第七話:突撃!ヒゲジイの秘密基地(仮)にカチコミじゃ!
「よーし、みんな作戦はいいか? コードネーム『ヒゲジイに直談判!元の世界へゴーゴゴー!大作戦』だ!」
アキラが、木の枝で作戦盤代わりの地面をピシッと叩きながら言った。ネーミングセンスが壊滅的なのは、いつものことなので誰も突っ込まない。みんな、元の世界に帰ることで頭がいっぱいなのだ。
「なあアキラ、そのヒゲのおじいさんって、どこにいるんだ?」
タカシが、鼻息荒く尋ねる。もうすっかり涙は乾いて、新しいカプモンカードと母ちゃんのカレーのことしか考えていない顔だ。単純なやつめ、でもそれがタカシだ。
「それが問題なんだよな…。いつも王様の隣にいるけど、寝床までは知らねえし」
アキラが腕を組んでうなる。カプモンカードなら、相手の隠し砦の場所なんて、だいたいマップに表示されるのに、現実はそう甘くない。
「そういうことなら、私に任せて」
不意に、クールな声が響いた。ヒトミだ。彼女はメガネをクイッと上げ、自信ありげに微笑んだ。
「賢者の目を使えば、あの魔術師さんの居場所くらい、きっと特定できるわ。たぶん、魔力の強い場所を探せばいいはずだから」
「おおっ! さすがヒトミ! 頼りになるぜ、オレたちの名探偵(賢者)!」
アキラが褒めると、ヒトミは「べ、別にアキラのためにやるわけじゃないんだからね! みんなのためよ!」と、ちょっと顔を赤くしてそっぽを向いた。はいはい、ツンデレ委員長さんよ。
というわけで、ヒトミ先導のもと、「元の世界へ帰ろう」決死隊(メンバーはアキラ、タカシ、ヒトミ、それと「面白そうだから」という理由だけでついてきた数名のクラスメイト)は、夜の王城に忍び込むことになった。もちろん、エドワード王子には内緒だ。あの金ピカ頭にバレたら、また「ステータスなしのチビが何を企んでおるのだ!」とか言われて面倒くさい。
「こっちよ…あの塔の上の方から、強い魔力を感じるわ…」
ヒトミが、まるで幽霊みたいに音もなく暗い廊下を進んでいく。後ろから、タカシが「お、お化け屋敷みたいでドキドキするぜ…」と、デカい図体に見合わずブルブル震えている。怖がりめ。アキラは、カプモンカードのステルス系モンスターになった気分で、壁にへばりつきながら進んだ。
そして、ついに一行は、城のはずれにある、古ぼけた高い塔の前にたどり着いた。
「ここか…ヒゲジイの秘密基地(仮)は…」
アキラがゴクリと唾を飲む。扉は閉まっていて、中から怪しげな光が漏れている。
「よし、タカシ! お前の出番だ! あの扉を、得意の『兵士長タックル』で吹っ飛ばせ!」
「ええっ!? オ、オレがやるのかよ!? もし罠とかあったらどうすんだよ!」
「大丈夫だって! お前なら、カプモンカードの『岩石割り』くらい余裕だろ!」
「そ、それとこれとは違うと思うけど…うおおおおお!」
タカシは、アキラに無茶振りされつつも、勢いよく扉に体当たりした。
ドガーーーン! …とはいかず、ギィィィ…という情けない音を立てて、扉はあっさり開いた。どうやら鍵がかかっていなかったらしい。タカシは勢い余って、部屋の中に転がり込んだ。
「いててて…なんだよアキラ、鍵開いてんじゃねえか…」
タカシが鼻をさすりながら起き上がると、部屋の奥から声がした。
「おやおや、こんな夜更けに、元気なネズミさんたちじゃのう」
そこにいたのは、やっぱりあのヒゲの召喚の老人だった。薄暗い部屋の中、たくさんの本と、怪しげな薬草みたいなものに囲まれて、老人は一人、水晶玉を磨いていた。アキラたちが踏み込んでも、少しも驚いた様子がない。
「ヒゲジイ! いや、召喚魔術師のおじいさん!」
アキラが一歩前に出る。
「オレたち、元の世界に帰りたいんだ! 帰り方を教えてくれ!」
単刀直入に切り出した。カプモンカードの交渉フェイズは、先手必勝が基本だ。
老人は、ふむ、とアキラの顔をしばらく見つめていたが、やがてニヤリと笑った。
「帰り方、か。そうじゃのう…お主らがこの世界に来たのは、ワシが『召喚魔法』を使ったからじゃ」
「やっぱり! じゃあ、その魔法を解けば帰れるんだろ!?」
タカシが、目をキラキラさせて食いついた。
「まあ、理論上はそうかもしれんのう」
「だったら、早く解いてくれよ! オレ、母ちゃんのカレーが食いたいし、カプモンの新カードも…」
タカシの言葉を遮って、老人は首を横に振った。
「残念じゃが、召喚魔法は、呼び出すためだけの魔法。送り返す方法は…ワシも知らんのじゃ」
「「「ええええええええーーーーっ!?」」」
アキラ、タカシ、ヒトミの絶叫が、狭い塔の中に響き渡った。
そんなのアリかよ!? まるで、カプモンカードで最強モンスターを召喚したのに、バトル終了後もずっとフィールドに居座って、デッキに戻せないみたいなもんじゃないか!
「そ、そんな…じゃあ、オレたち、一生この世界から帰れないってこと…?」
ヒトミの声が震える。
「まあ、そういうことになるかのう。この世界も、慣れればなかなか楽しいぞ? 干し肉も、噛めば噛むほど味が出るし…」
老人は、悪びれもせずに干し肉を差し出してきた。いらんわ、そんなもん!
「ふざけんなよ、ジジイ! オレたちを勝手に呼び出しといて、それはないだろ!」
アキラが思わず叫ぶ。
「そうじゃ、そうじゃ! 責任取れー!」
タカシも続く。
老人は、困ったようにヒゲをポリポリかいた。
「うーむ、まあ、確かにワシが召喚魔法を『作った』本人じゃからのう…」
「え? 作ったって…あんたがこの魔法を開発したのか!?」
アキラは驚いた。このジイさん、ただの召喚係じゃなくて、発明家でもあったのか。カプモンで言ったら、新シリーズのカードデザイナーみたいなもんだ。
「そうじゃ。昔の怪しげな文献を引っ張り出してきて、あーでもないこーでもないと、長年研究して、ようやく完成させた傑作じゃ。まさか、こんな小さなネズミさんたちを呼び出すことになるとは思わなんだが、はっはっは」
老人は、なんだか楽しそうだ。こっちは全然楽しくないっつーの!
「じゃあ…その文献とかに、元の世界に戻る方法とか、書いてなかったのかよ!?」
アキラが最後の望みを託して尋ねる。
老人は、うーん、としばらく考え込むと、やがて、いたずらっぽく片目をつぶった。
「さて…どうじゃったかのう? 古い文献が多すぎて、どこに何を書いたか、ワシも忘れっぽくてのう…」
(こ、このヒゲジイ…絶対何か知ってるけど、わざとぼかしてるだろ!)
アキラは、老人の態度に確信を持った。
カプモンカードバトルで、わざと弱いカードを見せて相手を油断させ、ここぞという時に強力なコンボを叩き込んでくる、イヤらしい上級プレイヤーの匂いがプンプンするぜ!
(こうなったら、カプモン軍師アキラ様の交渉術で、このヒゲジイから情報を引きずり出してやる!)
アキラの闘争心に、再び火がついた。
元の世界への道は、まだ閉ざされてはいないはずだ!
(つづく)