表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/19

第18話 仮面の本音

 その頃。

 王宮。

 アレクは書類から顔を上げた。

「ルシアン」

「王妃は、今日は何をしている」

 いつもならこの時間、練兵場だ。

 近衛隊選抜のための特訓。

 朝から晩まで、剣を振り、馬を駆り、兵士を片っ端から叩きのめしている。

 だが今日は。

 姿がない。

 ルシアンは答えた。

「かわいがっている侍女から、灯籠祭りに連れていけと、せがまれたそうですよ」

 アレクは眉を上げる。

「……王妃が?」

 意外そうだった。

「てっきり、騎馬と弓術にしか、興味がないものと思っていた」

「はい」

 ルシアンは肩をすくめる。

「あと興味があるとすれば、骨と筋肉と骨格でしょうか」

「・・・そうだな」

「それで、どうやら町に出る算段をしているようです」

 沈黙。

「聖女様を誘っておられました」

「・・・カナリアを?」

「先日の療養所訪問のときの手伝いの礼をしたいそうで。たまには息抜きの許可を、と、神殿にかけあっていらっしゃいました」

 アレクはゆっくり息を吐いた。

「・・・いったい何をもくろんでいるんだ」

 さあ、とルシアンは困ったように首をかしげる。

「王妃のお考えは、わたしには分かりません」

 アレクは窓の外を見た。

 初夏の風が吹いている。

 遠くで、祭りの準備の音が聞こえる。


 アレクは立ち上がった。

「ルシアン」

「はい」

「聖女に護衛を。・・・わたしの衣装もだ。民に紛れるものを」

 ルシアンは目を細める。

「・・・王も、行かれますか」

「灯籠祭りは、異民街の近くだ。聖女の護衛も兼ねて、情報収集もしてこよう」

「カナリア様の心配を?」

 ――それとも。

 王の視線が、わずかに動く。

「・・・なんだ」

「いえ。手配いたします」

 ルシアンは、静かにこうべを垂れた。



 夕日が落ちる頃、王都の空気はすっかり祭りに変わっていた。

 通りには人があふれている。

 屋台。笑い声。笛と太鼓の音。

 子どもたちは走り回り、若者たちは川の方へ急ぎ、商人たちは声を張り上げる。

 通りの両側には、赤や金の灯りが揺れていた。

 初夏の風が吹く。

 新しい葉の匂い。

 夜はまだ温かい。

 侍女は完全に浮かれていた。

「姫様、見てください!」

 屋台の灯りに顔を近づける。

「砂糖菓子です!」

「きゃああ、蜂蜜酒もある!」

 ラゴウは苦笑する。

「おまえは食い物しか見てないな」

「食べ歩きが祭りの醍醐味ですもの!ほら、姫様も楽しみましょう!!」

 ユイに引っ張られながら、川の方へ進む。

 人が増える。

 ざわめきが、少しずつ変わる。

 水の匂い。

 そして。視界が開けた。

 川だ。

 無数の灯りが浮かんでいた。

 灯籠。

 小さな光が、水に揺れている。

 流れる。

 揺れる。

 ゆっくりと、夜の川を下っていく。

 まるで、星が川を流れているようだった。

 ユイが息を呑む。

「……きれい」

 ラゴウも、思わず目を見張る。

 風の音。

 水の音。

 人々の祈り。

 灯籠が流れる。

 ひとつ。

 またひとつ。

 小さな光が、夜に溶けていく。

 そのとき。

 遠くで、歓声が上がった。

 空を見上げる人々。

 夜空に、ゆっくりと浮かび上がる光。

 天燈だった。

 紙の灯りが、空へ昇っていく。

 ゆっくり。

 静かに。

 無数の灯りが、夜空に広がる。

 川には星。

 空にも星。

 王都の夜は、光に満ちていた。

 ラゴウは小さく息を吐く。

「……悪くないな」

 ユイが振り向く。

「でしょう?」

 ラゴウは答えない。

 ただ、川を見ている。

 流れていく灯りを。


 そのときだった。

 人の流れの向こう。

 白い衣が見えた。

 聖女カナリア。

 その隣。

 背の高い男。

 アレクシス。

 ラゴウの足が、ほんの一瞬止まる。


 人混みの中で、ふたりは一見すると若い恋人同士に見えた。

 聖女は町娘の装いだった。

 生成りの麻布の衣に、簡素な上掛け。

 長い髪は三つ編みにして、肩に落としている。

 だが、歩き方が違う。

 背筋が自然に伸びている。

 動きは静かで、乱れない。

 灯籠の光を受けるたび、ピンクゴールドの髪が柔らかく輝いた。

 町娘の衣を着ていても、どこか上品な気配が消えない。

 王は、狩人の仮装だった。

 濃い革の上衣に、短い外套。

 背には簡素な弓。

 だが、背中が違う。

 肩の線がすっと整っている。

 無駄な力が入っていない。

 歩くたび、静かに布が揺れる。

 荒々しい狩人というより、森を静かに歩く番人だ。

 灯籠の光が背に落ちると、その姿は妙に目を引いた。


 ふたりは川を見ている。

 灯籠の光が、静かに揺れている。

 並んで立つ姿は、よく似合っていた。

(……なるほど)

 胸の奥が、軋む。

 視線を、外す。

(悪いな、ラゴウ)

 頭の中で、謝る。

(でも、お前だって、大好きな王に、死んでほしくはないだろう)

 王と聖女。

 ・・・ふたりを結びつけるのが、正史ルート回避のための一番手っ取り早い方法なんだよ。

 ラゴウは、そこに割り込む存在でしかない。

 邪魔者は早めに退散したほうがいい。

 小さく、息を吐く。

 人の波。

 灯り。

 音。

 そして、ふと。

(……今なら)

 すべてが、人混みに紛れている。

 ラゴウはくるりと向きを変えた。

「ユイ」

「はい?」

「少し歩いてくる」

 ユイが目を丸くする。

「え?」

「心配するな。そのへんをひとりで遊んでくるだけだから」

 灯りが流れる。

 ひとつ。

 またひとつ。

 川は静かに光を運んでいく。

 ――これでいい。

 そして、静かに踵を返した。

 王と聖女を背に、人混みの方へ歩き出す。


 ◇ ◇ ◇


 露天の棚には、きらびやかな仮面が並んでいた。


 金の花弁で縁取られたもの。

 鳥の翼の形をしたもの。

 蝶の羽のようにきらめくもの。


 どれも灯籠の光を受けて、夜の花のように輝いている。

 ラゴウは、その中からひとつ手に取った。

 黒地の仮面。

 瞳の周囲を、細い金の花弁が放射状に囲んでいる。

 花弁の外側には、夜鳥の翼を思わせる羽飾りが広がっていた。

 灯籠の光が触れるたび、金がきらりと揺れる。

 ラゴウはそれを顔につけた。

 視界が、すっと細くなる。

 髪をまとめ、この国では珍しい赤い髪色を布で軽く隠す。

 仮面を整え、露天の銅鏡をのぞき込んだ。

 そこに映っているのは、草原の王女ではない。

 灯籠祭りの夜に紛れた、異国の若者だった。

 ラゴウは口元だけで笑う。

「いいな、これ」

 人の波へ歩き出す。

 灯籠の光が揺れる。

 仮面の人々が行き交う。

 狐。

 鬼。

 鳥。

 蝶。

 誰も互いの顔を知らない。

(ふたりは、どんな話をするのだろう)

 今日は、なぜか。

 ラゴウであることも、ジンナイであることも、少しだけ、消してしまいたい気分だった。

 あの男はあんなに優しい眼差しで聖女を見る。

 聖女はあまりにも自然に、あの男の隣に寄り添う。

(あの男は、自分の本当の望みを隠したまま、王として生きていけるくらいには、器用なのかもしれない)

 だが――

(どうせ一緒に生きていくなら)

 好きな女のほうがいいに決まっている。

(ラゴウ。俺たちは草原に帰ろう)

 それが最適解のはず。

 なのに。

 なにが胸の奥が、ひどく静かに痛んだ。


第17話、灯籠祭りでした。

戦って、鍛えて、削ってばかりだったラゴウに、

少しだけ「静かな夜」を。

……のはずが、

仮面をつけてまで逃げに入るあたり、

だいぶこじれてますね。

そして今回の見どころはやっぱり、

王と聖女の“お似合いっぷり”。

第三者視点だと完全に「正解ルート」なんですが、

ジンナイ視点だと、「それでいいはずなのに、なんか痛い」になるのが面白いところです。

理屈では正しい。

でも、感情が追いつかない。

――このズレが、これから効いてきます。

次回、仮面の夜はまだ終わりません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ