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いつかの自分がいつかの君へ追いつくまでの物語

作者: 東雲白雨






 自分が〇〇の生まれ変わりだと言われて、エトラが思ったのはこんなにつまらない人生の為にまたこの世界に生まれたのかという、自分であって自分でないものへの憐れみだった。

 生まれ変わりというのは誰かの人生の続きということになるのだろうか。エトラは不思議に思う。この国では巡る命を奇跡と呼んで尊ぶけれど、そのくせ自分と過去の存在は違うのだからと個を主張させようとする。それならば誰かの命を継いでいるというこの話も無意味なのではないかと、エトラは張り付けた笑みの下で思うのだ。

「ああ、君も生まれ変わりかい? やあ、最近よく見るね。奇跡も随分安くなったものだ」

 お偉方に頭を下げ終わった教授が首を左右に傾けながらそんなことを言った。

「それは同意しますね」

「ああ、この話に嫌な顔をしないあたり、確かに君は生まれ変わりだよ」

 喉の奥で笑う教授の横で、エトラは不満を頬の内側で膨らませる。

 学術都市の一角、変人お達しの小さな集会所。そこにエトラがいると、だいたい一時間後くらいにこの教授もやってくる。互いに挨拶もしない時もあれば、こうして目も合わせずに話すこともある。

「君は生まれ変わりって何のためにあると思う?」

「生まれ変わりですか。やり残したことを、次の誰かに託すため、とか」

「うんうん。もし君のその〇〇と君自身が全く別の存在として考えるなら、そういうのはありだろうなあ。まあ、君が〇〇とやらとどの程度一致しているのかは、今の技術じゃあ調べようがないんだが」

「中途半端ですよね。だったら、この生まれ変わりって識別する技術も生まなきゃよかったのに」

「酷いことを言う。研究者の涙の産物だ。奇跡よりもっと価値があるとも」

 エトラは固いパンのサンドイッチに齧り付きながら、じゃあ前提を変えようと先程の教授の話を元に頭を回転させる。別の人間ということを前提にしているのは、きっと教育の賜物だろうな、と自らにいつの間にか染みついていた考えを一度振り払う。

 自分が再び、自分として生まれ変わる理由。それならば今の自分でも考えつくのだろうか。エトラは昔からよく口にしていた言葉を吐く。

「生まれ変わってもまた同じ人生を歩みたいと、そう思えるような旅がしたい」

 エトラがそう呟いた時、教授は驚いて目をぱっちりと開きながらエトラの横顔を眺めていた。

「昔から、そんなことを言っていたらしいです。うちは親ふたり見事に堅実なタイプなので、ふたりから学んだわけじゃない。村は勿論そんな言葉の参考になりそうな人間はいないし、村にある本は冒険譚なんかよりもっと実用的。じゃあ、この言葉が何処からきたのか、自分なりに考えたんです」

「考えた結果?」

「この言葉は、いつぞやの誰かの言葉なんだと、そう思うんですよ」

 エトラは笑う。今の自分ではどうしようもない話だと、諦めきった口調で。

 ふうん、と教授は背もたれに寄りかかりながら、煙草に火をつけた。この都市では珍しい喫煙者で、この都市では更に珍しい喫煙可能エリアなので、エトラも特に注意することなく、互いに全く別の方向を向きながらただ沈黙を守っている。

「誰かの生まれ変わりで、誰かの言葉が残っていて」

 煙草を吸い終わった頃に、教授の方が先に口を開いた。今日はもう出ていくかと思ったのに、まだ話す気があるらしい。エトラは珍しいなと思いながら、手もとの薄いお茶を飲みながら耳を傾けた。

「それ自体はなんら今の君に影響は無い。けれどその事実をどう捉えるかが君次第だったとしたら、君はどう思う?」

「……最初は、哀れだな、と思いました。正直、自分の命にも、自分の人生にも、価値を感じません。それが当り前なので、旅だとか、新しいことだとか、正直積極的に何かをしたいと思いません。だから生まれ変わるくらいなら、そこで全部終わりにした方が、きっと綺麗に終われたんじゃないかと思います」

「成程」

 教授は頷く。エトラは窓から見える小さな空を見ながら、ぼんやりと初めてこの言葉を口にした時を思い出した。さて、いつからだったろう。さて、どこでだったろう。エトラは不鮮明な記憶をあさり、途中で面倒になってやめた。

「まあでも、今の自分でも忘れられないってことは約束なのかもしれないですね」

「約束? 他人との約束だから忘れられないってことかい。自分の人生における他人は殆どがエキストラだ。そんなに大事なことなら、今その時に一緒にいた唯一無二の他人に託した方が感動的じゃないか」

「だから感動的にしなかった」

 教授がどういうことだと問い掛ける前に、エトラと真っ直ぐに目が合った。そう言えばよく同席はするものの、あまり真正面で話す機会がなかった。教授はふとそんなことを思いながら、エトラの深い青色の瞳を見た。見覚えがある。それは当然だ、青色など珍しい色ではない。では、この既視感はなんだろう。

「約束は果たされることが前提です。だからいつか、必ず果たす気でいるんじゃないでしょうか。その〇〇が出会うべき相手に出会った時に」

 不鮮明な記憶の奥底から、懐かしい記憶が蘇る。どれくらい前の記憶だろうか。それは自分の記憶だろうか。

 教授は何度か瞬きをした後、もう一度椅子に深く座り込んだ。煙草をもう一本吸おうとして、無意識に胸元で手が止まる。

「ところで」

 教授は気の抜けた声で尋ねた。

「仮にそういう過去のなんちゃらに突き動かされたとして、それは自分の人生と言えるのだろうか」

「それを決めて納得する権利がある、と言うのは簡単です。答えとしてはそれで問題無いとも思います。でも、もしもっと感情的に、独善的に言うとすれば」

 教授はエトラの表情を見る。エトラも教授の表情を見る。ああ、と互いに噴き出して笑った。

「人生なんてものは、終わり良ければなんとやら、くらいが丁度良いんですよ」

 酷く懐かしい気がして、ふたりは暫く笑い合った。





(また会えた君と、また会えた僕で約束をしよう。今度は互いの為に。そして果たそう。運命よりももっと自由な、未来への航海の旅を。また出会って、また過ごして、それが人生だったと胸を張って逝けるように)

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