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第八話:ヒゲジイの壁は高すぎる!?禁断の作戦、発動…しちゃうのか!?

「ふむ、帰り方、じゃのう…」

 ヒゲジイは、アキラの鋭い視線を柳に風と受け流し、わざとらしく天井を仰いだ。その手には、いつの間にか干し肉が握られている。くそっ、このジイさん、オレたちの必死さを楽しんでやがる!


「とぼけんなよ、ヒゲジイ! あんたがこの召喚魔法を作ったんなら、何かしらヒントくらい知ってるはずだろ! カプモンカードだって、作った人なら隠しコマンドとか、裏ワザとか知ってるもんだ!」

 アキラは、得意のカードゲーム理論で食い下がる。交渉バトルでは、相手の懐に飛び込んで、揺さぶりをかけるのが鉄則だ。


「ほっほっほ。隠しコマンド、か。面白いことを言うのう、アキラ軍師殿は。しかし、この魔法はまだバージョン1.0といったところじゃ。バグ取りも完全ではないし、ましてや便利な『送還機能』なんぞ、実装する予算も時間もなかったんじゃよ」

 ヒゲジイは、どこかのゲーム開発者みたいな言い訳をする。


「じゃあ、文献は!? その魔法を作った時のメモとか、設計図とか、そういうのが残ってるんじゃないのか!?」

 ヒトミが、メガネを光らせて鋭く切り込む。さすが委員長、論理的な攻めだ。


「うーむ、何分古い話でのう…あの大量の本のどこにしまったかのう…最近、物忘れが激しくてな、はっはっは」

 ヒゲジイは、またしても干し肉をかじりながら、とぼけた顔で笑う。

(ダメだ、こりゃ! このヒゲジイ、カプモンカードの伝説級レアモンスターよりガードが固いぜ!)

 アキラは、額の汗をぬぐった。どれだけ言葉のコンボを叩き込んでも、ヒゲジイは「のれんに腕押し」「糠に釘」状態だ。


 結局、アキラたちは、ヒゲジイの塔から何の成果も得られずに退散するしかなかった。

 作戦会議室(いつもの物置部屋だけど)に戻ると、そこには重苦しい沈黙が漂っていた。みんなの顔から、さっきまでの希望の色が消え失せている。


「やっぱり…ダメだったか…」

 タカシが、ガックリと肩を落とす。その手には、いつか母ちゃんに自慢すると言っていた木の棒が、力なく握られている。

「そんな…じゃあ、わたしたち、本当にずっとこのままなの…?」

 クラスの女の子が、しくしくと泣き始めた。それにつられて、あちこちで鼻をすする音が聞こえる。


(くそっ…! せっかくみんなやる気になってたのに…!)

 アキラは、自分の無力さに歯噛みした。軍師だなんて偉そうに言っても、結局ヒゲジイ一人丸め込めないなんて、情けない。


 その時だった。

 ずっと黙って下を向いていたタカシが、ぼそりと言った。


「なあ…あのヒゲジイが、オレたちをここに呼んだ『ルール』なんだよな?」

「え…?」

 アキラは、タカシの言葉の意味がよく分からなかった。


「カプモンカードだって、カードを作った会社がルールを決めるだろ? 新しいカードが出たら、古いカードが使えなくなったりするみたいにさ」

「ああ、まあそうだけど…」


 タカシは、ゆっくりと顔を上げた。その目は、いつものお調子者の光はなく、どこか暗く、据わっていた。


「だったらさ…その、ルールを作ったヒゲジイが…いなくなったら、どうなるんだろうな?」


「「「…………え?」」」


 シン、と部屋が凍りついた。

 タカシが何を言っているのか、一瞬、誰も理解できなかった。

 いや、理解したくなかったのかもしれない。


「いなくなるって…それって、どういう…」

 ヒトミの声が、か細く震えた。


「だから、ヒゲジイがいなくなれば…召喚魔法そのものが、なかったことになるんじゃねえかなって…。そしたら、オレたち、元の世界に帰れるんじゃねえか…?」

 タカシは、まるで「1+1は2だよな?」とでも言うみたいに、あっけらかんと言った。


「そ、それって…!」

 アキラは、言葉を失った。

 ヒゲジイがいなくなる。つまり、それは―――


「タカシくんっ! あなた、自分が何を言ってるか分かってるの!? それは…人殺しじゃない!」

 ヒトミが、血相を変えて叫んだ。その剣幕に、タカシはビクッと肩をすくめた。


「で、でもよぉ! そうでもしなきゃ、オレたち帰れないんだぞ!? ヒトミだって、お兄さんに会いたいだろ!?」

「それは…そうだけど…だからって、そんなこと…!」

 ヒトミは、悔しそうに唇を噛んだ。


 アキラは、頭の中で猛烈な勢いでカプモンカードのカードがシャッフルされるような、激しい混乱を感じていた。

 タカシの言うことにも、一理ある。召喚魔法の創造主がいなくなれば、その魔法自体が無効になる…それは、ある意味、論理的な帰結かもしれない。カプモンカードで、フィールド魔法カードが破壊されたら、その効果が消えるみたいに。

 でも…!


「おい、タカシ…。いくらなんでも、それは…」

 アキラが言いかけると、タカシは悔しそうに顔を歪めた。

「アキラには分かんねえんだよ! オレたちは、この世界に来てから、実際に剣を振って、ゴブリンだって、オオカミだって、この手で傷つけてきたんだ! 汚い仕事は、いつだってオレたちみたいな前線なんだよ!」

 タカシの言葉が、アキラの胸にグサリと突き刺さった。

 確かに、アキラは軍師として後方から指示を出しているだけだ。実際に手を汚しているのは、タカシや他のクラスメイトたちだ。


「オレは…オレはただ、母ちゃんのカレーが食いたいだけなんだよ…! 新しいカプモンカードだって、欲しいんだよぉ…!」

 タカシの目から、またポロポロと涙がこぼれ落ちた。


 部屋の中は、誰も何も言えない、重苦しい空気で満たされていた。

 ヒゲジイを、殺す…?

 そんなこと、本当にできるのか? いや、そもそも、そんなことしていいのか?

 でも、もし本当に、それしか元の世界に帰る方法がないとしたら…?


 アキラの頭は、まるで答えの出ないパズルみたいに、グルグルと回り続けていた。

 カプモンカードの戦略なら、どんな難問だって解ける自信があった。

 でも、こればっかりは、どんなレアカードも、どんな必勝コンボも、答えを教えてくれそうになかった。


 ステータスなしの軍師アキラの前に、今までで一番大きくて、一番重たい選択肢が、ズシリと突きつけられた瞬間だった。


(つづく)

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