第五話:勝利の味は泥だんご!?軍師アキラ、まさかの弱点発覚!
「勝った…勝ったぞーっ!」
誰かが叫んだのをきっかけに、泥と汗と、たぶんゴブリンのヨダレでぐちゃぐちゃになったクラスメイトたちが、一斉にわめき出した。タカシなんて、まだ木の棒を振り回して「どうだ、ゴブリンめ!」とか言ってる。おい、もう敵はいないって。
アキラは、その場でへなへなと座り込んだ。頭はまだカプモンカードの戦略でフル回転してたけど、体は正直だ。盾を握りしめていた腕はプルプル震えてるし、足はガクガク。
(やっべ…カプモンカードなら、バトルが終われば体力全回復なのに…)
リアルな戦いは、思ったよりずっと疲れる。これが「ステータスなし」の現実ってやつか。
「アキラ、大丈夫?」
ヒトミが、水筒を差し出しながら屈み込んだ。彼女も顔はススだらけだけど、その目はキラキラ輝いてる。まるで、難しい算数の問題を解き終えた時みたいだ。
「お、おう。サンキュ、ヒトミ」
アキラは水をごくごく飲んだ。今まで飲んだどんなジュースより美味しく感じた。
エドワード王子は、さっきまでの威勢はどこへやら、部下にあれこれ指示を出しているけど、チラチラとアキラの方を見ている。その顔には、「まさか、あの小僧の作戦で本当に勝つとは…」って書いてあるみたいだ。ふふん、思い知ったか、金ピカ王子め!
国王とヒゲの召喚の老人は、それはもうニコニコ顔だった。
「いやはや、アキラ殿の『知恵』、まさに我が国を救う光じゃ!褒美を取らせねばなるまい!」
国王が、アキラの肩をバンバン叩く。痛い、痛いって!
「褒美って、まさか激レアなカプモンカードとか!?」
アキラが期待に胸を膨らませると、国王はキョトンとした顔をした。
「カプ…モン…? それは、異世界の伝説の獣か何かかのう?」
どうやら、この世界にはカプモンカードはないらしい。ちぇっ、つまんねーの。
その夜、王城でお祝いの宴が開かれた。
といっても、オレたち小学生に出されたのは、山盛りのパンと、よく分からない野菜のスープ、そして、なんだか泥だんごみたいな黒い塊だった。
「え、これ何? 新種のモンスターボール?」
タカシが泥だんごをフォークでつつきながら言う。
「タカシくん、それは干し肉っていう保存食らしいわよ。こっちではご馳走なんですって」
ヒトミが、どこで仕入れてきたのか、豆知識を披露する。
アキラは、恐る恐る泥だんご…じゃなくて、干し肉をかじってみた。
(…か、硬っ! そして、しょっぱ!!)
カプモンカードの「まずいエサ」カードを思い出す味だ。
「うげぇ…これ、本当にご馳走なの…?」
アキラが顔をしかめると、隣に座っていたタカシが、目を輝かせて干し肉をムシャムシャ食べていた。
「うめー! アキラ、これ、噛めば噛むほど味が出るぜ! 母ちゃんにも食わせてやりてえなあ!」
タカシのやつ、味覚まで筋肉質なのか?
ヒトミはというと、上品にスープを飲んでいる。さすが委員長。
宴の途中、ヒゲの召喚の老人が、アキラのところにやってきた。
「アキラくん、いや、アキラ軍師殿。今日の戦い、実に見事じゃった」
「へへ、まあね。カプモンカードで鍛えたオレにかかれば、あんなゴブリン、敵じゃ…」
アキラが調子に乗って言いかけると、老人はニヤリと笑った。
「ただ、軍師たるもの、体力も必要じゃぞ? 戦の途中でへばっていては、的確な指示も出せまい」
「うぐっ…」
痛いところを突かれた。確かに、最後のほうは頭がクラクラしてたもんな。
「それと、好き嫌いはいかんぞ。出されたものは感謝して食べねば、いざという時に力が出んからのう」
老人は、アキラがほとんど手をつけていない干し肉をチラリと見た。
(うわー、このジイさん、何でもお見通しかよ!)
アキラは、なんだか学校の先生に怒られているような気分になった。軍師って、頭が良いだけじゃダメなのか。カプモンカードのルールブックには、そんなこと書いてなかったぞ!
次の日からは、アキラたち5年2組の、ちょっと変わった異世界生活が始まった。
午前中は、王国の騎士たちから剣や盾の使い方を教わる訓練。午後は、ヒトミの「賢者の目」とアキラの「カプモン脳」を組み合わせた、次の戦いに向けた作戦会議。そして、たまに実践として、近くの森へゴブリンよりちょっと強いモンスター(スライムもどきとか、デカい芋虫とか)を倒しに行く。
タカシは、兵士長のステータスのおかげか、どんどん強くなって、木の棒一本でデカい芋虫を吹っ飛ばせるようになった。
ヒトミも、魔法のコントロールが上手になって、火の玉もバスケットボールくらいの大きさにできるようになった。でも、たまに狙いがそれて、アキラの髪の毛を焦がしたりするのはご愛嬌だ。
「ご、ごめんなさい、アキラ!わざとじゃないのよ!」
「わざとじゃなきゃ、人の頭燃やしていいのかよ!」
そしてアキラは…相変わらずステータスは「なし」のまま。
でも、いつの間にか、クラスのみんなから「アキラ軍師」「カプモン軍師」なんて呼ばれるようになっていた。
「おい、アキラ軍師! 次の作戦、カプモンで言うとどんな感じなんだ?」
「ふっふっふ、それはだな…相手のデッキのキーカードを無力化する、電光石火の奇襲作戦だ!」
なんて会話が、日常になりつつあった。
宿題もないし、カプモンカード(の戦略を考えること)はやり放題。
泥だんごみたいな干し肉は相変わらず苦手だけど、タカシが「アキラ、これ食わねえならオレがもらうぜ!」と嬉しそうに平らげてくれる。
(まあ、元の世界より、こっちの方がちょっとだけ楽しいかもな…)
アキラは、そんなことを思い始めていた。
でも、心のどこかで、やっぱりカプモンカードの新パックの発売日が気になったり、お母さんの作ったハンバーグが無性に食べたくなったりもする。
この異世界生活は、いつまで続くんだろう? そして、オレたち、本当に元の世界に帰れるのかな…?
そんな疑問が、ふとした瞬間にアキラの頭をよぎるのだった。
(つづく)