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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界最強の魔女を拾った植物学者のエルフは彼女と共に数々の新発見をするも妬まれ最終的には国から嫌がらせを受けたので仕返しに2人で王国ごと燃やすようです

 ある日僕は、魔女を拾った。


 今は私室のベッドでぐっすり寝ている。

 彼女は透き通った白い肌、血液にも見まごう真っ赤な髪、顔は若く美しく耽美、それ故に見惚れしまうが、素肌を隠し手足まで覆い尽くすような黒いローブを着ており、どこか面妖だ。


 一目見て、『魔女だ』と思えてしまった。


 彼女の身体は好奇心を誘うが、流石に脱がす訳にはいかない。……一応、同性ではあるんだけど。

 今は眠らせておいてあげよう。


 うん、彼女は可愛い。瞼を閉じたその姿は美のバランスが整っていて芸術品とすら言える。



「まるで、童話の世界のお姫様だ」



 ずっと見ておきたい。この出会いに感謝しよう。




 ――そう感嘆していたところ、彼女は急に目をパッチリと開けた。



「今アタシのことお姫様扱いした?」



 僕は驚き彼女から距離を取る。

 なんというか、殺気のようなモノを覚えたから。


 強ばった顔つきをしている、機嫌が悪そうだ。朝に弱いという訳でもなく、きっと私の独り言が彼女にとって怒りの琴線に触れるような言葉だったのだろう。



「す、すまない。つい勢いで」



 ひとまず謝罪した。

 不思議に満ちた謎の人物でこそあるが、こんな美少女に嫌われるのはゴメンだ。


 ……だって、可愛いモノが大好きだから。



「ねぇ」



 謝罪を受け入れてくれたのか、彼女が何かを尋ねようと一声をあげる。

 すると、



 ぐぅぅぅ〜〜〜〜〜



 腹の虫が鳴るような音が私室に響く。


 私は耳が角張った細身の〈里人種エルフ〉であり、元々食事は1日に1回少量摂れば生きていける種族の特性がある。

 彼女は耳も角張っておらず、かと言って身体にも背にも目立った特徴はないことからおそらく〈人種ヒューマン〉だ。ずっと寝ているだけでも腹が減る。



「お腹す――」


「わかった、作ってくるよ」



 僕は言われるまでもなくキッチンへと走り出し、彼女のために調理をはじめた。

 〈人種ヒューマン〉どころか他人に料理を振る舞ったことが一切ないのだが一人暮らし続きで腕には自信がある。



「なんとかなれぇー!」



 今思えば、彼女に良い格好をしたかったんだろう。



***




 ……作りすぎた。


 我々《エルフ》は少ないエネルギーで活動できる関係上低カロリーかつ栄養を摂れることもあり菜食主義だ。

 だからといって家にあったすべての食材を使い、野菜炒め、漬物、生スティック、スープ、大豆煮、玄米等など、過去に旅行先で見た一般的な〈人種ヒューマン〉の食事量を遥かに――3倍は用意してしまった。


 彼女に美味しいものを食べてもらいたくて気合いが入りすぎたのだ。

 なまじ振る舞う相手は女性、少食である可能性が高い。


 嫌われたくないなぁ。



「で、できたよ~」



 僕は機嫌を損ねてしまうことを畏れながら、全て彼女を料理が並ぶ食堂へ案内した。



「へぇ、美味しそうじゃない」


「た、食べきれないなら残していいからね」



 幸運なことに、僕の手料理を見つめる彼女は目を輝かせている。お気に召してくれたのだろう。

 フォークで突き刺し、まずは野菜炒めに口をつけた。

 あとはちゃんと美味しく頂いてくれるのか。それが重要だ。



「美味いっ! ちゃんとしたスパイス使ってるわね? 焼き加減も程よいわ」



 良かった、好評だった。


 〈里人種エルフ〉は少食な分味にこだわる。野菜も良質な物を揃え、自家製なら手入れに妥協を許さない。特に油や調味料や香辛料は基本都会から仕入れた宮廷用の高級品を使うぐらいだ。

 それでも他種族からすれば一ヶ月あたりの食費は安く済む。それを前提に社会も回っている。

 ハッキリとしたカラクリもあるが、功を奏してくれたのならありがたい限りかな。



「これも美味しい! うわこれも! なんなの最高じゃないッ!」



 目を離した隙に、彼女はバクバクと他の料理にも手を伸ばしていた。

 朗らかな笑顔を見るに本心なのだということもわかる。


 良かった。これで嫌われずに済みそうだ。


 嵐のような勢いで食べている彼女は健気で可愛い。ずっと見ていられる。



「はぁ〜ごちそうさま。ありがとうね、ここまでしてくれて」



 しかも、10分もしないうちに私が作った料理の全てを完食した。

 テーブルの上には空の食器の山々が並んでいる。


 女性だからと侮ったのは失礼だったなぁ。

 同性としても恥ずかしい。そりゃいるよ、人より沢山食べられる健啖家けんたんかさんは。



「食後のコーヒーは如何かな?」



 僕は彼女の可愛さあまり調子に乗った。

 まだまだ奉仕したくなり、更なるサービスを彼女に与えようとしたのだ。



「あーごめん。アタシは苦いのが苦手でね。ミルクで割れるなら飲めるのだけれど」


「……それは無いかな。保存も効かないし、山を降りてもあんまり出回ってないから」



 くっ、好みに合わせられなかった、不覚!


 何を隠そう僕はコーヒーが大好きだ。

 独特苦味と香りもそうだけど、飲むと心がホッと落ち着く。

 その楽しみを彼女と共有することができないのは少し寂しい。



「あ、自己紹介してなかったわね」



 そんな個人的な感情に左右されている僕を前に、彼女は満足気な面持ちのまま私に話しかけてきた。

 思えば彼女の名前すら僕は知らない。

 その名をしっかり耳と記憶に刻んでおかないと。

 



「私はセレデリナ、苗字はない。最近は〈大炎だいえんの魔女〉と呼ばれることもあるわ」




 ――彼女は、本当に魔女だった。







***


 僕はエマ・O・ノンナ。ある王国の隣りにある山の奥地に1人で住んでいる。

 性別は女、背は170cmと平均より高く、金色の髪を長く伸ばしており顔も人から美人と呼ばれることこそあるが私生活や対人関係は適当で、仕事柄もあって毎日白衣を着回している。他の衣服はここ500年縁がない。


 え、普段はなんの仕事をしてるのかだって?


 それは植物研究だ。

 自前で植物を栽培し、様々な環境における成長のデータを観測する仕事をしている。

 〈里人種エルフ〉は3000年と長い寿命を持つ種族な分、こういった研究役職に向く。誰にも邪魔をされず、ゆっくりと植物と向き合い続けられて、しかも自然に満ちたこの山《環境》での業務となると、まさに天職だ。

 


「へぇ、地味な仕事ね」



 僕の自己紹介に対してセレデリナは、どうにも大きい態度で批評する。

 そんな彼女は世界を旅しながら、とにかく強い人間に会っては倒すを繰り返す武人だと言う。

 〈大炎の魔女〉と呼ばれているのも、炎のように赤い髪を持つ女が一個師団を燃やし尽くした逸話が伝播していったのが理由だ。

 美少女と思いきやその中身は正に豪傑。


 お姫様という言葉に不機嫌を示したのも、自ら遠ざけている概念そのものだからに思える。


 僕より10cmも背が小さいというのに……人は見かけに寄らないとはまさにこのことだ。


 けど、彼女は山の近くで苦しい表情をしながら倒れていた。きっと飢え死にしかけていたのだろう。どんな超人も飢えには勝てないということか。



「そうだ、この借りを返したいわ。何かできることはない?」



 今はまたベッドのある私室に移動しており、互いに自己紹介が済んだところだ。

 急に借りを返すと言われても……正直困る。



「貸しにしなくていいよ。困ってる人を助けるなんて当たり前だろ?」



 僕の返事にどうにも納得できない表情を見せるセレデリナ。

 同じ女だからこそわかる。こうなってしまうとどちらかが結論を出さないと一向に話が終わらない。


 なら、これがいいかな。



「じゃあ、僕の仕事を手伝うってのいうのはどうだい? だからって今すぐ具体的な指示はできないけど」



 僕は元々ひとりの時間が好きで植物研究の仕事を選び、山奥に住んでいる。

 だから手伝ってほしいことなんてパッとは思い浮かばない。適当に思いついたことを言ってみただけだ。

 そもそも専門性の強い職業なだけあって、あまり素人に手出しされたくないというのもあるんだけど。



「ふーん、じゃあ」



 だがセレデリナは揺さぶりをかけるどころか、間髪入れずに口を開き、提案する。


 あまりにも突拍子がなく、規格外な、それでいて僕に都合のいい話を。






「アンタが遠出しないと手に入らないような植物を取ってくるわ。なんでも言いなさい、海だって砂漠だって空だって超えていくわ」





 ……僕は年に一度だけ山の下にある王国でその年の研究発表をしなければならない。

 けど、よりにもよって今回取り扱いたい植物は『サバメノマ』。この山に自生しておらず、はるか先の海中に生える海藻。


 食用植物としては豆でもないのにタンパク質を多く含む優れもので、『これを改良して海から遠い王国でも安定して供給のではないか?』と考えてはいた。

 それが、最初は軽く話題に出していた程度だったのに、学会から「是非とも今年の研究議題にしてくれ!」なんて無茶振りをされてしまい、今や引くに引けなくなった。


 いや、それだけならまだ良かったんだ。似たような経験はいくらでもある。



 ただ……僕は泳げない。



 そう、あまりにも致命的な問題を抱えていた。

 しかも場所も遠くて移動だけで10日かかる。行脚あんぎゃのための路銀だけでも軽く赤字だ。

 人の手を借りようにも、コネなんてないし、学会は回りにナメられると終わりの社会なせいで彼らから人を紹介してもらうのも厳しかった。

 1人でも多く手を貸してくれる人がいるなら渡りに船だ。



「本当かい? 冗談を言ってこの場から去りたいだけとかじゃないよね?」



 とはいえ、僕はまだセレデリナの強さを理解しきっていない。

 口で語るだけなら自由だ。誰だって世界最強を名乗れるし、勇者にも魔王にも魔女にだってなれる。


 でも、ただただ強者との戦いを求めて旅をしている話が事実なら……話が変わってしまう。



「アタシの話を法螺話か何かと思ってるでしょ。でも証拠になるものが必要よねぇ……」



 セレデリナは頬杖をつきながら僕の疑問を読み取ったかのような返事をする。

 そして、なにか答えを得たのか――



「よし、この身体を見なさい、それが証拠になるわ!」




 その場で衣服を脱いだ。

 下着のみになった。

 黒いローブに包まれ謎を秘めていた彼女の肉体は僕の視界にバッチリと映り込む。



「あわわわわわ」



 僕は大きく赤面した。

 ただでさえ人と話す機会を意識的に減らしているんだから、他人の裸を見るのは久しぶりだ。


 そ、それに、同性だからって、他人を不埒な目で見ないとは限らないだろ!?


 最初は手で目を覆ったが、見て欲しいモノがなければそもそもこんな奇行をするのは非合理的。恐る恐る、彼女の下着越しの裸体を視界に入れることにした。

 そして、衝動的に、ポツリと言ってしまった。 



「綺麗だ……」



 と。 

 だって、そうとしか言いようがないのだから。


 見える全身の脂肪が限りなく絞られ、どの部位からも美しい線をなぞるようにスジが入っている。

 腹筋は当然6つに割れ、正しく美体。

 三角筋、僧帽筋、腹横筋、背筋、大胸筋。

 その他あらゆる全てが筋肉そのものだった。


 流石に女性だ、衣服を着ている分には筋肉量にも限界がありむしろ細身に見える程度ではある。


 まるで名工が掘った彫刻のよう。こんなに美しい裸体なんてあるのかい? 



 

「ずっと戦ってるうちにこうなってたのよ。良くも悪くも顔のパーツが綺麗に整っちゃってるからねー、コンプレックスってほどでもないけど、変に素肌を見せちゃうとアンバランスだから隠してたの」



 彼女は可愛いだけじゃない、ワイルドさまで兼ね備えている。

 鷲掴みにされてしまった、彼女の顔にも、肉体にも、心そのものを。


 どうしたらいいんだ……こんなの。



「おーい、おーい。起きてるー?」



 僕は、その場で固まったまま気絶してしまった。






***


 翌朝。


 セレデリナは僕を私室のベッドに運んで寝かせてくれていたようだ。

 つまり、彼女の裸体を目にした衝撃で一晩も気絶していた。

 それだけ、今までにない程に心が動かされ、身体がついてけなかったのだろう。



「すごい鼻血出してたわよ。慣れてないのね、人の裸を見るの」



 セレデリナは何か孤独な人間のように思えるけど、僕と違って人と関わる中で心に壁を作ってはいない。言葉の限りきっとこれまでの旅先でも数多の出会いがあったのであろうことが伺える。

 でも、そんなことはどうでもよかった。




 私室のテーブルの上に、青と銀で2色のラインで彩られた、根も葉も太い植物『サバメノマ』が水槽の中に保管された状態で置かれていたから。



「え、え、どういうコト!?」


「アンタが寝てる間に取ってきたのよ。この家を探ったら空の水槽が見つかったからいけそうだなって。それに、現地へは移動するだけなら10分で行けたわ。帰りは慎重に走ったけど」



 ああ、間違いない。肉体、行動力、実績、すべてにおいて彼女は本当のことを言っていたんだ。



「セレデリナってすごいんだね」


「まあね。目指すは世界最強の女だから」


「なれるよ、セレデリナはなれる。世界最強だなんて夢も全然荒唐無稽じゃない、現実的な目標だよ」



 気づけば話がはずみ、僕はもっと深く、セレデリナのことを知っていった。

 確かに職業柄学会の学者おじさんたちと話すことが多く、同性と話す機会だってそうある訳じゃない。でも、その上でセレデリナは唯一無二な娘だってわかる。こんな娘に関われるだなんて僕は幸せものだ。


 しかし、諦めかけていた仕事の進捗が大きく進んでしまった。なら、これで彼女とはお別れかな?

 僕はそろそろ幸運な機会も終わりに近づいているのだと覚悟を決めていた。






「ところでアタシ、今お金も宿も無いのよ。ちょっとの間、この家に泊めてもらえないかしら?」



 なのに、セレデリナは自らその幸運を引き伸ばさんとする。



「えええええええ!!?!?!?!?!?」


「旅先で嫌われて宿無しになることも多いし、こういうちゃんとした家で眠れる環境がちょうど欲しかったのよね」



 ダメだ、こんなの僕にとって都合が良すぎる。

 一時的とはいえ美少女と同棲できるだなんて、そんなこと許されるのか?


 困惑するまま、あっという間に僕とセレデリナの共同生活が始まった。




***


 『サバメノマ』は海藻である以上、本来は水中での栽培をする必要があるのだけれど、賞味期限が短く一度海から引き抜けば3日程度しか持たない。

 しかし僕はこれを都市内の畑で栽培する方法を思いついてはいた。


 『サバメノマ』は厳密には海の中の土に自生する植物であり、同時に理論上では水中でなければ育たない訳ではないと推察している。

 具体的には、魔法によって土の水分量を変質させ続けられれば海から遠い地上での栽培も可能なのではないかという仮説を思いついたのだ。


 実物が手に入った以上、一度成功したデータを取れれば都市内の様々な組織が動いて実行してもらえるし、あとは人任せでも問題ないんだけど……頼れる人間がいない僕にとってこれもまた大きな課題になっていた。


 そう、泳げない、路銀だけで赤字、そんな問題は氷山の一角に過ぎない。

 『サバメノマ』を都会で栽培する研究における一番の問題。



 ――なにせ僕には、魔法の才能なく何も使えない。



 しかも、あったからといって解決する保証もない。

 一ヶ月間複数人で交代交代に水質を調整し続けることを前提にしているから。


 本当に理論だけが頭の中にあった話なのに、学会の連中は理不尽にも僕に押し付けてきたんだ。腹がって仕方がない。



「ってことで、実は採ってきてくれただけじゃ終わらないんだよ、この件……」



 なんて、セレデリナに僕は延々と愚痴り続けていた。

 別にそれらしい答えを期待しているわけじゃない。特に説明もなく語った中ですぐに動いてもらったことに気を悪くしてしまい、現実はこうなんだと伝えたかった。


 だけど……






「なるほどねぇ。戦い以外は分野じゃないけど……問題はないわ」



 セレデリナは平然と返した。なんとかなると。



「嘘だ!? 仮に魔法の才能があったとしても一ヶ月維持し続けるには無限に等しいMR(マジックリソース)が必要なんだよ!?」



 1日に使用可能な魔法には当然制限がある。本当に不可能なのだ。

 だが、それを問い出してもセレデリナは真っ直ぐな瞳で、



「アタシを舐めるんじゃないわよ。今度納得しなかったら殴るんだからね!」



 なんて返してきた。

 うん、今は彼女にすべてを任せてみよう。僕も僕で、人を信じる能力が欠落しているのかもしれない。お互いに信じ合うことは大切だ。




***

 

「〈セカンド・ウォータールーラー〉ッ! 我慢する分には一ヶ月寝ないでも平気だし、毎日一食でも食べれるならずっとコントロールも維持できるから、それだけは必ず用意しなさい! その代わり最初に出してくれたぐらいの量じゃないと満足しないから!!」



 セレデリナは僕の家隣にある畑に向かうと、生命を持たない物体の水質を意のままに操作する中級魔法を唱えた。

 茶色い土に青いオーラのようなものが憑依しているのが見える。水質がコントロールされている証拠だ。


 試しに一本『サバメノマ』の苗を植えてみたところ、枯れるどころか生き生きしている。僕の推察は当たっていた。実験の第一段階はひとまず成功だ。



 ――それにしたって彼女は規格外である。



 魔法を唱えるには魔法図というモノを脳内で想像し、内に秘めた魔力を身体から放出しなければならない。しかも同じ魔法を継続して使用するならばその魔法図の想像を常に行う必要がある。

 その中で彼女は睡眠を取らず、逆に食事は行う。

 双方ともに集中力が揺らぐ行為で、本来は数時間単位のローテーションでの複数人による交代作業を前提した実験をこなすには確かに必要な能力ではあるのだが……常識的に考えれば非現実的。


 なのに、全てを成立させてしまっている。


 しかも本来必要な詠唱も破棄してだ。魔法図の想像を正確に、素早く行わなければ不可能な行為。彼女は愚直な人間に見えて頭の回転が天才的に早い……ということにして納得するしかないようだ。あまりにも常識を逸脱しているから。

 しかも魔法の使用に必要となるMR(マジックリソース)も底がないらしい。

 ありえない。このレベルに達している人間なんてそれこそ世界最強と呼び名が高い魔王ぐらいなんじゃないか?



 しかも、後から聞いたところ――この世に存在する中級魔法はすべて唱えられるらしい。




「わ、わかった。任せるよ」



 それから僕は、毎日のように彼女を支え、見守った。


 野菜は自家栽培しているけど、彼女の食事量ではとてもじゃないけど一ヶ月は持たない。

 調味料や香辛料の質を落として良いと許可をもらえたので赤字にはならなかったけど、それでも過去のあらゆる研究と比べた上で最も経費がかかることになると思う。


 ただ背に腹は代えられない。素直に諦めもついた。

 あぁ、彼女は間違いなく魔女だ。







***


 一ヶ月半後。


 今や畑に緑一面、立派な『サバメノマ』が生い茂っている。


 結局苗から種を、種から苗へと段階も踏んだため、予定より半月時間がかかった。それなのにセレデリナは平然とした顔で事を成し遂げた。

 これは魔法の才能だけじゃない。凄まじい精神力だ。

 彼女は間違いなく、世界最強を目指すに値する人間。そこにおごりなんてない。



「さっさとデータをまとめて学会に報告しなさい。あ、協力者にアタシの名前は書かなくていいわよ。実は下の王国じゃ顔を出したときに暴力沙汰を起こしてお尋ね者になってるからね。匿名にしておいて」


 

 実験終了後、セレデリナは不穏な自供を述べると同時にバタリと畑の前で膝を崩し倒れ伏せた。

 おそらく集中力も体力も使いすぎて意識が飛んでしまったのだろう。

 ガッチリとまぶたも口も閉じ、てんで動かない。



「本人に言うと怒られそうだけど……眠りについたお姫様にしか見えないや」



 それから僕は彼女を追加で購入したもう1つのベッドに寝かせ、実験開始時からつけていたレポートを完成、その後改めて論文を執筆した。

 なまじ1人でいるときの集中力は人並み以上で〈里人種エルフ〉の性質上眠らないでも長時間過ごせる。実験終了後は進捗に困ることはない。




***


 結局一週間の間セレデリナが起きることはなく、僕は論文を完成させたことで山の近くにある王国へと向かった。



「エマさん、ここへ来るってことは論文発表ですか?」


「ああ、そうだよ。買い出しと仕事以外で山を降りることはないからね」



 目的地へ向かう途中、町中で一般市民に声をかけられた。

 僕はそれなりに功績のある学者なだけあって顔が割れている。尊敬されるのはいいけどいちいち声をかけられるのはどこかむず痒いんだよね……。見ず知らずの人に返事するなんて嫌ほど体力を使うし。 



***




 数十分後、到着した。植物学会の論文発表会に。



「で、あるからして、『サバメノマ』は魔法使い交代制度を前提としますが地上での栽培が可能です。生産量も人手次第でいくらでも増やせます」



 今回の論文について学会のおっさん共に語る僕はイキイキとした眼をしていた。

 やはりこの時間は好きだ。何故か僕は大舞台でのあがり症だけは患っておらず、こういう場面で話す時だけはペラペラ喋れて、質問をされてもスパッと返せるから。



「おぉ、すごい!」


「素人ながらの質問もできないとは……」


「相変わらず、孤独な学者とは思えんな」


「〈里人種エルフ〉の癖に早い仕事、裏がありそうだ」


「まま、今は受け入れましょう、これは我が国の発展に大きく関わる学説です」



 なので困ることも特になく、僕の新たな学説は皆に拍手喝采を受けながらこの国にて浸透していくこととなる。何か文句を言う声が聞こえた気がしたけど……。


 また今回の発表は非常に好評で、以後の実験に対する期待から今まで以上の資金援助を貰えることになった。

 それこそ、研究経費を差し引いた利益で家を改築できるぐらいに。


 何だかセレデリナのおかげで一気に成り上がれた気がする。


 ただこれは、悪魔との――()()()()()()をしているような寒気がしてくる功績だ。


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 けど、セレデリナとの出会いを否定したくはない。

 どこか後ろめたさを覚えながらも、僕は浅ましく今は得た幸運を享受することに決めた。





***


「ねぇ、アタシは“自分にとっての居場所”が欲しいの。しばらくここへ住まわせてくれないかしら?」


「うん、いいよ!」



 セレデリナはその後も僕の家に住むことになった。

 厳密に言えば、彼女は世界中を旅し続けるものの、たまにここへ帰ってきては僕とともに過ごし、安定した寝床で眠りにつく。そんな環境を求めていたようだ。


 もちろん僕もタダでは受け入れない。年に1回、僕の仕事に協力してもらうよう条件を取り付けた。

 そうすればこれからも魔女との契約は続く。僕はより長く彼女と一緒にいられる。それなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな思惑が、心胆に間違いなく存在していた。


 その後、まず潤沢に増えた資金で僕の家を2階建てに改装した。

 元々研究資料の保管場所に埋め尽くされた部屋の数々だった中、私室を含めた生活スペースを確保し、広々としたリビングや、当然セレデリナの部屋もバッチリ用意。


 夢の美少女との2人ぐらし、胸が高鳴る。


 別に毎日セレデリナに会えるわけじゃない。むしろいない日の方が多い。だけど仕事となるとセレデリナが手を貸してくれるんだから、その間はしばらく一緒にいれる。最高じゃないか。

 こればかりは寿命が長く時間間隔が短い〈里人種エルフ〉に生まれてよかったなと思えてくる。


 そんな、浮かれ気分な日常を送っていたある日、セレデリナは突拍子なく、あるお誘いをしてきた。



「ねぇ、デートに行かない?」


 

 え?

 ええええええ????????



「デデデデデート!?」



 彼女の言葉を前に僕は、驚嘆しながら頬も真っ赤に染めてしまった。


 したい。めちゃくちゃしたい。否定する理由もない。


 ひたすらおどける僕。

 そこにセレデリナはぐいぐいと攻め込んでくる。



「可愛いじゃない。その顔をもっとアタシに見せてほしいな」



 僕は確実に心を彼女に掌握しょうあくされていく。

 捕まれば二度と抜け出せない蜘蛛の糸に掛かったのだ。



「ねぇ、答えは?」


 

 蠱惑な声音で耳元へ囁き、僕の手を握りしめてきた。

 あぁ……もう、ダメだ。



「……それはずるいよ」



 選択肢を奪われた僕はもう、首を縦に振ること以外、何も出来なかった。

 恋愛においても、セレデリナは魔女だ。



 


***


 身体に捕まりながら山から空を飛んで1時間ぐらい――なお、僕の足で移動すれば一ヶ月はかかる距離――で移動した先は、いわば僕らの住むこの世界で最も軍事力と技術を有する最先端発展国だ。

 〈人種ヒューマン〉しかいない山の下の王国とは違い、〈中身種ドワーフ〉や手足の生えた魚みたいな〈魚人フィッシャー〉、人の形をした動物とも言える〈獣人ビースト〉など、多種多様な種族が住んでいる。


 しかも電車……車……写真……新聞……等など、僕の知らないような日用品から乗り物までいろいろと充実している。警備している兵隊さんを見ると、銃なんて未知の武器を腰にかけていたぐらいだ。


 僕は〈里人種エルフ〉の里に生まれてきたはいいものの、周りと馴染めず、里から離れてあの山に住むようになってからは全然外に出ていない。移動が現実的な距離の遠国まで植物採集へ出向くのがせいぜいだ。

 ホント、セレデリナはこんな僕と比べて広い世界を知っているんだなとしみじみしてしまう。



「ここの王様と縁があってね。今アンタが探してるっていう『カミクイダケ』の栽培に関した資料を融通してもらえると思うわ」


「王様と仲がいいなんてすごいね」


「アタシはボッチ女じゃないからね。でも、アンタにしかできないことだってたくさんあるんだから、そこは自覚して誇りなさい」


「あ、ありがとう……褒めてくれて」



 こうして、セレデリナとのデートが始まった。



「さ、荷物を増やす前にまずは思いっきりはしゃいじゃいましょ。お金はあるんでしょ? ここはご飯も美味しいしたーくさん遊べる場所があるんだから、そんなみすぼらしい白衣だって買い替えて、存分に楽しまなくちゃ」



 僕らはまず服屋へ向かった。


 ――そこでエマ・O・ノンナは、モヤシの植物研究家から進化する。


 白い綺麗なドレスに着替え……僕は見違えるほど綺麗で美しい……本当にお姫様へと姿を変えたのだ!

 今日のために化粧も整えていただけあってすべてが様になっている。もはや別人と言っていいだろう。


 今までキミのことをお姫様なんて言ってごめん。

 その言葉は僕にこそふさわしかったよ。

 お姫様と魔女のデート、最高のシチュエーションじゃないか。


 そうして、2人でブラブラと街中を練り歩いていった。



「うん、じゃあここも僕のおごりね」


「ごめんねー。貧乏な女で」



 しかし、このデートには問題もあった。


 なんと彼女は路銀を全く用意しておらず、デートスポットに案内されながらあらゆる支払いを僕がするハメになったのだ。

 豪勢なレストランで食事も摂り――僕は種族柄少食なのでほぼセレデリナが1.8人分食べた――、その上で僕が奢る。そんな繰り返しだ。


 まあむしろ彼女のおかげで資金には余裕もある。ここでどれだけ散財しても困ることはないんだけどね。




***


 そして、次に向かったのは遊園地だ。


 電気なる動力で動く遊具を前に老若男女問わず皆が浮き上がる。

 魔法なくして成立するその娯楽は全てが未知であり新鮮で、僕の心を大きく動かしていった。



「はやあああああいいいいいいいいい」


「このぐらい平気ね」



 そこでまず、最初に乗ったのはジェットコースターだ。


 上がって落ちて更には上下に激しく突っ走る勢いに僕は押されるがままだった。

 ついさっきセレデリナと一緒に空を飛んだのに全然慣れていないんだろうなぁ。



「なにか楽しい。牧歌的な気分になれるよ」


「長い時間を過ごせるんだから、べったりいきましょう」


「あっまって、それ、ずるい」



 続いてはメリーゴーランド。


 ジェットコースターと比べて大人しく、小さく上下運動するブリキの馬に乗ってゆったりぐるぐる回る遊具だ。

 2人並んで、馬の動きに合わせて手を触れ合っていると僕は非常に落ち着かない心境に追い込まれる。


 ただ、楽しい。

 すごく楽しい。


 この遊園地なる娯楽施設が作られた理由が十二分に理解できてしまう程に。


 でも、この遊具自体はセレデリナと一緒だから楽しく思えるのであって、僕1人で乗るのは心に虚無をいざないそうだ。

 



「セレデリナすごい! 百発百中じゃないか!?」


「ふふっ、魔法だけじゃないわ。武器の扱いも完璧よ」



 その次に選んだのは射的である。


 コルク式のおもちゃの銃で景品を打ち落とすゲームだが、セレデリナは支給された5発の弾全てを1つの景品に定めて発射し、見事に打ち落とした。


 両手で抱えないといけない程に大きいクマと人の手足が生えたシャケが手を繋ぐぬいぐるみが手に入り、持ち運ぶには大きな荷物が増えてしまったが、思い出の品になるしまあいいかと割り切ることにした。どうやらこの国の女王と王をモチーフにしているらしい。



「うわああああああ!!?!?」


「アンタ、怖いのダメなのね」


「そもそも縁がないから……」




 そして次は……お化け屋敷だ。


 暗い迷路の中、急に幽霊や怪物に扮した仮装の人間や小道具が脅かしてくるこの施設は非常に冷や冷やさせられた。僕、ビビりなんだな……。


 ちなみに、セレデリナは昔こそお化けが苦手だったらしいけど、そんな自分が嫌で霊能力者から除霊方法を学んだ結果、『倒せる相手』へと認識が変貌し克服できたようだ。いくならなんでも克服手段が暴力的じゃないか?



 他にも様々な遊具を共に乗り、心を弾ませながら好きに遊んだ。

 とっても楽しかった。




 そして、夜になると最後の遊具として観覧車に乗った。


 風車の羽に丸い建物を何本も吊るしたようなこの遊具は……僕の人生において、最も深い思い出を焼き付けてしまう。



「こんな高いところにずっといるのは何だか不思議な気分になるよ」


「そう? さっき一緒に魔法で空を飛んだのに」


「移動自体はすぐに終わっただろ? ソレに対してこのゆったりとした空間ってなると何だか心持ちとかが変わってくるのさ」



 僕は地に生える植物を研究している。だからこそ、『高い場所に釣られたまま座る』なんて体験をするのはどうにも平常な感覚に揺さぶりをかけられて、心臓だけが体から消えたような感覚に陥るのだろう。



……

………



 それからしばらく時が経ち、観覧車が天辺まで登る。すると、遊具の時限機能として一時的に停止した。



「ねぇ」



 その瞬間セレデリナは――艶めかしい声音を出す。



「な、なんだい」



 勢いに気圧けおされてしまい、少し返事に困った。

 妙に顔を近づけてくるセレデリナ。

 一体何を企んでいるんだ。


 僕はキミに逆らえない。どう頑張っても勝てない。

 言いたいことがあるなら言ってくれ。

 オドオドするしかできないじゃないか。





 ――そんな僕の唇を、セレデリナは不意に奪った。




 強く、厚く、深く、彼女は僕と唇同士を重ねる。

 空の上でのキス。

 それが僕にとって初めてのキスだった。



「デートって言ったでしょ、これぐらいやんなきゃ」



 唇を離してすぐ、セレデリナは僕にそう言った。

 多分30秒ぐらいはしていたはず。向こうは全然呼吸が荒くないし、息が続かないと思われのかな。

 でも、そういう問題じゃないんだ。



「え、え、え、え、え、」


「知ってたわよ、アンタが――エマがアタシのことを好きなの」



 どうやらセレデリナは見透かしていたようだ。

 僕が、キミのことを好きだって事実を。



「ラッキーね。アタシの恋愛対象は女の子だけ。恋愛経験も多いのよ。あんまり長続きしないけど……」



 明かされる事実を前に、僕は困惑よりも先に――神に感謝した。


 ただでさえ彼女に出会えて僕は幸福な気分だった。

 この想いは報われなくてもいいと思っていた。

 なのに、叶ってしまった。すべてが。

 


「よ、よろしくお願いします……」



 観覧車が頂上からガタンとまた動き出し降りていく。

 そんな中で僕は現実を素直に受け入れ、晴れてセレデリナと恋人関係になった。




***



「以上、このキノコはあらゆる植物の栄養を食い殺しますが、同時にさっき述べたように加工すれば万能の栄養剤として高級品にこそなるものの流通させることが可能だとわかりました。別に不老不死になれるわけではないのですが」



 その後『カミクイダケ』の資料も融通してもらえ、欲しいデータも揃ったことで論文を提出、またも学会発表で称賛を浴びた。

 最近は発表中に冗談を織り交ぜる心の余裕も増えてきた。どこをとってもいい調子だ。



「ノエル君は我が国に多大な貢献をする素晴らしい研究家だよ」


「うむ、憧れてしまう」



 僕は、個人として褒め称えられることも以前に増して多くなっていた。

 学会での居心地もよくなり、少なからず彼らに協力を求めてもナメられない立場へと出世している。そうなればますます仕事が捗っていく。人生絶好調だ。



「最近のキミはコネクションも増えてまさに成り上がっているようだな」


「匿名の協力者とやらと会ってみたいのう」


「その才能、まるで“魔女”だな」



 一方で僕のことを妬んで悪く言うヤツも増えてきた。

 まあいいさ、聞き流せば。


 それに、()()()()()()()()。それはセレデリナのための言葉だ。


 しかも、その言葉をかけてくるのは学会のおっさん共だけじゃない。



「おお、魔女様!」


「エマ様、貴女はこの国最高の魔女だー!」


「魔女最高!」



 街ゆく人々まで僕のことを魔女だと持ち上げる。

 正直鬱陶しくてしかたない。

 あくまでボクは魔女と契約した愚者。送るべき相手を考えてほしいものだよ。



***


 当たり前だけど、セレデリナとの恋人関係は続いている。

 今で大体5年目だ。


 会えるのは年に一度、大体一ヶ月ぐらい。

 長生きする分時間間隔の短い〈里人種エルフ〉なはずなのに、いつも待ち遠しい。

 でも彼女を独り占めになんてしてはいけない。だってセレデリナは世界最強になりたいんだから。夢を応援するのも恋人の勤めだ。


 そして今日、彼女は僕の家に帰ってきた。



「例の武道大会で優勝したわ!」


「嘘、そんなの世界最強同然じゃん!?」


「いいえ、まだまだ勝負すべき相手はたくさんいるわ。妥協なんて許されないんだから!」



 セレデリナはいつも僕に語る。

 旅の話を。


 クジラを素手で捕まえたとか、地底を潜った先の遺跡で古代兵器と戦ったとか、雲をも突き抜ける山の頂上に住む仙人を倒したとか。

 荒唐無稽で信じ難い話なのに、それが真実なのだと瞳を見ずともわかる。だって、僕はセレデリナの理解者だから。

 


「それにしても、セレデリナは出会ってからもう5年経ってるのに老けてないよね。〈人種ヒューマン〉だと少しぐらい顔つきが変わってもおかしくないんだけど」



 そんな、独り善がりな感情を持ち始めたせいか、ある日の僕はもっとセレデリナのことが知りたくて質問してしまった。彼女の謎を。

 年々違和感が強くなっていたんだ。


 見間違えじゃなく、彼女の顔は()()()()()()()()()()()()()()


 ただこれにもセレデリナはさっぱりした面持ちのまま、真っ直ぐに答えてくれた。



「アタシは“魔女”よ? それぐらい普通じゃなくて?」



 魔女。

 やっぱり魔女なんだ。


 伝説にだけ存在するとされている、何かの種族にも囚われない不老不死の、世界の異端者。

 よかった。自 分 が 魔 女 だ と 分 か っ て く れ て い て 。

 おかげでもっともっとキミのことを特別な、唯一無二の存在に思えるよ。僕なんかには似合わないその言葉を以て今キミは僕の前にいるんだ。









***


 僕らは仕事期間と称した間ずっと共に過ごしている。ずっと至近距離で、一緒にご飯を食べて、遠くへ行って遊んだり、逆に一緒に仕事したり。

 もちろん恋愛としてはキスどころかその先も……まあ、そこの話はいいや。



「じゃあ、今年はこれでお別れだね」


「ええ、次に会うときはすっごい報告をするわ」



 別れ際にも僕らは涙を流さない。

 どうせまた来年に会えるから。

 それで充分じゃないか。









***


 ――そろそろ植物研究の仕事も論文執筆も全部セレデリナと関わることが目的になっているような気がするけど、それはもう諦めよう。一緒に同じ仕事をするのもまた楽しいんだからやめられないんだ。



「『オージェ草』は黄金の花ですが、やはり花粉に金が混ざっているのは事実でした。しかも栽培自体は検証の通り難しく、悪用されないためにも自然保護の体制を強めていく必要があります」



 今年の研究発表も好評だった。

 セレデリナの手を借りればなんだって手に入る。

 僕はまたも彼らに称賛されていた。


 しかもなんと今回の発表を機に他国からの支援者まで現れるようになったのだ。今や僕は大金持ちである。

 ……正直お金の使い道があんまりないんだけどね。


 しかし、恵まれていゆく中で、僕の耳に嫌な言葉が入る。

 


「流石は植物界の“魔女”、今年の発表も素晴らしかったよ」


「魔女様は最高の学者だ」


「これからもずっと居てくれ」



 やめろ、その言葉は僕のためにあるんじゃない。


 怒りを抑えなきゃ。


 僕は非力な女だ、セレデリナみたいに強くはない。問題を起こしたところで自力で解決する能力だってない。



「魔女様ー! 貴女は国の英雄だー!」


「流石ぁ!」


「これからも伝説を残してくれーッ!」


「魔女様バンザーイ!」


「「「「バンザーイ!」」」」



 山への帰り道も、皆が僕を魔女と呼ぶ。

 まるで崇拝するように。


 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。



 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。




 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。




 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。

 僕は魔女じゃないセレデリナこそが魔女だ。





 魔女を崇拝するのだって僕の役目なんだ。

 僕はあくまで魔女と契約した愚者に過ぎないのだから。







***


 3年後、つまりはセレデリナと出会って9年目。


 また彼女が帰ってきた。

 家のリビングでのんびりしているセレデリナに僕は――ホットコーヒーを振舞う。

 香ばしい香りの、カップに入った熱々の黒い、人の心を落ち着かせる魔法の飲み物を。



「えっ、どうしたの急に……」



 前に苦いのがダメだと言っていただけあって、セレデリナは案の定嫌そうな顔をする。

 もちろんそんな反応、僕は織り込み済みだ。



「じゃじゃーん、これ、なんだと思う?」



 彼女に見せつけてやった。

 白い液体の入った大瓶を。



「――それって」



 そう、ミルクだ。


 なんと僕は、有り余ったお金の使い道を考えに考え、山に牛牧場を作った。

 これならミルクの確保にも困らず、しかも搾りたての新鮮な物を提供できる。


 もちろん牛の手入れは欠かせていない。

 ここ最近は、研究題材を定めたあとはセレデリナが家に来るのを待つ期間に入り、暇を持て余すような仕事になりつつある、だから彼女のために思いきったことをしてみた。


 それにコーヒー豆だって、普通じゃ手に入らない国外の高級品を輸入した。

 僕は最高のコーヒータイム環境を完成させたのだ。



「ハハハハハハハ」


「どうしてそんな笑うんだよ」


「いや、エマの愛が重すぎて笑っちゃっただけよ。アタシとコーヒーを飲むためにだけに牧場を作るだなんて」


「僕ってそんなに重いかい!?」



 何がともあれ、セレデリナはミルクで割ったコーヒーを美味しく頂いてくれた。


 まだあまり冷めてもいないのに豪快に飲み干すセレデリナ。

 その姿には惚れ惚れしてしまう。



「僕は単に君と好きな物を共有したかっただけだよ」


「ふふっ、そこまで言ってくれるのは嬉しいわね」



 この年、僕らは新しい2人の時間を手に入れた。








***



 今年の論文発表は目立った質問もなく、僕の話を全肯定するように皆聞いていた。

 なんだか癪だ。薄気味悪い。



「おお魔女様!」


「流石は魔女様です!」


「魔女様すごい!」


「今回の発表は大きく歴史が動きますぞ」



 うるさいうるさい!

 僕は魔女なんかじゃない!

 勝手に人を神聖視して崇るな!


 もうセレデリナをここに連れてきた方がいいかもしれない。

 匿名の協力者は彼女だって突きつけてやらないと。


 しかも……



「キミが例の魔女、エマ・O・ノンナだな?」

 


 行事が終わった帰り道、僕の前にスーツ姿ながら腰には剣を据えた男が声をかけてきた。

 ひと目でわかる。彼はこの国の王に従える側近騎士だ。



「王から命だ。あの山から離れ、宮廷にて王家直属の学者になれ」



 彼の言葉は、客観的に見ればあらゆる学者が求める世界最高の誘いだった。

 言い切った命令口調。おそらく断る選択肢はないんだろう。

 けど、



「嫌だ」



 僕はセレデリナと一緒にいられるあの山暮らしの環境を理想としている。この手の話は基本的に付き添い人の存在を許しはしない。

 だから断ってやった。



「そうか……」



 側近騎士は嘆息したものの、ひとまずは引き下がってくれたようだ。

 しかし、この選択は後々に起きる大きな事態の引き金となってしまう……





***


 翌年、つまりは僕とセレデリナが出会って10周年の年。

 また彼女は帰ってきた。



「ただいま……ってえええええええ!?」



 セレデリナは山に着いた途端、とても大きな声を挙げて仰天した。

 それは僕が仕掛けたサプライズが原因だ。


 僕は山に新たな畑を作った。家のすぐ側の空いたスペースに。

 そこに植えたのは――半分が僕の手でだけで研究してきた植物。

 そして、もう半分がセレデリナが来てから研究した植物だ。



 ……それらは半々に別れ、ハートの形で描き生えている。




「これが僕にできる最大級の愛情表現だよ」



 当然栄養素を奪い取りかねない『カミクイダケ』は植えていない。中途半端だけど、この精一杯は伝わってくれるはずだ。

 これを前に、セレデリナは一瞬引いた顔になり、やれやれとしながら答えを返す。



「ハハッ、エマって本当に不器用ね。こんなのなくたって、アタシにはこの居場所さえあれば充分なのに」



 どうやら僕のサプライズは大胆に滑ったようだ。

 僕一人の人生と、セレデリナに出会ってからの人生。その両方を繋ぎ合わせた最高の芸術だと思ったのに。


 でも、見せたい人はキミだけだった。なら心に届かなかった時点で僕の負けでしかない。


 僕はやれやれ、と頭を掻きむしりながら少し後ろめたい気持ちで彼女との距離のとり方に困り始める。


 ただ、やっぱり、セレデリナは僕よりも前に出てリードするのだ。



「でもね、そういう不器用なところは大好きなのよ。完璧じゃ面白みなんてないもの」



 そう言いながらセレデリナは目を離した隙には僕の間合いに入ってきて、気付けばハグされていた。

 そんな攻め方をするから、余計に好きになっちゃうんだよ。自分でもわかってるくせに。



「セレデリナはいつもずるい」


「ふふっ。まあ気持ちは伝わったわよ。だから改めてこう返事しましょう。愛してるわ、エマ」



 そうやって今日も今日とて僕を口説き落とす。

 勝てない。彼女には何をやっても勝てない。それを気付かされてしまった。






***


 その日の夜、僕はセレデリナと同じベッドの上で語り合っていた。



「でさ、みんなよりにもよって僕のことを魔女だなんて言うんだよ。信じられないだろ?」


「でもまあ、〈里人種エルフ〉は〈人種ヒューマン〉の10倍以上の時を生きるんだし、もとより魔女みたいなものじゃない? 色々と都合のいい言葉なのよ、きっと」


「なるほど、その考えは僕になかったよ。ありがとう」




 内容は単なる僕の愚痴だった。

 そもそも世界を旅するセレデリナに対して、僕は山にこもりきり。ここ最近は遠出するのは基本仕事だからセレデリナと一緒だし、買い出しも学会に合わせて年に一度行くぐらいだから、僕のレパートリーは皆無だ。


 ただ、相談したいことがあったのを思い出した。今しておこう。



「ねぇセレデリナ、今年の論文発表に付き添ってくれないかい? やっぱり、僕は魔女じゃなく、匿名の協力者であるキミこそが魔女だってみんなに知ってもらいたいんだ」




 急に切り出した話題を振ってしまったのもあってか、30秒ほどセレデリナは無言になる。

 僕が緊張で胸が張り裂けそうになる中、口を開くと、



「嫌よ。その手の名誉はあるだけ無駄だし。欲しいのは世界最強の証明だけ、わかった?」



 否定と同時に僕を問いただした。

 流石にここは食い下がろう。

 僕のわがままを聞いて貰ってばかりになるのも悪いからね。



「そうだ、言い忘れてたんだけど、自慢したいことがあるの」


「へぇ、なんだい?」


「アタシ、ついに魔王と戦ったわ!」


「嘘でしょ!? 世界最強だよ、彼!?」


「アタシだって世界最強よ。それをついに証明する時が来たってだけ」


「まあ。それもそうだね。それで結果は?」


「引き分け。単に世界最強が世界に1人増えただけって結果になっちゃった」


「それは残念……と言いたいところだけど、おめでとう、かな、ここで言うべきは。セレデリナは本当に目的を果たしたんだから」


「ま、実際そうだし、この功績は嬉しい限りよ。ありがとね」



 それからも、2人の長い夜は続いたのだった。






***


 今年もセレデリナと別れる時がやってきた。

 僕は、いつもならここで涙を流さない。

 なのに、今回だけは滝のように涙を流しながら彼女を見送っている。



「んもう。いい加減泣くのはやめなさいって。鼻水出てるわよ」


「だっ、だってぇ〜〜〜〜」



 見送る側なのに1時間は宥められ、まともに送り出せないでいる。

 何故だろう、泣くのをやめられない。理由もわからない。



「この花壇と一緒にキミを待ってるよ」


「ほぼ畑でしょ、それ。花より草の方が多いじゃないの」


「ははっそれもそうだった」



 しばらくすると流石に僕も落ち着き、手を振りながら山を離れていくセレデリナを見送った。

 また長い、何も無い時間が始まる。

 まあいいや、牛でも育てて気長に待てばいいんだし。


 どうせまた会える。だからか、お互いに『さよなら』を言うことは無かった。




 ――これが、僕とセレデリナが交わした最後の言葉だ。






***


 1週間後、僕は次に提出する学会のための論文をまとめていた。

 時刻は夜、牛たちは眠り、僕は静寂に包まれたこの時間に作業するのが大好きだ。そこは自分だけの世界であり、1枚の紙とペンに全神経を集中させられるから。


 だけど今日、その世界も、それ以外のすべても、何もかもが崩れ落ちる。



 ワー! ワー!



 何故か家の外から人の叫び声が聞こえてきた。

 それも大勢。数十人はいる気がする。


 王国の方で何かあったのだろうか、僕は気になって外へ出てみた。

 僕の視界に入ったは、腰に剣を据え西洋甲冑を着込んだ〈人種ヒューマン〉の集団で、皆が皆手に松明を握りしめている。


 彼らは僕を見つけるや否や、とんでもないことを叫び出す。








「いたぞー! 魔女だー!」







 僕のことを称えるためではなく、()()()()()()()()として“魔女”と呼んだ。



「一体どういうことなんだい!?」


「どうもこうもあるか!」



 リーダーらしき男が叫ぶと、ほかの者も「そうだそうだ!」と呼応していく。

 彼らの双眸そうぼうは殺意に満ちている。


 逃げなければ殺されるだろう。


 なのに、足が動かない。


 ああそうさ、僕は非力さ。魔法も使えない、武術の覚えすらない、運動もぜんぜん出来ない、セレデリナとは全てが真逆の弱い女だ。こういう場で抗う術なんてひとつも持っていない。



「なんだ? この芸術のなり損ないみてぇなのは」



 膝が震え、立ちすくむ僕を見つめる兵士たち。

 そんな彼らのうちの一人が僕のハート畑に向かって松明を投げ入れた。



「あああああぁぁぁぁぁぁあッッッッッ!!!!!!!!」



 当然燃え上がり、ハート畑はほんの一瞬で燃えカスとなりこの世から消え去る。



「セレデリナへの愛の芸術がー! なんてことをしてくれるんだー!」


「恋人の名前か? おめでたい魔女だ。そいつも見つけ次第殺してやる」



 泣き叫ぶ僕を無視して、彼らの破壊行為は続く。


 大事に育ててきた牛たちが剣で斬り殺され、牧場や他の畑。そして僕の家に松明の火を投げ入れられていく。


 僕の人生も、

 セレデリナと出会ってからの人生も、

 その全てが炎に焚べられていく。




「放せ、放せよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」



 彼らは僕の身体を縄で拘束し、山の下へと連れさろうとした。

 力の差は歴然、抗いようがない。


 その中で、山の至る所へと松明が投げ捨てられてゆく様が視界に入った。


 今、僕が築き上げてきた物も、支えてくれた物も全てが炎に焼かれ消えて無くなる。

 僕が僕でなくなっていく。


 苦しい。

 辛い。


 これも全て、魔女と契約した代償なのだろう。

 僕は今、それを払っているだけなんだ。



 ――そんなの嫌だよ!



 自分の中でこうなる未来はいずれ来る。覚悟だって決めていた。


 なのにどうだ? 現実は予想を遥かに超えて残酷だ。

 こんなの耐えられない。嫌だ。嫌だよ。

 

 ……それでも僕は決して、セレデリナに助けを乞うような言葉だけは叫ばなかった。

 今彼女に頼ることこそ、セレデリナという魔女を否定してしまうような気がしてしまったから。

 

 



***


 ショックのあまり少しを気を失ったようで、目を覚ますと僕は……都市の中央で高く磔にされていた。



「これより王の名により、“魔女”エマ・O・ノンナの火刑を行う」


「魔女めがー!」

 

「焼かれて死ねぇ!」


「俺たちを騙しやがってー!」


「消えろー!」



 下を見下ろすとどこか見覚えのある王国の民衆たちが何千と囲み僕を大声で罵っている。

 アレだけ魔女様だとか崇拝してきたクセに、なんて手のひら返しだ。


 確かこの国の王は民から信頼されてこそいるものの、その実、自分の思い通りにならない事が起きると個人をどこまでも追い詰める性格の悪い男だと聞いたことがある。

 そのことを踏まえて推理してみると、僕は彼の宮廷に所属して働く科学者になるのを断ったがばっかりに目をつけられ、王の力を以て『エマは嘘つきの魔女だ』とあの手のこの手で吹聴ふいちょうされ、皆が信じてしまいこうなったんだろうたんだろう。


 証拠に、学会で顔合わせる学者のおっさんどもが中心になって集り、まるで自分たちは被害者を代表していると言わんばかりの態度を示している。



「ざまぁみろ! クソ〈里人種エルフ〉!」


「女の分際で成り上がりおって!」


「俺らの勝ちだ、このクソ魔女が!」



 間違いない、こいつらは王と協力して嘘を伝播したんだ。

 成り上がる僕に嫉妬して、潰せるチャンスに乗じたに違いない。

 多分山から降りてなかった1年の間に、僕の論文は難癖を付けて否定され、事実は最初から誰かの盗作だったことに変わり果て、全て無かったことにされていた。


 わかっちゃったな。今更だけも。

 追い詰め続ける現実。でも、まだまだ苛烈に人々は僕を虐げる。


 しかも、石を投げてくる奴まで現れた。


 痛い、やめてくれ。

 ただでさえ理不尽に殺されるのに、痛いのなんて本当に嫌だよ。


 最後の最後にこれって……受け入れられないよ、こんな人生。








 ――そうか、これも全部セレデリナに出会ってしまったせいだ。







 彼女を拾ってしまったがばっかりに、魔女と禁じられた契約が交わされ、本来得ることの無いはずの力《結果や実績》を得た。

 これはその代償なんだ。



 でも、何でかなぁ。



 全然、セレデリナのことを嫌いになれないや。

 僕は好きなんだよ、彼女のことが、何があっても、()()()()()()()



「魔女め、今から焼け死ぬんだぞ。最後に言いたいことはないか?」



 セレデリナのことを考えているうちに、処刑人と思わしき男が松明を手にし、僕に辞世の句を述べろと指示している。

 別に無視してもいい、口にしたところで死ぬ運命は変わらない。


 ……いや、一言だけ言いたいことがある。


 これは今更だし、ここで言う意味が無いのだって分かってる。

 それでも、僕はキミに言い忘れた言葉を送るよ。



「さようなら、セレデリナ――」





































***



 翌年、アタシはいつもの時期になったので、魔法で空を飛び、エマのいる山へと降り立った。

 やっぱり自分の居場所が世界の中にあるっていうのは違うわねぇ。

 ま、寄る国々で問題起こして嫌われ者になってるアタシが悪いんだけど。

 今はのんびり休むわ、エマに話したい旅の話も沢山あるんだから!



「エマ、ただい――」








 そんな浮かれるアタシの目の前に広がっていた景色は……なにもかもが見るも無惨に変わり果ててしまっていた。



「どうして……何があったのよ……」



 まず、緑がない。自然がない。

 いや、それどころか、家もない、牧場もない、あの馬鹿みたいにダサいハートの芸術品もない。



 山には()()()()()()()()()()()()()()()()



 アタシは全身に寒気を覚え、恐る恐ると山を降りて下の王国へと向かった。




***


「はぁ、ふざけんじゃないわよ! なんなのよこれ!」



 今アタシがキレた場所は街の本屋だ。

 そこには童話本として『“嘘つきの魔女”エマ』なる本が陳列されていたのだから。



「魔女が死んでもう1年か。時間が経つのは早いな」


「あんな嘘つきのこと想う必要ねぇだろ」


「嘘の論文で成り上がって大富豪、そして最後はバレて火刑? まさに魔女って人生感じだよな」



 街の民衆の声に耳を傾けてみると、より胸糞悪い気分にさせれてしまった。

 誰も彼もが、エマの悪口を言っている。


 ていうか何!? 死んだ!? エマが!?


 信じられない事実を突きつけられたアタシは、必死になって国中を駆け回った。

 本当に死んだのなら墓ぐらいはあるはずだ。探さなきゃ、エマが()()()()()を探さなきゃ。


 ア タ シ の 大 好 き な エ マ が 本 当 に 何 者 で も な く な っ ち ゃ う じ ゃ な い の。


 そんなの絶対に嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。









***


「ハハハハハハハ!!!!!! ハーハッハッハッ!!! こんなことって許されんの!?」



 アタシは世界最強の女。

 街を一周するには1分もかからなかった。


 そして、()()を見つけてしまう。

 あまりのショックに強く地団駄を踏んだ。受け入れられないわよ。こんなの。


 だって、

 だって、


 目の前にあったのは、地面に放置され『“嘘つきの魔女”エマ・O・ノンナ』と札をかけられた頭蓋骨だったから。


 信じられない。信じたくない。こんなことが起こった現実を。

 きっとアタシのおかげで成り上がったエマが誰かの反感を買って恨まれて……最終的にはあるっことないことを言われ続けながら全てを奪われ焼き殺された。そんな悲しいシナリオなんでしょうね。


 ええ、わかったわ。

 アタシのやるべき事を。


 忘れてはいけない。アタシの2つ名は〈大炎の魔女〉。この国を焼き尽くしてあげるわ。



「だから手を貸して、エマ。一緒にこんな世界《国》、めちゃくちゃにしましょう」



 彼女の頭蓋骨を右腕に抱え、アタシはエマと二人一緒に魔女になった。




***


 アタシは元々エマのことが好きじゃなかった。

 不器用だし、童貞臭いし、友達もいないし、あんまり関わる気にはなれなかったけど、一宿一飯の恩義ができたものはしょうがない。成り行きで恩を返してみれば大喜びされて、ちょっとこの娘に付き合ってあげてもいいかなと思えてきたの。


 それから縁を深めていくと、エマは私のことが愛を持って好きなのだと読み取れた。

 じゃあ、とデートに誘ってみたらこれがまた楽しくて、もっと一緒にいたくなってしまった。


 だから、恋人関係になろうかと無理矢理キスをして、断りにくい雰囲気まで作った上で告白した。そしたらあの娘は当然のようにイエスと答えたのよね。チョロくて、可愛かったわ。


 以後、彼女と年に一度仕事を手伝う形で会うのが当たり前になった。

 あの日々は楽しかった。

 1年、また1年と距離が縮まっていく。

 エマと触れ合うことでアタシの心も大きく形を変えていって、気付けば最初に嫌いだった部分が全部好きになっていた。


 本当に大好きになったのよ、エマのことが。何もかもを許せるぐらいに。


 特にあのハートの花壇には驚いたわ。ホントぶっさいくなのに、気持ちはこれでもかと伝わる。ほんの一瞬だけだけど、この娘となら一生を通して一緒にいたいとさえ思えた。



 ――なのに、あの娘は王国に殺されたしまった。



 すべてを奪われて、消えてなくなった。


 アタシはもう1000年は生きている、その中で旅を続けて来た分恋愛経験も1人や2人なんて数じゃない。

 ただ、彼女たちと別れる時は、寿命の差か、単に喧嘩別れか、ありきたりで些細な、お互いに諦めのつく理由しか今まで経験してこなかった。


 なのにエマは……エマは……アタシの見えないところで、殺されたんだ。


 納得がいかない。

 受け入れきれないこの事実にアタシの怒りの心はすべてを焼き尽くす焔の如く燃えている。


 もう誰もアタシを止めることなんてできない。

 こんな世界《国》は滅んでしまえ。










***


「〈セカンド・ファイアレイン〉ッ!」


 アタシはあらゆる中級魔法を詠唱なく、無制限に使える。なんてったって世界最強の()()だから。

 唱えたのは小さな太陽を天に呼び出し、そこから無作為に炎の雨を降らせる魔法。



「きゃああああああなによあれええええええ」


「魔女だああああああああああああああ」


「逃げろおおおおおおおおおおおお」


「ぎゃあああああああああああああ!!!!!!」



 この雨は住宅、飲食店、道具屋、武器屋、役所、あらゆる建物に触れては着火させ、手始めに半径100mは火の海にした。

 人間に当たろうがお構いなしだ。火だるまになった人影が視界にこれでもかと映っていく。



「女子供? 種族? 観光客? そんなのは関係ないわ。貴女を何者でもない人間したこの世界《国》はすべて消えるべきなの」



 エマの亡骸を抱えながら、語りかけるようにアタシはつぶやく。


 今までの長い人生、好き勝手にしてきたけど、虐殺なんてしたことなかった。

 別にやっていて気持ちいいとも思えない。でもしないといけないの。


 エマのために。ええ、エマのために。



「あれは〈大炎の魔女〉か!? 今すぐ殺せ! ヤツを逃すなー!」



 そういえばアタシは11年前、この国でグーラレルーナ伯爵とかいう貴族セクハラ発言をされて、苛立ったからと顔面が変形するまで殴ってお尋ね者になっていたんだった。そのせいで顔が割れてるのよね、どの施設でも。

 あの時は食べ物の確保に困ったりで大変だったけど……そんなのは関係ないか。


 なんてたって、今、目の前には西洋甲冑を纏った国の兵士たちが剣を構えてアタシを取り囲んでいる。


 こいつらをどうしてやろうかしら。

 うん、そうね、火刑よね。


 この国そのものを火刑に処す。それがエマとの正しい別れができなかったアタシの使命なんだから。



「〈セカンド・ファイアストーム〉ッ! 〈セカンド・ファイアストーム〉ッ! 〈セカンド・ファイアストーム〉ッ! 〈セカンド・ファイアストーム〉ッ!」



 狙いすました場所から炎の竜巻を出現させる魔法を同時に4つ唱えた。アタシを取り噛む四方すべての兵士を巻き込んでいく。これは、詠唱破棄ができるかこその荒業だ。



「あついっあついっ」


「あがっ」


「嫌だあああああああああああああ死にたくないいいいいいいいい」



 炎に触れた兵士は踏んずけられる虫の大群が如く勢いで次々と焼け死んだ。加えて、竜巻の中にいた兵士もまた、周囲の気温が何百度と上昇した状態となり甲冑が熱伝導を起こして蒸し焼き状態となり溶けて鎧と骨だけになる。


 これも一種の火刑でいいわよね。


 手をパンパンとはたきながら、ここでの火刑は一旦終わりとした。




***


「〈大炎の魔女〉よ、お前と勝負を望みたい」


「ふぅん、骨の有りそうなやつもいるのね」



 次に燃やす場所を探していると、目の前に武道着の男がなにかの拳法を構えて立ちふさがった。


 きっと旅の武闘家かなにかでしょう。

 魔王を引き分けに追い込んだアタシと勝負して、あわよくば勝って名声もほしいとか、そんな強欲なヤツ。



「『我が魔の力よ、魔法を防ぐ結界を創り給え』〈セカンド・マジックフィールド〉! さあ、お前は中級以上の魔法は使えないはずだ、それに近づけば拳で対処する、詰んだに等しいなぁ!」



 男は顔を合わせたかと思えば魔法を詠唱し、中級以下の魔法をすべて無効化する結界魔法を展開した。



 ――なんだ、そんな程度の魔法が通用すると思ってる雑魚かぁ。



 アタシはその手を事前に察知し、相手が魔法を詠唱するために口を開いた瞬間に距離を詰めて肉薄したていた。



「魔法も武術も全然ダメ。-100点」


「なっ!?」



 武術を使わせることもなく、首を掴んで天へと掲げていく。


 アタシは古今東西あらゆる武術をマスターしている玄人よ? なんでこいつはただの魔法使いだって解釈したのかしら。バッカみたい。


 普段ならいずれ立ちはだかる新たなライバルになる事を祈って死なない程度に首を絞めて終わりにするけど……



「〈セカンド・イグニション〉」



 今回はみんなみんな、火刑に処さないといけない。

 手を媒介に一瞬だけマグマに等しい熱量の炎を発する魔法を唱え、武闘家を消し炭にした。

 


「次は王様かしら。ふふふふふ、逃さないわよ」



 エマの亡骸と一緒に、笑いながら街に大きくそびえ立つ宮廷へと足を運び、その過程でも街や人を燃やしていった。






***


「〈大炎の魔女〉が侵入してきたぞー!」


「王の元へ近づけるなー!」


「邪魔よ。〈セカンド・フレアボール〉ッ! 〈セカンド・フレアボール〉ッ! 〈セカンド・フレアボール〉ッ!」


「ぐわぁぁぁぁぁあ」


「やけしぬうううううう」


「だずげでええええええええええ」



 アタシはこの国の宮廷へと侵入し、波のように押し寄せる兵士たちを前に、等身大の火球を飛ばす魔法を押し付けてドミノ倒しのように燃やしていく。



「……なに!? 〈大炎の魔女〉!?」



 そうやって兵達を焼き殺しながら宮廷の中を駆け回っていると、金色の冠を被り、赤いマントを身に着けた王様らしき男が城から逃げている姿を見つけた。


 ラッキー! わざわざ探さなくて済んだ!

 


「や、やめろ! わしには家族がいるんじゃ! これ以上殺すのはやめてくれ」



 いきなり命乞いをしてきたけど、なんだろう、まともに対応するのがめんどくさいわね。



「知らないわよそんなの。そんなこと言い出したら、アタシにだって肉親ぐらいはいるっつぅの! 〈セカンド・フレアボール〉」


「あがあああああああああああああああああああああああああ!!!」



 エマの亡骸にしっかりと燃え盛る王様の姿を焼き付けてあげた。


 どう、貴女を苦しめた国の王様が死んだわよ?


 え、そっか、まだ足りないんだ。


 そうよね。


 だから続けて、家族も全員、一族郎党すべて焼き殺してやった。

 慈悲? そんなのを持つのはエマに失礼よ。




***



 案の定学者たちにはコミュニティがあるのか、一箇所に集まって隠れていた。

 アタシに見つかると、彼らは一目散に逃げ出す。


 彼らもきっとエマを追い詰めた犯人の一角だ、火刑に処さないと。



「なんでだ、魔女は消えたはずだろ!」


「それがね、本当の魔女はアタシだったの。〈セカンド・イグニション〉」



 逃げ惑う彼らよりアタシの方が足が早い。

 一人一人追いついて、首を掴んで発火魔法で消し炭にしてあげた。


 この魔法の瞬間火力は凄まじく、発動と同時に即死してしまう。けど、おかげで仲間たちが断末魔をあげる隙もなく死んでしまう姿に恐怖していく顔が見れるんだから、これもこれで最高ね。


 そして、最後のひとりになった時、その学者がこんなことを言ってきたのは印象深かったわ。

 


「か、金ならある! 王から資金援助を貰ったんだ、な、な?」


「は? 〈セカンド・イグニション〉」



 もちろん気に入らないから燃やしたけど。


 今はお金なんて不必要。

 そんなのでエマが帰ってくるわけじゃないもの。




***



「ぎゃあああああああああああああ」


「もう嫌だあああああああああああああああ」


「目が、目が焦げてるうううううう」


「腕がああああああああああ」



 ここは、鳴り止まぬ悲鳴が街中を包み、死屍累生の四面楚歌な世界だ。

 更に、時間が経つにつれ耳に響く人の悲鳴が、じわじわ、じわじわと、炎がメラメラと燃え、建物が崩れ落ちる音へと変わっていく。

 燃えていない建物は存在しない。これで終わったんだ。



「どう、エマ。いい景色でしょ」



 そんな私に、






 ……エマの声が聞こえてきた。



『いや、それでも足りないッ!』



 ああ、なるほど。

 何者でもなくなったエマは、この国自体を完膚なきまでに消してほしいんだ。

 ええ、きっとそういう意味なんだわ。間違いない。



「〈セカンド・アースクエイク〉ッ! 〈セカンド・アースクエイク〉ッ!! 〈セカンド・アースクエイク〉ッ!! 〈セカンド・アースクエイク〉ッ!!!」



 彼女の声に従い、街の至る所に小規模の地震を引き起こす魔法を叩き込み、建物を丁寧に崩していく。


 

「〈セカンド・マグマフレイム〉ッ! 〈セカンド・マグマフレイム〉ッ!! 〈セカンド・マグマフレイム〉ッ!! 〈セカンド・マグマフレイム〉ッ!!!」



 そして溶岩を生み出す魔法で崩れた瓦礫をチリひとつ残らずこの世界から消し去っていった。

 







――

――――

――――――



 気づけば、国も、人も、あの山も、すべてが無に帰した荒野へと変わり果てていた。


 これでいい。すべては終わった。

 魔女としてアタシができることは全部やったんだから。

 ええ、この亡骸エマも満足したみたいだわ。



 あぁ………………、そうだ。



 私、貴女に言いそびれてた言葉があったわね。

 一度瞬きをしつつ、小さく、ポツリとアタシはつぶやく。





「さよなら、エマ――」





 その言葉を最後に、エマと唇を重ねた。














最後まで読んでいただきありがとうございました。


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本作は現在準備中の長編小説を書く準備として、遠い過去にあった話を書こうとして執筆致しました。

そちらは本作のセレデリナがヒロインとして活躍し、最強と最強がぶつかり合う爽快なバトル!バトル!バトル!を繰り広げる作品になります。


なので、投稿は来年の4月以内を予定にしていますが、もし感想などをいただければモチベーションが大きくあがり、そちらの長編を投稿するまでのペースが変わる可能性があります。

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