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第19話 叶わなかった求婚の記憶

 天から落ちた星々のように、色とりどりの灯籠が、川面を滑っていく。

 王と聖女は、静かにそれを見つめていた。

「陛下、本日は、お誘いいただいて・・・」

「お前も激務が重なっていただろう。たまには肩の力を抜くといい。・・・礼は、王妃に」

 王の瞳は、穏やかな光を宿して、聖女を見る。

 微熱に浮かされたような男の瞳にうつる自分自身を見て、カナリアは、いつも、確信していた。

 ――いつだって、王の最上の女は、わたしだ。

 どんな女を抱こうとも、それは絶対に変わらない。

 そう、思っていた。

 が。

 今日は、何かが、足りない。

 昔の思い出をたぐり寄せる。

 ――王とわたしは、幼馴染として、長い時間を共有してきた。

 誰にも奪うことのできない、わたしたちの時間を。

「幼い頃、毎年楽しみでしたね・・・灯籠祭り」

「メフィストと3人で、よく王宮を抜け出して遊んだな」

「陛下が、灯籠を買ってくださった」

「そういえば、お前に求婚したのも、それを断られたのも、灯籠の夜だったな」

 ――そうよ。思い出して。

 愛していると、あなたが言った。

 妻になってほしいと。

 あなたを拒絶することで、あなたはもう永遠に私を愛し続けてくれると思った。

 なのに。

 心なしか、王の声音が、遠い。

「陛下」

「責めているわけではない」

 王の声は落ち着いている。

 ――どうして?

 いつもは、もっと、隠しきれないような、熱があった。

 今日は、どうして、心なしか、冷めている。

「メフィストと婚約の約束を交わしたのだろう?」

 静かに、確認する。

「お前が選んだのなら、それでいい」

 ちがう。

 もっと。

 もっと、嫉妬と、抑制と、矛盾と葛藤で苦しむはずなのに。

 狂おしいほどわたしを求めて、苦しむはずだったのに。

 奇妙な距離を感じる。

 以前は、もっと切実に、温度のある眼差しで、王はわたしを見つめた。

 草原の王女と婚姻を結んでからもそれは変わらず。

 彼の視線はいつも一番最初にわたしを捉えた。

 王妃より先に。

 形ばかりの義務の夜を、王の責務として苦悩のうちにこなしていたことを、知ってる。


 王の婚姻の夜。苦しくなかったわけじゃない。

 あんなちっぽけな少女を、アレクが抱く。

 ・・・せいぜい抱いてやればいい。

 あんな少女を抱いて、アレクが満足を覚えるはずがない。

 でも、わたしの身代わりに王妃を抱くのなら、それでいいと思った。

 アレクが抱いているのは、草原の女ではなく、このわたしの幻なのだと。

 王妃を抱きながら、わたしの肌を感じ、わたしの熱を想い、わたしの視線を求め続ければいいと。

  ――あの王妃は、きっと長くはもたない。

 草原の女が、王宮で生きられるはずがない。

 そうなれば。

 王は、きっと戻ってくる。

 わたしのもとへ。

 そう、思っていた。

 だって、わたしだって、愛していた。

 愛していたけれど。

 ――聖女という立場を捨てきれなかった。

 わたしが〈奇跡〉の力を失ってしまったら、何が残るというの。

 奇跡も権威もなくなってしまったら。

 ただの女になんて、なりたくなかった。


 三年前。

 嫁いだばかりの草原の王女は、少年のようだった。

 男を誘惑できるような女ではない。

 そんな容姿も手練手管ももたない、ただ少年のような女。

 そう思っていた。

 そしてわたしが望んでいたとおり、アレクの視線はわたしを求め続け、王妃は壊れかけていた。

 壊れればいい、と、思っていた。

 たとえかりそめでも、アレクと重ねた肌、アレクの熱をうけとめた体、そんなもの、粉々に壊れてしまえばいい。

 どうせいくらでも取り換えのきく消耗品なのだから。

 王妃が壊れれば、草原はまた別の女を送りつけてくるだろう。でも同じこと。

 何度でも、何人でも、女を送ってくればいい。

 人形同然の女を何人抱いたところで、アレクがわたしを想い続けることは変わらないのだから。

 王妃などわたしの身代わりにすぎないのだから。

 アレクはただ王の責務として王妃を抱くだけ。

 王の隣に立つ女は、ただ、王妃の役割を果たす人形であればいい。

 でも、わたしは違う。わたしは聖女だ。

 奇跡の力。教会という強大な後ろ盾。

 そして。

 王に、真に愛された女。

 子を産むしか能のない、王の女ではない。

 まして、子を成すこともできない草原の王女は、お飾りの王妃である価値さえない。

 わたしがのぞむのは、もっと尊くて、もっと輝かしいものだ。


 なのに。


 練兵場で王妃を見た。

 療養所で、兵士たちを治療する見事な手腕を見た。


 王の視線が、はじめて、わたしより先に、王妃を捉えた。


「アレク」

「どうした?」

 微笑みは、昔と変わらず、優しい。でも何かが足りない。

 それはもう、取り返しのつかない、何か、であるような気がした。


 ――わたしは、どこで、まちがったの?


 カナリアは言葉を探す。

 そのとき。

 王の視線が、ふと人混みの方へ流れた。

(……王妃?)

「わたしが、あなたの求婚を断ったのは・・・」

 カナリアの瞳が、潤んだ。

 ――愛していたからこそ、なのよ

 一瞬の沈黙。

 王が振り向く。

「……王妃は?」

 さっきまでそこにいたはずの王妃が――いない。

 アレクシスは眉をわずかに寄せる。

 ルシアンが周囲を見る。

「先ほどまで、ここに」

 王は川を見た。

 灯籠が流れている。

 静かに。

 夜の水面を。

 次に、視線を上げた。

 人の波。

 屋台。

 灯り。

 そのどこにも。

 ラゴウの姿はなかった。

「……」

 王は一瞬、黙った。

 それから言う。

「ルシアン」

「はい」

「聖女を王宮へ送り届けろ」

 カナリアが顔を上げる。

「陛下?」

 王は振り向かなかった。

 視線はすでに人混みの方へ向いている。

「わたしは、王妃を探す」

 静かな声だった。

 ルシアンは小さくうなずく。

「承知しました」

 王は歩き出す。

 人の流れの中へ。


第19話を読んでいただき、ありがとうございます。

灯籠の夜――本来なら、過去と現在が優しくつながるはずの時間。

けれど今回は、「つながらなかったもの」と「取り返せなかった選択」が浮き彫りになる回になりました。

カナリアはずっと、自分が“選ばれる側”であり続けると信じていました。

王の愛も、王妃の立場も、すべて自分の掌の上にあると。

けれど実際には、少しずつ、確実に、何かが変わっていた。

そしてその変化に、彼女だけが気づけなかった。

今回のラストで、王が迷わず「王妃を探す」と言った瞬間。

あの一言は、彼の中で何が優先順位を占めているのかを、静かに、しかし決定的に示しています。

言葉にしなくても、もう戻らないものがある。

そのことに気づいたとき、人はどうするのか。

次回は、いよいよ王妃側の動きが大きくなります。

そしてこの灯籠の夜は、まだ終わりません。

引き続き、お楽しみいただけたら嬉しいです。

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