第12話 王の肩を治す
アレクシスが歩く。
一人の兵の槍を押し下げた。
「角度が甘い」
兵が慌てて姿勢を直す。
「肘を締めろ」
声は低い。
だが的確だ。
兵たちの動きがみるみる整う。
(……なるほど)
ただのお飾りの王じゃない。
ちゃんと、戦場の人間だ。
そのとき。
「うわっ」
声が上がった。
新兵だ。
槍の踏み込みで足を滑らせた。
穂先が横に流れる。
隣の兵の顔へ。
距離は一歩。
避けられない。
次の瞬間。
銀の影が動いた。
王だ。
新兵の身体を横から押す。
槍の軌道が逸れる。
事故は防げた。
だが。
着地の瞬間。
ぐき、と鈍い音がした。
アレクの身体が一瞬止まる。
左肩が、不自然に落ちた。
ラゴウの目が細くなる。
(……ああ)
(典型的だ)
前方脱臼。
侍従が駆け寄る。
「陛下!」
「大丈夫ですか!?
アレクシスは顔色一つ変えない。
だが腕が上がらない。
(そりゃそうだ。しかも、かなり痛いはず)
王がかばったのは、あきらかに身体能力の劣る新兵だった。
外見も、少し独特だ。この国の民ではない。おそらく移民だろう。
(・・・弱い立場の者も、守るんだな)
王ともあろう男が、なんのメリットもない相手なのに、ちゃんと庇って、助ける。
後方部隊の練兵に当たっていたルシアンが、駆けつける。
「医者を!」
「いや・・・大丈夫だ。訓練を続ける」
ふいに、ラゴウは柵を越えた。
「姫様!どうなさるんですか・・・」
後を追おうとするユイを、シキが片手をあげてとめる。
「シキ様?」
「黙ってここで見ていろ」
「でも・・・」
「さて。お手並み拝見といこうか」
にやりと、護衛は笑った。
◇ ◇ ◇
兵士たちがどよめく。
「妃殿下・・・?」
「王妃が、こちらに来るぞ」
迷いのない足取りで、真っ直ぐ歩いてくる。
周囲が道を空けた。
アレクの前に立つ。
肩を一瞥する。
完全に外れている。
「動くな」
アレクが目を向ける。
「……王妃?」
駆けつけた侍医が、割って入ろうとする。
「王妃様、お下がりください」
無視。
そして短く言った。
「脱げ」
訓練場が凍った。
ルシアンが糺す。
「王妃、何を――」
「うるさい」
ラゴウはアレクの外衣を掴んだ。
びり、と裂く。
ルシアンがぎょっとした。
アレクシスはラゴウを凝視したまま目を離さない。
周囲が息を呑む。
露わになった肩。
胸。
鎖骨。
鍛えられている。
肩から胸へ流れる筋肉。
無駄がない。
(……)
一瞬だけ見惚れてしまう。
だがすぐに肩を触る。
関節の位置を確かめる。
アレクシスが低く言う。
「何をするんです」
「戻す」
「戻す?」
有無を言わせず、王の腕を取る。
「三秒我慢しろ」
「一」
腕を引く。
「二」
回旋。
「三」
ぐ、と押し込む。
ゴキッ
鈍い音。
関節が元の位置に収まった。
アレクシスが、わずかに顔を歪める。
ラゴウは手を離す。
「終わり」
沈黙。
兵士たちが呆然とする。
侍医も言葉を失う。
アレクシスはゆっくり腕を動かす。
上がる。
痛みはある。
だが動く。
完全に。
「……」
王がラゴウを見る。
「何をしたんですか」
「肩をもどした」
それから、布を裂く。
腕を固定する。
(・・・簡易スリングってやつだな)
さらに肩を支えるように巻く。
「脱臼は癖になる。数日関節を休ませろ」
言いながら、手際よく結ぶ。
兵士たちがざわめく。
アレクが言った。
「王妃」
わずかな沈黙。
そして、静かに続ける。
「・・・感謝します」
その言葉を聞いた瞬間、ラゴウの口元が、わずかに上がった。
(よし)
今だ。
「どうだ?」
ラゴウは腕を組む。
「わたしは、戦場でも使える人材だと思わないか」
周囲の兵士たちがざわめく。
アレクの眉が、わずかに動いた。
ラゴウは、ためらわず言い切る。
「近衛隊に入れてくれ」
一瞬、空気が凍った。
「――馬鹿なことを!」
近衛隊長ルシアンが思わず叫ぶ。
「女が、しかも王妃が、一兵卒として戦場に出るなど!」
ラゴウは肩をすくめた。
「特別扱いしろとは言ってない」
ルシアンを、挑むように見る。
「選抜を受ける」
訓練場の空気が、わずかに変わった。
「あんたの肩、治してやっただろう。その貸しを返せ」
兵士たちの視線が、一斉に王へ向く。
王の判断を待つ空気だ。
◇ ◇ ◇
「なんでしょう、なんか、空気が固まってますよね・・・姫様、大丈夫でしょうか」
ユイは心配そうだ。
しかしシキは言う。
「なるほど。見事な手際だ」
「え?」
めったに感情を表すことのない護衛の声は、わずかに楽しそうだった。
「王の負傷を治療し、その場で願いを通す」
一拍。
「なかなか計算高い」
――本来のラゴウには無かったあざとさだ。しかし、あれはあれで、面白い。
◇ ◇ ◇
訓練場が静まり返る。
兵士たちの視線が、一斉に王へ向いた。
ルシアンが一歩前に出る。
「陛下。王妃のご冗談にお付き合いなさる必要は――」
「冗談で言ってるわけじゃない」
はっきりと、言う。
沈黙。
アレクシスはラゴウを見ていた。
長い沈黙のあと。
王は、ゆっくりと息を吐く。
そして言った。
「いいでしょう」
ルシアンが凍りつく。
「陛下!?」
アレクシスは視線を動かさない。
「ただし」
静かな声。
「王妃としてではなく、他の兵士たちと同じように志願者として受けることが条件です」
訓練場の空気が揺れる。
「選抜は公平に行います。落ちたら、あきらめてください」
ラゴウの口元が、わずかに上がる。
「選抜の許可を出すってことだよな?これで、貸し借りはなしだ」
アレクは続ける。
「もし」
一拍。
「通れば――」
兵士たちを見渡す。
「誰であろうと同じ」
低く、はっきりと言った。
「レザリアの兵として、あなたを扱います」
ラゴウは、にやりと笑った。
「望むところだ」
王の肩が外れました。
そして王妃が戻しました。
レザリア王、完全に患者です。
それにしてもラゴウ、やり方がなかなか狡いですね。
王の命を助け、その場で願いを通す。
戦場では、こういう交渉力も大事です。
さて、王は許可を出しました。
しかし条件は「公平な選抜」。
次回、近衛隊選抜編が始まります。




