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炎霊  作者: シフェア
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目を開けるといつもより明るい光に照らされた。

ここは……

地面が冷たい、硬い、目がまだ光に慣れてない。

「大丈夫か?」

誰の声?っていうか何処?

いや……嫌だ……相手がわかんない。

何もわかんない。

痛いことしないで。

「震えないでいい。もう昼だ」

目が少しずつ慣れてきた。

彼は弁当を持ち、箸で人参を口に運んでいた。

「…………稲城……君……?」

「保健室から出てるのを見た」

「……………………?」

保健室からでた?僕は保健室で……

「そこで君は屋上まで登った」

「…………知ら……ない……」

「屋上で君は何をしようとした?」

「…………何って……」

何をしようと、なんて……なんて答えれば。

そしたら彼は僕の胸ぐらを掴んで怒鳴った。

「何しようとしてたんだって聞いてんだ!!!」

耳から骨、脳の隅まで響く大きな声。

その声に押しつぶされる。

心臓が脳が耳が、体が痛い。

怒鳴らないで。お母さん助けて。

「応えろ!」

お父さんが稲城君の顔を被ったよ。

「やめて!やめて!もう取っていいから!!被り物取って!!やめて!お母さんの顔を取らないで!!」

「はぁ?」

途端に怒鳴り声は消え、屋上は静かになった。

稲城君は真顔になり、僕を離してくれた。

「自分で言うのが嫌なのか?屋上から飛び降りようとしたって」

「……飛び降りる……?」

「記憶喪失?」

飛び降り?

いや、訳わかんない。飛び降り?え?

「とりあえずお前の弁当も持ってきてやった。はい」

彼は弁当を僕に渡した。

「……あ……ありが……」

いや……待て……その弁当の中は……

血が抜かれ、肌が青白く変化した若い男性のステーキ……

骨も砕いて混ぜてある……

吐き気が……

僕は口を咄嗟に抑えた。汗もかき始め、涙も出てきた。

「大丈夫?」

稲城君には見せられない……

僕は笑顔をつくったが、自分でも酷い表情だってわかっている。

「おい、無理に笑顔つくらなくても」

僕は苦笑いをしている稲城君を裏目に、弁当の中身を箸で持ち上げ、口には運んだ。

その味は不味いなんてもんじゃない。先程の腐った液体より不味い。

なんだこの味……喉に詰まるような強くて訛りのような味、吐き気を抑えるほどの……

「音鳴、それ不味いのか?」

なんで……いや美味しい……

とっても美味しい……うん……

「…………美味しい……です……」

「そんな顔で言われても……」

腐ったような味がまた癖になる。

僕が殺した肉。うん……新しいものに生まれ変わった。僕の肉に生まれ変わらせたんだ。

会社員をしていても楽しいことなんてなかっただろうに。僕が役にたたせてあげた……

いや違うな……お父さんに言われてやったんだ……お父さんのおかげ。

このような無駄な奴らを呪殺して生まれ変わらせたのが初代様だったって訳か……

なら僕も初代様みたいに過ごせば救われる…のか?

「美味しい美味しい……とっても美味しい……僕が生まれ変わらせた肉……初代様…………」

「いきなり口数増えた?どうかしたのか?」

「大丈夫大丈夫……美味しい……初代様……ありがとうございます……」

「本当に大丈夫か?初代様って誰だ?宗教?」

僕は大粒の涙を流し始めた。

やっと救われるのか?

この肉を捧げて僕が食べた証拠を出せば。

「…………やっと……」

「おい……なんで泣いてるんだ?それ本当に美味しいのか?」

そんな事はわかってる……美味しいよ、とても。

「顔が青白いじゃんか……吐き気がするんじゃないのか?」

「大丈夫だって……今日はもう帰るから……ほっといて……」

僕はそのまま屋上から階段で降りた。階段で何回か転けそうになったけどなんとか降りれた。玄関で靴を履き替え、そのまま走って学校を出た。先生に止められたけどそんなことはどうでもいい。

早く仏壇に……

「音鳴!待て!」

誰の声?どうでもいい。今は……

「なんで学校から逃げてんだ!」

後ろから音が近づいてくる。段々近く、速くなっている。

とうとう腕を掴まれ、足が止まった。

ゴツゴツとした少し温かいその手は、体育教師の穂木(ホノギ)先生のものだった。

その手は僕の冷たくて震えている腕を包み込むように優しく掴んだ。

「音鳴、何処へ行くつもりだ?」

「…………」

息がきれた僕は声を出さなかった。

先生はそれに慣れた様子で続けた。

「ハァ……学校へ戻るぞ」

「……嫌だ!」

そう言った途端に僕を掴む腕は少し緩んだ。

僕はすかさずその手を振り払い、家まで逃げた。

先生の表情なんて知らない。

学校は山のふもと。海の横。

そこから坂を登った。

いつもの坂道。

向かい風が普段より重く感じる。

五分程走っていくと、山の森についた。

森に入り、奥まで入ると、自分の家。

お父さん居ないかな……居ないで欲しいな……

家に入ると、昨日の鉄臭い匂いがした。

昨日ほど強烈じゃないが、家を漂るような臭い匂い。

これもキツイ。

「……初代様」

仏像まで行き、僕はその前でひれ伏した。



初代様……初代様……

僕は傷だらけの指で初代様の腕を触った。

触るとひんやり冷たくて、硬い。それと同時にとても暖かく感じた。

初代様の腕……初代様の腕……腕……腕…腕、腕。

僕はそれに顔を近ずけた。

そして柔らかく、濡れた舌で初代様の手の甲を舐めた。

美しく白く、滑らかで少しザラザラした感触が舌を撫でる。

僕は舌を初代様の肩くらいまで引きずった。唾液は骨にスライムの様に着いた。舐めきり、糸を引きながら舌を出したまま口を骨から離した。

体温が上がる。頭がほわほわする。

「初代様……今日は人を食べたんです……僕が殺したんですよ」

僕は自然と笑みがこぼれた。

初代様……僕はあなたのために……

「証拠もあります」

僕は初代様の横に置いてあった供え物の酒を飲んだ。

アルコールの強い酒を喉に流し込む。

すぐに胃は重たいアルコールに埋められていく。胃に溜まっていくのが分かる。

苦しい、重い、でも初代様のために……

そこで僕は初代様を見た。

その美しく、天使のような見た目に酒が進む。

もっと胃を埋めろ。苦しみの絶頂まで。

「 」

そこで僕は勢いよく鉄臭くて肉のような弾力のあるものを吐き出した。

喉で少し引っかかたがそんなのはいい。

「出せましたよ……初代様……出しましたよ……とても美味しかったです……差し上げます」

僕はその嘔吐物を初代様の横に置いた。

「初代様……これで僕を……救ってくれませんか……?」

必死に、とても必死に訴えた。

初代様は何も言わなかった。

「初代様……!…お願いします……!助けてください……!……僕を……助けてください………」

さっきよりも大きな声で訴えた。さっきよりも必死に。

初代様、僕を救って……僕を救って……僕を救って!

「救けて下さいよ!初代様ぁ!!ねぇ!!」

その声は家に響き渡った。

でも初代様には届かなかった。

届かなかった……届けられなかった。

僕は涙を流し始めた。

「まだダメなんだ……僕はまだダメなんだ……」

その声は少しづつ小さくかすれていった。

「…………………………初代様ぁ…………」

僕は畳に頭をつけた。

僕はまた初代様に見て貰えなかった。

まただ……

見て貰えない……

一瞬で周りが暗くなった。

暗闇にある霧よりも静かな空気が漂った。

喉の奥から吐き出すような低くて重い声を絞り出した。


「……………………もっと…………頑張らないと…………」


彼の目はもう暗闇しか映っていなかった。

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