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第六話:慣れた頃にやってくる…アイツの名はホームシック!

 ゴブリンを倒し、スライムもどきを蹴散らし、デカい芋虫を干し肉にする(これはタカシだけだが)日々が続いて、気づけばオレたちがこの世界に来てから、もう一ヶ月以上が過ぎていた。


 アキラは、すっかり「カプモン軍師アキラ様」として、この異世界生活に馴染んでいた。いや、馴染みすぎて、ちょっと調子に乗っていたかもしれない。

「ふっふっふ、今日の相手は森林オオカミか。カプモンカードで言うなら、典型的な速攻型デッキだな。ならばこちらの戦略は…」

 なんて、毎朝の作戦会議で、知ったような口をきくのが日課になっていた。ステータスなしのオレだけど、頭脳では誰にも負けない。クラスのみんなも、オレの作戦なら大丈夫だって、すっかり信頼してくれている。正直、ちょっと…いや、かなり気分がいい。宿題もないし、毎日がリアルな戦略ゲームみたいで、ワクワクしっぱなしだ。


 タカシは、あのしょぼくれた木の棒一本で、今や森林オオカミの群れにだって突っ込んでいけるくらい強くなった。さすが兵士長。

「アキラー! 今日もオレの活躍、ちゃんと見ててくれよな!」

「はいはい、分かってるって。でも、無茶だけはするなよ、脳筋タカシ」

「な、脳筋って言うなー!」

 こんなやり取りも、すっかりお決まりだ。


 ヒトミの魔法も、日に日にパワーアップしている。最近じゃ、バスケットボール大の火の玉どころか、ちょっとした岩なら砕けるくらいの風の刃も出せるようになった。賢者のメガネの奥の瞳は、自信に満ちて輝いている。ただ、たまに魔法のコントロールをミスって、訓練用のカカシじゃなくて、エドワード王子のピカピカの鎧を焦がしたりするのは、相変わらずだけど。

「斉藤ヒトミ! また私の鎧が!」

「ご、ごめんなさい、王子! ちょっと風が思ったより強くて…」

「言い訳は聞かん!」

 まあ、あれはヒトミのせいだけじゃない。王子が余計なところでカッコつけるからだ。


 そんなある日のことだった。

 その日も、オレたちはアキラの作戦で見事森林オオカミの群れを撃退し、意気揚々と王城への帰り道を歩いていた。

「いやー、今日のオレの活躍、マジで神がかってたな! アキラの作戦も良かったけど、やっぱ最後はオレのパワーだよな!」

 タカシが、泥だらけの顔で自慢げに胸を張る。


「はいはい、タカシは強かった強かった。今日の晩飯の干し肉、大盛りにしてやるよ」

 アキラがいつものように軽口を叩いた、その時だった。


 ふと、タカシの足が止まった。

「…なあ、アキラ」

 タカシの声は、いつものバカでかい声じゃなくて、なんだか小さくて、か細かった。

「どうしたんだよ、タカシ。腹でも減ったか?」

 アキラが振り返ると、タカシはうつむいて、地面の一点を見つめていた。その大きな体が、なんだか小さく見える。


「……オレさ、もう、母ちゃんの作ったカレー、一ヶ月も食ってねえんだよな…」

「え…?」

「姉ちゃんも、今頃オレのこと心配してるかなあ…。それに…それにさ…」

 タカシの声が、どんどん震えていく。


「カプモンカードの新しいブースターパック、とっくに発売されてるはずなんだよぉぉぉっ! オレ、まだ買ってねえのにぃぃぃぃ!」


 次の瞬間、タカシは「うわああああん!」と、まるで小さな子供みたいに大声で泣き出した。

 その場にいたアキラも、ヒトミも、他のクラスメイトたちも、みんなあっけにとられてタカシを見た。あの、いつも元気で、ちょっとおバカで、でも頼りになるタカシが、こんな風に泣くなんて、誰も想像していなかったからだ。


 タカシの涙は、まるでダムが決壊したみたいに止まらなかった。

 それをきっかけに、今まで我慢していた他のクラスメイトたちの気持ちも、一気に溢れ出した。


「わたし…うちで飼ってる犬のポチに会いたいよぉ…」

「ぼく、録画してきたアニメの最終回、まだ見てないのに…」

「もう、あのしょっぱい干し肉、食べたくない…マヨネーズごはんが食べたい…」

 あちこちから、鼻をすする音や、小さな嗚咽が聞こえてくる。


 アキラは、何も言えなかった。

 みんなが、こんなにも元の世界に帰りたがっていたなんて。

 オレは…軍師として活躍するのが楽しくて、みんなのそんな気持ちに、気づいてやれなかったんだろうか。

 ズキン、と胸の奥が痛んだ。それは、ゴブリンに殴られた痛みなんかより、ずっと重くて、苦しい痛みだった。


 ヒトミが、そっとタカシの背中をさすっている。

「タカシくん、大丈夫よ…。きっと、きっと帰れる方法があるはずだから…」

 そのヒトミの声も、少し震えていた。彼女だって、本当は寂しいに決まっている。


 その夜、いつものように作戦会議室に集まったけど、誰も何も話さなかった。

 部屋の隅では、まだ目が真っ赤なタカシが、しょんぼりと床に座り込んでいる。

 いつもは「アキラ軍師の次のカプモン戦略はー?」なんて騒がしいクラスメイトたちも、みんな黙りこくって、下を向いていた。


(このままじゃダメだ…)

 アキラは思った。

 オレは、みんなを笑顔にするために軍師になったんじゃないのか?

 カプモンカードでだって、どんな絶望的な状況からでも、逆転の一手を見つけ出してきたじゃないか。


「なあ、みんな」

 アキラが口を開くと、全員の視線が一斉にアキラに集まった。

「オレたち、元の世界に帰る方法、本気で探してみないか?」


 その言葉に、みんなの顔がパッと明るくなった。

「本当か、アキラ!?」

 タカシが、泣きはらした目でアキラに駆け寄ってきた。

「ああ。いつまでも、この世界で泥だんご食ってるわけにもいかねえからな!」

 アキラは、ニッと笑って見せた。


「でも、どうやって…?」

 ヒトミが不安そうに尋ねる。

「そういえば…オレたちをこの世界に召喚したのって、あのヒゲのおじいさんだったよな?」

 アキラの頭に、水晶玉をのぞき込んでいた、あの召喚の老人の顔が浮かんだ。

「あのおじいさんなら、何か知ってるかもしれない!」


 そうだ、あの人に聞けばいいんだ!

 アキラの心に、新しい目標が灯った。それは、ゴブリンを倒すことよりも、もっとずっと難しくて、でも、もっとずっと大切な目標だった。


(待ってろよ、ヒゲジイ! オレたちの未来をかけた、最強の交渉バトル、見せてやるぜ!)

 アキラは、心の中で力強く拳を握りしめた。クラスのみんなの顔にも、少しだけ希望の色が戻っていた。

 こうして、アキラたち5年2組の、「元の世界へ帰ろう大作戦」が、静かに、でも確かに始まったのだった。


(つづく)

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