでしょう」

  案内するわ、と言う女の背中に、素直にラゴウは従った。

  静蘭は奥の戸を押し開けた。

 茶芸館の喧騒が、そこでふっと途切れる。

 奥は小さな私室になっていた。

 簡素だが、どこか整っている。

 中央に低い卓。

 その向こうに、仮眠くらいはできそうな長椅子。

 調度はどれも上質だった。

 派手ではないが、丁寧に手入れされた木と布。

 使い込まれているのに、乱れがない。

  (……妙だな)

 誰かが、ここを定期的に使っている。

 そしてその「だれか」は、おそらく身分の相当高い人間だ。

  (・・・まあ、関係ないか)



第20話を読んでいただき、ありがとうございます!

今回は、灯籠祭りの続きから一転、ラゴウが異民街へ迷い込む回でした。

お祭りの華やかさとは違って、ちょっと怪しくて、でもどこか落ち着く空気…書いていてとても楽しかったです。

そして新キャラ・静蘭が登場しました。

さらっとラゴウの正体(というか本質)を見抜くあたり、なかなか只者ではありません。

今後もちょくちょく関わってくるので、覚えていただけると嬉しいです。

王のほうも、ついに“あれ?”という感情が出てきましたね。

三年間なかったはずの焦り。

このあたりから、少しずつ関係が動いていきます。

次回は、この異民街での出来事がさらに広がっていく予定です。

ラゴウ、どう動くのか…ぜひ見守ってください!

引き続きよろしくお願いします。

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