普通に日常的な話をするわな
年始早々に仕事を辞めた。
そもそものそも、自分の誕生日よりも前に辞めたかったのに、会社がそれを許してくれなかった。腹立たしいにもほどがある。
カラオケに行きたい衝動を抑えていたので、成人の日が終わった年末年始料金が終わっていそうなタイミングをみてカラオケ店へとやってきた。
「お久しぶりです☆今日はどの機種にしますか?」
何故か、俺はソコまで来てもいないのに、店員の女の人に顔を覚えられている。べつに部屋を荒らしたりもしていないのに。
「えと、ダムで……」
「いまなら、プレミアシートも空いてますよ!」
プレミアシートとは、ライブ的な部屋で同じ料金で大きな部屋を利用できるらしい。
「や、普通のとこで……」
いつも思うのは、一人しかいないのに大掛かりな部屋に通されたら、なんか虚しさがエグいとか思ってしまうんよな。
「はーい。どうぞー」
伝票を渡されてドリンクを持ちながら部屋に行く。年末に聞いていた新しい曲を試してみたくて、うずうずしていたので、ようやく来られてよかった。
紅白は今年もあまりよく見れなかった。よくわからないサメが動き出してきたあたりでテレビを切った。…ゆーて、その曲も歌うんだけど。
33番の部屋についた。部屋につくと、まず電気をつける。
よくわからないくらい真っ暗い部屋にネオンだけが好きな女子は何となく苦手だ。
スマホのプレイリストから、歌いたいものを上から順に入れていく。
1時間が立った頃だろうか、隣で歌っている人の歌が気になり始めたくらいの頃に、気がつくと俺の扉の前にコップを持った女子が入ってこようとしていた。
カラオケ店の部屋間違えあるあるだろうか。と、歌いながら少し観察していた。
だいたい立って歌っているボクは、通路を通る人と目が合うことが多い。
扉から入ってこないのは、歌っている人が単純に気になっているだけなのだろうか?と思い、女子が背伸びをしたら目が合ってしまうので、とりあえず椅子に座って歌うことにした。
すると、女子もボクの部屋の扉の前に背を向けて座り始めた。
「(そこに座られると飲み物取りにいけなくなるんですが?」
と、思いはしたが、そんなにジュースを飲むタイプでもないし、トイレにも立たないようにするしかなさそうだ。
一曲が終わるごとに採点システムがはさまる。
ずっと80点台をいき来しながら、初めて歌う曲だしこんなもんかと思っていた。
女子は自分の部屋に戻る気配がない。
さっきまで聞こえていた隣の部屋の歌があまり聞こえなくなったような気がする。…もしかして、知り合い…か?
ボクは、ついったぁで地雷系の元カノを検索してみることにした。
『今日は、好きピとカラオケに行くんだ♪』
なるほど。…で?なんで、こんなことになっているんだ??
隣の部屋の歌声を聞いて、歌い方のクセでボクだと断定したんだろうか?
別れてから7年くらいたっているが、そんなに歌い方のクセが昔と変わらないのだろうか??
そろそろ新曲も尽きてきてしまったので、昔からよく歌う曲を歌い始めた。
なんなら、扉に背を向けて座っている女子の背中に、ボクもその背中をつけるかのように扉の前で歌うことにした。
背を向けている相手は、ボクが間近に居ることに気づかないんだろうけど。
ガラス扉を1枚隔てた向こうに互いが居るのに、触れることも喋ることもしない。この時間をいったい何と表現したらいいのか、ボクにはよく分からない。
結果、この物語のラストは、相手の部屋の方が、ボクの終了時刻よりも早く終わりだったようで、「もう時間だけど帰るでいいー?」という話し声が聞こえてきて、女子が「はぁーい♪」と言いながら帰っていくだけの話。
エモさも何も存在しない現実の物語なんて、こんなもんだ。




