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隣人が引っ越す日

作者: 福日木健



 アパートだからか、壁が薄いからか分からないけれど、今日は隣が騒がしい。というのも、隣人の部屋に引越し業者が入っているからだ。そう、今日は隣人の引越しの日である。寂しいものだ。すごく綺麗な人だったのに。


 隣人の名前は井上(いのうえ)彩夏(あやか)。年齢は二十三歳。趣味は料理で、好きな食べ物はりんご、嫌いな食べ物はアスパラガス、スギ花粉のアレルギーを持っていて、春になるとマスクは必須で何度もくしゃみをしている。


 隣人は面白い人だった。軽快な口調で語られる面白い話はすぐに夢中になるようなものだった。その中で自分自身の話を出していて、その自虐ネタは本当に笑えた。俺の心を豊かにさせた。話は面白い人だし、すごく綺麗な人だし、気配り上手。人生、順風満帆だろうな思った。羨ましく思ったこともあるが、この人が幸せであるからそれでいい、とも思えた。それくらい彼女は人格者だった。


 しかしあるときから彼女は変わってしまった。日に日に性格が暗くなっていき、頬はやつれ、髪はボサボサになっていった。彼女(いわ)く、ストーカーに()っているとのことだ。



――



 どうしました、何があったんです?


 わたし、ストーカーに遭ってるんです。


 え? どういうこと?


 夜、ずっと誰かにつきまとわれてて……。無言電話もかかってくるようになったり、知らない男の声が聞こえてきたり……。


 警察に相談したんですか?


 いえ、してません。


 駄目だよ、相談しなきゃ。一緒に行ってあげますから。



――



 こうして彼女は警察に向かった。親身に対応してくれたそうで、彼女に警備がつくようになった。彼女は嬉しがっていた。携帯電話の番号を変えてから、ストーカーからの電話が来なくなった。これでようやく解放されたんじゃないかと一緒に喜んだものだ。



――



 本当にありがとうございます。あなたのおかげで……。


 いや、いいんですよ。協力し合わないとね、隣人同士なんですから。



――



 しかし、それでも彼女は気配を感じていたようだ。ストーカーの視線を感じてしまうらしい。警察は誰もついている様子はないと言っていたようだが、しかし彼女にはそう感じてしまうらしい。部屋で一緒にいても、だ。それほど、彼女は追いつめられていたのだ。


 彼女を守る方法を模索した。しかしこの土地にいる限り、その病のようなものは治らないと思った。



――



 わたし、引っ越そうかと思います。


 ……そうですか、寂しくなるけど、しょうがないですね。


 今までお世話になりました。本当に、本当にありがとうございます。


 いいんですよ、いつでも連絡してくれていいんですからね。



――



 こうして彼女は引越しすることとなったのである。


 過去を想起していると、隣は静かになっていた。どうやら部屋のものは全て移動できたらしい。そう思っていた瞬間、ピンポーンとチャイムが鳴った。


 ドアの向こうには彼女がいた。


「今まで本当にありがとうございます。なんて言ったらいいか、言葉が思いつかないんですけど、本当に感謝しています」


 いや、いいんですよ。こちらこそ、楽しませてくれたんですから。


「これでさよならですけど、絶対に電話しますから」


 うん、こっちからも連絡しますよ。たまには会いましょう。


「ではこれで失礼します」


 あっちでも元気にやってください。


「…………」


 こうして彼女はこの土地を離れる。空っぽな隣人の部屋には、いずれ、新たに人が入ってくることだろう。しばらく静かになってしまうのが、非常に寂しい。


 考える。


 ストーカーしてたやつはいったい誰だったのか? 恨む。彼女の人生をめちゃくちゃにしたやつを。一応警察のほうもストーカーについてもっと調べ上げるつもりらしい。これで安心、とはいかないまでも、ストーカーが接触していない辺り、諦めたのだろうか?


 そうであって欲しいのだが。


 俺はモニターの電源を消す。機材などの荷物をリュックにまとめて床の蓋を開ける。出来上がった穴からクローゼットに降り、戸を開けてから蓋を閉めた。


 部屋は空っぽだ。しかし、彼女の匂いがほのかに香る。


 俺は匂いを肺いっぱいに取り込んだ。部屋の小型カメラやワイヤレスマイクを全て取り除いてリュックにしまう。それから胸ポケットから手帳を取り出して、彼女の新しい住所を確認した。


「よし」


 俺はやる気を出し、窓から空っぽの部屋を出た。


 見守らないといけない。


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