第九話:ヒゲジイの爆弾発言!友情と禁断の天秤、グラグラ!
タカシの「ヒゲジイがいなくなれば…」発言から数日、作戦会議室(ただの物置だけど)の空気は、今までで一番重かった。まるで、カプモンカードの大会で、世紀のクソデッキを握らされてしまった時のような絶望感だ。
アキラの頭の中は、ぐちゃぐちゃだった。
(ヒゲジイを…消す…? そんなの、カプモンカードのルール違反どころの話じゃねえぞ! でも、タカシの言う通り、それしか方法がないとしたら…? いや、でも!)
いくらカプモン脳をフル回転させても、この問題の攻略法は見つからない。相手のHPをゼロにするのとはワケが違うんだ。
クラスのみんなも、タカシの過激な提案にドン引きしたり、でも心のどこかで「本当に帰れるなら…」なんて思っちゃったりして、ギスギスしていた。ヒトミは、相変わらず「そんなの間違ってるわ!」とタカシに詰め寄っているけど、その顔には疲労の色が濃い。
そんなある日の昼下がり、アキラは一人、城の庭でぼーっと空を眺めていた。気分は、カプモンカードのレアカード探しに出かけたのに、一日中雑草しか見つからなかった時みたいに最悪だ。
「なにを難しい顔をしておるんじゃ、アキラ軍師殿。また干し肉の献立でも考えておるのか?」
不意に、のんきな声が降ってきた。振り返ると、そこにはヒゲジイが、なぜか庭の草むしりをしながら立っていた。あんた、召喚魔術師じゃなくて庭師だったのかよ!
「…ヒゲジイ」
アキラは、思わず立ち上がった。聞きたいことがある。でも、どう切り出せばいい…?
「さては、まだ元の世界への帰り方で悩んでおるな? 顔に書いてあるぞ、『カプモン新パック発売日までに帰りたい』と」
「なっ…! なんでそれを!?」
図星だった。ヒゲジイ、あんた賢者の目よりすごい読心術でも持ってるのか!?
「まあ、お主らの気持ちも分からんでもない。ワシも若い頃は、新しい魔法薬の材料が手に入らんと、夜も眠れんかったからのう」
ヒゲジイは、なぜか遠い目をして自分の若い頃を語りだした。いや、そんな話はどうでもいいんだよ!
アキラは、意を決して口を開いた。
「なあ、ヒゲジイ…。もし、もしもだよ? 召喚魔法を作った張本人が…その…いなくなっちゃったりしたら、その魔法ってどうなるのかなって…」
自分で言ってて、心臓がバクバクした。こんな回りくどい言い方、カプモンカードの解説書にも載ってねえぞ。
ヒゲジイは、草むしりの手を止め、アキラの顔をじーっと見つめた。その目は、いつものおどけた光とは違う、何かを見透かすような鋭さがあった。
やがて、ニヤリと笑って言った。
「ほう、面白い仮説じゃのう。まるで、ゲームのラスボスを倒したら世界が平和になる、みたいな話じゃな」
「い、いや、そういうわけじゃ…」
「まあ、お主の言う『いなくなる』が、ワシが天寿を全うする、という意味であれば、確かにワシの作った召喚魔法も、いずれは効力を失うやもしれん。何せ、ワシ専用のオーダーメイド魔法じゃからな。ワシがいなければ、メンテナンスもできんし、魔力の供給も止まるじゃろう」
ヒゲジイは、あっさりと言った。
「理論としては、間違ってはおらんぞ。創造主がいなくなれば、その創造物も不安定になるというのは、この世界の理じゃからのう」
アキラの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
(やっぱり…タカシの言った通りなのか…!?)
「じゃ、じゃあ…!」
アキラが何かを言いかける前に、ヒゲジイはケロリとした顔で続けた。
「ただなあ、アキラ軍師殿。ワシ、こう見えてもまだまだ長生きするつもりなんじゃ。目標はピンピンコロリで150歳じゃからのう! はっはっは!」
そして、また楽しそうに草むしりを始めた。
アキラは、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
(な、なんだよそれ! 帰れる可能性を示唆しといて、それはないだろ、ヒゲジイ!)
まるで、カプモンカードの超強力なトラップカードを解除したと思ったら、もっと凶悪な永続トラップが発動したような気分だ。
その日の夕方、アキラは、ヒゲジイとの会話をタカシとヒトミに伝えた。
「…とまあ、そういうわけで、理論上はヒゲジイがいなくなれば帰れる可能性はあるけど、あのジイさん、あと100年くらい生きる気満々だったぜ…」
アキラがため息混じりに言うと、タカシの顔がみるみる曇っていく。
「そうか…やっぱり、そうなのか…」
タカシは、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「だとしたら…やっぱり、ヒゲジイに…死んでもらうしか、ねえんじゃねえか…?」
タカシの目には、もう涙はなかった。そこにあるのは、暗くて、冷たい光だった。
「おい、タカシ! だから、それはダメだって言ってるだろ!」
アキラが思わず叫ぶ。
「なんでだよ! アキラはいつもそうだ! 口では偉そうな作戦ばっかり言うけど、結局、一番汚くて、一番つらいことは、オレたちにやらせるじゃねえか!」
タカシの怒りが爆発した。
「この世界で、実際に敵を殴って、血を見てんのはオレたちなんだぞ! アキラみたいに、ふんぞり返って見てるだけのヤツには、オレたちの気持ちなんて分かんねえんだよ!」
「なっ…! オレだって、みんなのために…!」
「もういい!」
タカシは、アキラの言葉を遮ると、プイと横を向いて、そのまま物置部屋から出て行ってしまった。
「タカシくん…!」
ヒトミが心配そうにタカシの後を追おうとするが、アキラはそれを止めることができなかった。
タカシの最後の言葉が、アキラの胸に深く、重く突き刺さっていた。
(オレは…みんなのためにやってるつもりだった。でも、もしかしたら、タカシの言う通り、オレは何も分かってなかったのかもしれない…)
軍師としての自信も、カプモンカードで培った戦略も、今のこの状況では、何の役にも立たない気がした。
友情と、禁断の選択肢。
その間で揺れるアキラの心は、まるでバランスを崩したコマみたいに、グラグラと揺れ動いていた。
そして、タカシの心の中では、何かとても危険なものが、静かに育ち始めているような気がしてならなかった。
(つづく)