一
「あのゲーム買ったのか!?あの高級ハイグラフィックビデオゲームを!!」
山の奥まで響き渡る透き通った大きい声が街を掛け巡る。
「声がデカイ。………もう貸さなくていいか」
独り言のような言い方で適当な返事をした。
「あああああ!!!!ごめんなさい!!生意気なこの口を縫い合わせて下さいいいい!!!」
街と砂浜を分けている岩壁の上の柵に寄っかかりながら二人の高校生に目を向ける。
あの二人は僕の同級生。クラスも同じだ。
夕日が海に映り、空気が淡いオレンジや赤色に照らされる。
視界の隅で砂浜で同級生たちがゲーム機を持って遊んでいる。
二人とも声が大きく響いている。町全体に聞こえてるはずだ。(特に叫んでる方)
あの二人はやんちゃでうるさいくせに優しくて親切だから町で有名。
もちろんお父さんも知っている。
クラスでも人気者の二人は僕とは程遠い存在。
僕は裏で、何も無い真っ白な壁を見つめていればいいんだ。
輝くのは他の人たちだけでいい。
そう思っていると、後ろから声をかけられた。
それは先程まで砂浜でゲームに夢中だった二人だ。
いつの間に僕の後ろに?
でもたしかにすごい速さで視界から消えていたかも…?
「音鳴だっけ?こんな所で何してるんだ?」
僕より背が高く、声もアイドル似ってよく言われる稲城龍君。
ヤクザみたいな名前なのに女にモテている真面目で優しいヤツが最初に声を掛けてきた。
続いて、稲城君の隣の奴が声を出した。
「俺たちを見ていたのか!そうかそうか、遊びたいんだな!」
僕より背が低く、声も高いからよく響く、いかにも主人公って感じの斬坂淳君。
給食が肉だった時は何かに勝利したような声で喜びを叫ぶようなうるさい奴。
その後は二人とも僕を見ているだけでそれ以上は何も言わない。
無言を貫くと、斬坂君が声を出した。
「ゲームしたい!!」
しかしその言葉は稲城君に向けられていた。
ここを離れたいが、この二人に道を塞がれた。
何か言おうかな……
「いいけど、音鳴も誘おう」
「いいね!お前はゲームしたいか?」
え、いや……僕は…
「何も言わねぇのか?」
稲城君が直接僕に話すとかありえない。
「何も喋んないな」
斬坂君も僕の方を見て話した。
思わず目を逸らし、身体が震え始めた。
なんで僕に構うんだ…?
胸がザワつく。落ち着かない。
「え!大丈夫?顔が真っ青じゃん!」
斬坂君が僕の肩に手を置いた。
僕なんかに触ると手が汚れて⎯⎯⎯
⎯⎯ キリサカ君の手?
気がづくと、肩を触っていたのは、薄汚く、血のついたゴツくて大きいお父さんの手だった。
お父さんの手?いつの間に?やだ……この手は嫌だ……やめて……
触らないで……
「お父さんやめて………!」
思わずお父さんの手を振り払ってしまった。
振り払ってしまった……
お父さんに叩かれる、嫌だ……やめて
「っおい……大丈夫か……?」
お父さん……?
息が荒く、早くなっていた。指先まで震え、目は揺れていた。
「お父さん?俺だけど……本当に大丈夫か?」
稲城君が僕に目を向けている。
斬坂は少し引いたような表情をしていた。
斬坂君は普通だ、稲城君はおかしい。
その表情は何?その目は何?
おかしい。
「返事しないな!どした?」
斬坂君もおかしくなっちゃった……僕に話しかけているからおかしくなった……?
「顔色悪いぞ?具合でも悪いのか?」
斬坂君までもが僕に声をかけた。
ここはなんか言って逃げた方がいいのか?
僕は汗を流しながら、必死の笑顔で声を絞り出した。
「だ………………大丈夫です」
「本当か?汗と涙ヤバいぞ?創り笑顔なのがわかる」
ほっといてよ……僕と一緒にいて困るのは君たちだから。お願い。
「タツ、これはほっといた方が良さそうな気がする!」
斬坂君ナイス!
しばらくの沈黙の後、斬坂君と稲城君は時計を見た。
「もう七時じゃねえか!」
「帰る!タツバイバイ!」
「またな」
それで二人はそれぞれ反対方向へ向かって走った。
斬坂君はまっすぐ家に帰ったが、稲城君は角を曲がる前にこっちを一瞬だけ見た。
「僕も帰らなくちゃ……」
坂を登り、家のドアを開ける。帰ると、鼻を突き刺すような強烈な刺激臭がした。それは鼻の奥を襲った。僕はすぐ指で強く鼻をつまんだ。僕はすぐお父さんの居る畳の部屋のふすまを開けた。お父さんは畳の上で何かを切っていた。
「お父さん……何を切ってるの?」
お父さんの手は真っ赤に濡れ、手に持っていた包丁も赤く反射していた。
「遅ぇんだよ。残りはお前がしろ」
お父さんの手元を見ると、それはある男の人。畳を赤黒く変えていた。
血まみれになって横たわっていたのは会社帰りなのか、スーツ姿の若い男性。
僕はその人に駆け寄り、声をかけた。
「起きてください!!しっかりしてください!まだ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯」
腹に激痛。
「っせえガキ。さっさと残りしろ」
金属バットで思いっきり腹を打たれた。
血の味がする。
――カラン
ナイフが目の前に投げられた。
「邪魔者は殺す。さっさとしろ」
お父さんは暗く、権力者の目をしていた。
あの目はお母さんを殺した時の……
「ごめんなさい……やります……」
お父さんは何も言わずに別の部屋に行った。
僕は死体と一緒に残された。
顎が切り離され、目が片方くり抜かれた状態。
僕はナイフを取り、男性の腹部に食い込ませた。
血が散り、顔に付く。
その時、
「…………あ……………あ……」
男性が声を上げた。
まだ生きていた……?
僕は人を殺しっ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
気づけば僕は反射的に男性の喉を潰していた。
「あれ、……なんで……いつの間に……」
男性は声は出せないが、身体が微妙に動いていた。
息も微かにあった。
辛そう……苦しそう……可哀想……
僕はもう一度腹部にナイフを食い込ませた。先程よりも深く強く。
ゴリッという音と共に男性の何かがが潰れた。
痛そうに耐えている。
まだ死んでない。
「ごめんなさい……」
そういうと、彼は僕の腕を少し触った。
そして一言、言った。
「いっそ殺して」
喋れるわけないのに、なんで話せる?喉は潰したのに、いよいよ幻聴か?
でも⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「悲しいね……辛いね……
苦しいね痛いね……早く……」
ナイフを振り上げ、言った。
「救われて!!」
心臓に一突き。
動きもとうとう止まり、残ったのはぐちゃぐちゃに崩れた肉だけだった。
僕はそれをバラバラにし、畳の上に置いておいた。
ゆっくり立ち上がり、フラフラとした足取りでお父さんの居る部屋に行った。
「お父さん……終わったよ……」
白いシャツに血が染みて、袖は真っ赤になっていた。顔も血に濡れ、手に血だらけのナイフを持っていた僕はお父さんにどう見られているのだろうか。
お父さんは感情のない死んだ目で僕をただ眺めて言った。
「ああそう」
スマホを見ているお父さんは素っ気なく返事をした。
僕は机にあったお父さんの弁当のゴミを片付けた。
「もう寝るね……」
その時、お父さんが立ち上がり、僕の胸ぐらを掴んだ。
「誰が寝ていいと言った?」
お父さんは僕より体が大きい。筋肉もある。
僕は地面に叩きつけられ、背中や腹を殴られ続けた。
全身を駆け巡る痛みはいつもと違った。
響くような痛みだった。
「おと……さ、ん……や…………て……」
「お前のせいで俺の労働が増えたんだ!!謝れ!学費も払うのが面倒くさいんだ!!!!」
スマホで学費を払うメールが来たのか?
鈍い音が家に響き、僕の鳴き声も響いた。
顔も殴られ、頬を叩かれた。
しまいには髪を掴まれ、天井から吊るしてあった縄で両手を巻かれ、人間サンドバッグにされた。
縄の吊るしてある部屋は町長が邪魔者や無礼者を拷問するための部屋だった。
ハンマーやバット、鈍器が一式、壁に吊るしてあり、刃物も種類が多かった。ペンチなども置いてった。
子供の時から僕に使われ続けた物ばかり。
「お……父、さ……ん……苦る……し………、…い……き…………な」
「息ができない??あぁそうですかぁ〜。知らな〜〜い」
結局は解放してくれたが、身体中が痛く、ジンジンする。痣や内出血が身体中にあり、顔も酷く怪我した。
僕はそのまま寝たが、お父さんは何かの作業を続けた。
寝る時は何も考えられなかった。
「おはよう、お父さん」
「ん」
次の日の朝は弁当を渡された。
いつもはコンビニで弁当を買い、学校で食べた。
「お父さんが作ってくれたの?」
「ああ、残さず食え」
冷たく力強い声は僕の耳を壊しそうだった。
恐る恐る弁当を開くと、生臭い死臭がした。
これって……人の⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「これって……昨日の……」
「証拠隠滅だ。食え」
「……………………はい」
その弁当を持ち、家を出た。