第1話「ちょ、調整ミスだろ!」
カタカタカタ……カチカチカチッ…と都内某所に建つとあるゲーム会社のゲーム開発スタジオ内でパソコンのキーボードとマウスのクリック音が響いている。外は午前3時過ぎで未明にも関わらずこのスタジオ内は数10人が作業をしている為電気とパソコンの光で昼間のように明るい。
社員A「ディレクター、デバッグ完了しました!問題ないです!」
社員B「こっちもOKです!」
社員C「自分も問題ありませんでした!」
「おっ!遂に!!」
最初に声をあげた男性社員がディレクターと読んだ人物が座っていた椅子から立ち上がりパチンと両手を叩いてからスタジオ内の社員達にこう伝えた。
「皆さんホントーにお疲れ様!ラグナロガイア完成でーーーす!」
社員にディレクターと呼ばれている彼は3ヶ月後に配信予定のアクションRPG「ラグナロガイア」の開発ディレクターで今日はゲーム開発の最終段階であるデバッグ作業というゲームを正常にプレイ出来るか確認を社員が行っている中実際にバグや不具合が見つかった際に対応する為に待機し待機中は自身もデバッグ作業に参加していた。
社員B「うおおおおおお!!!」
社員C「な…長かった…」
社員D「やったああああああ!!!」
スタジオ内にいる社員達が「ラグナロガイア」の完成がディレクターから発表された直後に声を上げて手を叩き大いに歓喜している。
「はーーーやっと、一安心だ〜〜」
ディレクターと呼ばれている男も再びチェアに腰を下ろすと座ったまま仰向けに深く沈み込むように背もたれにもたれながら安堵の声を漏らした。
社員E「須藤さん明日の取材間に合いそうです?」
ディレクターと呼ばれている男のデスクの前に座っている社員が彼に尋ねた。須藤はデジタル腕時計を見てから尋ねて来た社員の方を向いてこう返した。
須藤「明日ってか今日ね」
社員E「あっ・・・あれ?」
須藤「まぁ、8時からだから仮眠取って行けばなんとかなるよ」
社員B「取材の時寝ないで下さいよ?前の「Doragons_Killinger」を特集した雑誌のインタビュー記事の時なんかもう載ってる写真の須藤さんが眠そうで眠そうで…ネットで騒ぎになってたんですから〜。てか、インタビュー中絶対寝てましたよね?」
須藤「お、覚えてないよ〜そんな前のことー…」
スタジオ内の会話が徐々に増え始めた。
中にはディレクターである須藤の「完成」宣言を聞いた直後に目の前のデスクに突っ伏してそのまま気絶したように眠った社員もいるが張り詰めた空気が解けて次第に近くの社員同士で会話し始めクリック音しか響いていなかったスタジオ内に人と人の話し声が響きだした。
社員A「ディレクターもうすぐ4時っすけど「兼業」の方の更新が・・・」
須藤「あ!!!そおおおおだ!!今日水曜だからガチャ更新日じゃん!!」
須藤は趣味でソシャゲのアイドル育成ゲーム「ラブ☆スターズ」を遊んでおり上位ランカーでもある。ちなみに社員Aは須藤から15位差下のランクにいる。
「ラブ☆スターズは」プレイヤーをゲーム内で「プロデューサー」と言う職業名で称する為、社員Aと須藤は社内で「ラブ☆スターズ」の話をする際には「兼業」と表現するようにしているのだ。
須藤「ガチャ更新まであと15分、ちょっくら自販機にでも…っと」
須藤が立ち上がろうとした瞬間スタジオ中の視線が再び須藤に集中した。
須藤「あ・・・えっと・・・」
社員E「自販機、行かれるんですね?」
満面の笑みで須藤に社員Eが問い掛けた。そして、
須藤「えっと・・・・みんなー…何が欲しい・・・?」
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社員E「んで、何で俺も一緒に?」
須藤「さすがに一人じゃ十何人分の飲み物持ってけないよ〜それに言い出しっぺの法則ってあるだろ?」
社員E「俺ひ弱なんすけど・・・」
須藤「僕だってひ弱さ〜あと君、僕が一応上司だって忘れてるでしょ?」
社員E「ヒューヒューそんなことないっすけどね〜」
須藤と社員Eは自販機がある1階に向かって3階から階段で下りながら話していた。
須藤「そんなことあ・・・あれ・・・」
ちょうど2階と1階の踊り場の上の階段まで来たところで須藤の視界がボヤける。
社員E「須藤さん?」
須藤「まず・・・ちょっと目眩が・・・」
社員E「須藤さん!大丈夫っすか!?」
須藤「やべ・・・」
ツルッと須藤は足を滑らせてゴロゴロと階段を転げ落ちそのまま下の踊り場に転落!
・・・すると須藤自身転けた瞬間覚悟していたが、実際はそうはならなかった。なんと、唐突に踊り場にポッカリと大きな穴が空いたのである。須藤は謎の大きな穴にそのまま落下してしまったのだ。
須藤「いで!!!いててて……」
幸いにも尻から先に何処かの地面に着地した須藤は自身の尻を擦りながら呻いた。
須藤「なんだ?さっきの・・・」
須藤「おーい!塩田さーん!!」
上にいる筈の社員Eの名前を呼んでも返事は帰ってこない。それどころか頭上には空が見える。
須藤「もしかして、あのまま頭打って死んだのか?いいや、死んでるなら痛みは感じない筈・・・だよ・・・な・・・?」
突如現れた謎の大穴に落下した須藤が落ちた先は須藤が見渡すと数秒前まで居た筈の都内某所のゲーム会社内とは似ても似つかない景色が彼の目の前に広がっていた。
空は暗く大きな満月が光り輝いている。その満月の下にはアーチ状に繋がった崖があり須藤が今居るのは崖の根元の様だ。須藤から見て向かいの崖の上に人があつまっていて、対する須藤から見て頭上の崖の上にも人が集まっていて互いに見合ってる様子だ。そして、頭上の崖に立っている者達の先頭に立っている只者ならぬ雰囲気の少女に須藤はデジャヴを感じた。
須藤「あれ・・・ま、まさかなー……ないないない」
崖の上に立ってる者達の服装にも見覚えがあったが、あまりにも現実的でないから一人で首を横に振った。
???「おい!そこで何やってんだー?」
須藤「わあ!?!?!?」
何者かが背後から須藤に声をかけた。驚きのあまり須藤はまた転んでその場で尻もちを着いた。
???「見ない顔だな?それになんだ?そのヘンテコな服装…お前ここに居るってことは魔王兵だろ?」
須藤「いたた…ま、魔王兵?ぼ、僕が?」
???「違うのか?じゃあ敵兵ってことか?」
須藤「いやっ…!そうです!そうだった!そうだったかもしれない!」
???「じゃあ、なんだその服装は?」
須藤「えっと………故郷の民族衣装?」
須藤は気づいた。ここが日本じゃないという事を
???「民族衣装?まぁ、魔族は変わった衣装の奴もいるしな・・・」
須藤は気づいた。見覚えのある服装の事を
須藤「(この女性の横顔と龍が描かれたエムブレム!ま…間違いない!!)」
須藤は気づいた。この世界は自身が開発に携わっていたゲームの世界だという事を・・・
須藤「(と言うことはあの先頭に立ってる少女って・・・)」
須藤「(間違いない。「ラグナロガイア」の最終裏ボス【魔王ロキ】だ。というか、これってゲーム内の世界に僕が入ったって事?そ、そんなアニメみたいな展開現実で現実になるんだ・・・)」
???「おい」
須藤「は…はいいい!?」
???「防具は後で城の防具庫から取ってこい。今はロキ様の”158回目の進軍宣言”をお聞きするぞ。」
須藤「(進軍宣言、なるほど。王国にロキが攻め入るのか・・・)」
須藤「(・・・あれ?そんなシーン、ラグナロガイアにあったっけ?)」
一抹の不安を抱えながらも頭上の【魔王ロキ】を須藤は見上げる。隣の魔王兵も同じく【魔王ロキ】を見上げている。
魔王ロキ「ヒハハハハハッ!!!!光の王国勢ども我が貯めに貯めた魔の光で貴様らの陳腐な白き光など食い尽くしてくれるわ!!!」
そう言い放つと魔王ロキから漆黒のオーラが放たれた!
須藤「(さすがラグナロガイアの最終裏ボス!凄いエフェクト…いいや、オーラだ!あの状態になると大技でもダメージ10分の1しか効かない超鬼畜モード……)」
魔王ロキの向かい側に立つ者達の先頭に立っている者も
魔王が放った漆黒のオーラに対する様に白いオーラを放った!
須藤「(あっちは主人公サイド!やっぱり先頭に立っているのはプレイアブルキャラの「光の国の勇者」か!!いやーーー勇者もかっこいいなー!!これ、どっち応援しよっかなーーー)」
デバッグ作業でプレイヤーとしても「ラグナロガイア」を遊んだ身としては鬼畜な難易度が故に開発者でありながら魔王ロキの絶望的な強さに苦しめられた思い出が記憶に新しいから勇者に勝利して欲しいという気持ちとせっかく最強の最終裏ボスとして作った魔王ロキの絶望的な【魔の力】に蹂躙されて欲しいという開発者としての気持ちで須藤は葛藤している。
魔王ロキ「進軍開始じゃああああ!!!!」
そう言い放つと魔王ロキは迎えに立つ勇者に目掛けて黒き稲妻を両手から撃ち放った!
須藤「(うわ…ロキの奴さっそく鬼畜ダメージの技を…あれを食らって何回パーティーが全滅した事か・・・!)」
・・・しかし、放たれた黒き稲妻は勇者が振るった剣の切っ先から放たれた光の斬撃で両断された。
須藤「・・・・・・・・え?」
光の斬撃はそのまま一直線に魔王ロキに命中し…
「ぴゃーーーーーーーー!!!!!」
と絶叫しながら魔王ロキはそのまま彼方へとふっ飛んだ。
勇者「続けますか?」
魔王兵1「撤退!魔王軍撤退ィィイ!!!」
魔王兵2「うわあああああああ」
魔王兵3「光の国めー!!覚えてろよおおお!!!」
魔王兵達は負け台詞を吐きながらドドドドド…ッと一瞬の内に撤退してしまった。
向かい側の崖に集まっていた光の王国勢達もワラワラと何処かに行ってしまった。
???「あちゃー今回もまたワンパンかー18回前の20秒戦えた時は奇跡だったかなー?」
須藤「あ、あのー…すみません?さっき飛ばされた人って・・・ど…どなた…です…?」
???「はぁ?どなたってお前・・・我らが王ロキ様に決まってるだろう?何言ってんだ?」
須藤「はは…そ、そうですよね・・・(お、俺の知ってる魔王ロキと違うぅぅぅぅ!!!弱すぎだろ!!ちょ、調整ミスってんじゃねーーの!?解釈違いにもほどがあるんですけどォォオオオ!!!)」
必死に平静を装っているが本当はショックのあまり泣き叫びながら暴れたい気持ちの須藤であった。