表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

第13話 変わる距離感 

 夜。


 王宮は、昼とは別の顔を見せる。


 廊下には灯火が並び、

 遠くで衛兵の足音が規則正しく響く。


 ラゴウの部屋では、ユイがまだ落ち着きを取り戻せていなかった。

「姫様!あれは一体どういうことだったんですか!」

「何が」

 ラゴウは椅子の背にもたれたまま、平然としている。

「何がって……!」

 ユイは両手を振り回す。

「陛下の服を破いて!肩を引っ張って!その場で近衛隊志願なんて!」

「簡単な応急処置だよ」

「もう、ハラハラしたんですからね!」

 シキが壁にもたれたまま言う。

「いや。悪くない手だった」

 ユイが振り向く。

「シキ様まで!」

 シキは淡々と続ける。

「王に恩を売って、貸しを作った上で、こちらの要求を通す」

 一拍。

「狡猾かつ効率的だ」

 ラゴウは鼻で笑う。

「だろ?」


 だがそのとき。

 扉が叩かれた。


 三回。


 規則正しい音。

 ユイが振り向く。

「こんな時間に……?」

 侍女が扉を開ける。

 外に立っていた人物をみとめて――侍女は、固まる。

「・・・ユイ?どうした」


「・・・へ、陛下!」


 ラゴウは眉をひそめた。

「・・・は?」

 次の瞬間。

 扉の向こうに、アレクシスが姿を現した。

 銀の髪。

 落ち着いた青灰の瞳。

 肩には昼間ラゴウが巻いた布が残っている。

「夜分に失礼します」


 静かな声。

 ユイは完全に硬直している。

「入っても?」

「陛下!も、申し訳ありません、今日はその、あの、夜伽の日、でしたでしょうか?妃殿下はまだ、湯あみも着替えもなさっておらず、その、準備が・・・!それにあの、今夜はもうお時間も遅く、あの、あの、明日の政務にさしさわりがあるのではないかと・・・」

 あたふたと、ユイが言い訳のように言い募る。

 変わらぬ穏やかな微笑のまま、はっきりと、王は告げた。


「妻の部屋に来るのに、侍女や護衛の許可が必要か?」


 ユイの表情が凍る。

「嫌そうですね?」

 端正な微笑みを崩さず、王はラゴウに声をかけた。

 ラゴウはわずかに顔をしかめた。

「よく分かったな」

「姫様!」

 ユイが蒼白になる。


 王が夜に王妃の私室を訪ねる。

 それ自体は、本来なら不思議なことではない。

 ――だが。

 この三年で、王がこの部屋を訪れたのは、決まって「義務の夜」だけだった。

 王家の跡継ぎを作るための儀礼。

 それ以外で、王が夜にここへ来たことはない。


 アレクシスが、部屋に足を踏み入れる。

 静かな足取りで、ラゴウのほうへ歩いてくる。


 ――昼の訓練場で見た王妃の姿が、まだ目に残っていた。

 自信に満ちた金色の瞳。あの視線が、妙に脳裏から離れない。

 ここまで露骨に不機嫌そうな顔をする彼女を目の当たりにするのも初めてだった。

 不思議と、その率直さが新鮮に映る。


 ユイが真っ青になって小声で囁く。

「よ、夜伽でしょうか……」

 ラゴウは内心で即座に突っ込んだ。

(ないない)

(それはあっちも望んでないだろ)

 楽しくもない体だけの関係。

 そんなものは、不毛だ。

 遊びと割り切る関係なら、俺は散々やってきた。

 だが――

(あんたも、ラゴウも、そういう器用さはないだろ)

 王は、そういう男じゃない。

 ラゴウも、そういう女じゃない。

 だからこの三年、二人の間には奇妙な距離があった。

 触れるのは義務の夜だけ。

 それが終われば、王はすぐに立ち去る。


 朝まで同じ部屋にいたことなど、一度もない。


 王は侍女に視線を向けた。

「安心するがいい。今夜は、王妃を困らせるつもりはない」

 次に、ラゴウを見る。そして静かに言った。

「王妃に、少し診ていただきたくて」

 ラゴウが腕を組む。

「診る?」

「肩です」

 アレクはわずかに腕を動かす。

「昼の処置は正確でしたが……」

 一瞬だけ眉を寄せる。

「まだ少し痛む」

 ユイが慌てて言う。

「侍医をお呼びになれば――」

 アレクは首を振った。

「必要ない」

 視線がラゴウに向く。

「あなたの方が、正確でした」

 沈黙。

 ラゴウは立ち上がる。

「……いいだろう」

 ユイとシキを下がらせる。


「上着を脱いで、そこに座れ」

 王は、言われた通りに、半裸になって寝台に腰かけた。

 ラゴウは、王の前に立った。

「・・・なかなか新鮮ですね?」

「なに?」

「あなたが、わたしを見下ろしている」

「雑談はいい。腕、上げろ」

 アレクがゆっくりと左腕を上げる。

 途中でわずかに動きが止まる。

(……そこか)

 ラゴウは肩に手を置いた。

 鎖骨の下。

 上腕骨頭の位置を指先で探る。

 関節は、ちゃんと収まっている。

 だが、周囲の筋肉がまだ硬い。

 脱臼直後特有の防御反応だ。

「痛むか」

「少し」

「腕を回せ」

 アレクがゆっくり回旋させる。

 ラゴウは肘を支え、動きを誘導する。

 前方。

 外旋。

 内旋。

(……問題ない)

 腱板の断裂はない。

 神経も生きている。

 指で三角筋の外側を軽く押す。

 筋肉がぴくりと反応する。

「しびれは?」

「ありません」

「指を握ってみろ」

 王の手がゆっくりと開き、閉じる。

(橈骨神経も大丈夫)

 ラゴウは腕を離した。

「ちゃんと戻ってる。でも、三日は無理するな」

 王は少しだけ肩を動かす。

 痛みはあるが、動く。


 その様子を見ながら、ラゴウはふと気づいた。

 肩。

 胸。

 鎖骨。

 王の身体には、いくつもの傷があった。

 刃物。

 矢。

 裂傷。


 全部、戦場の傷だ。

(……)

 ラゴウの記憶が、じんわりと俺の前頭葉を満たす。

 わずかな光源の下では気が付かなかった。

 いつも、月の光と燭台の灯の中で、体を重ねた。

 ラゴウは石のように固まって、行為が終わるまで固く目を閉じていた。

 だから気づかなかった。

 この男の身体が――生き延びてきた身体だということに。

 過酷な環境を、生き抜いてきた、傷の数々だった。


 ラゴウが呟く。

「ずいぶん、傷だらけだな」

 アレクは少しだけ目を細めた。

「戦場での負傷はよくあることです。たいしたことはありません」

 ラゴウは肩に触れたまま言う。

「……痛かっただろう?」

 その瞬間。

 王の手が、ふと動いた。

 ラゴウの手首を、軽く掴む。

 強くはない。

 確かめるように。

 一瞬。

 時間が止まる。

 ラゴウは思わず顔を上げた。

 アレクの瞳が、すぐ近くにある。

 青灰の瞳。

 まっすぐ見ている。

 王が、静かに言う。

「あなたは」

 わずかな沈黙。

「変わりましたね」

 ラゴウは一瞬だけ言葉を失う。

 そしてあわてて手を引こうとした・・・が、王の手に力が入った。

 振り払えない。

「・・・なに・・・」

 次の瞬間。

 思わず我に返ったように、アレクシスは手を離した。

 ラゴウの胸の奥で、わずかに鼓動が早くなる。


(……なんだ今の)


 王の手の温度が、ラゴウの手首に残った。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

第13話は「変わる距離感」。

昼の訓練場での出来事をきっかけに、少しだけ二人の関係が動き始めました。

これまで三年間、義務の夜以外で王がラゴウの部屋を訪ねることはありませんでした。

ですが今回、王はわざわざ自分からやって来ます。

ラゴウも、アレクも、まだ自覚はありませんが、

二人の距離は確実に変わり始めています。

次回からは、近衛隊選抜やラゴウのリハビリ、

そして王宮の中の思惑も少しずつ動き出します。

引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ