冒険者 その1
黒茶の熊がこちらを威嚇している。
この熊は依頼されている個体だろうか?
特徴は、片目を負傷しているから左目が半分ほどしか開かないと言っていた。
なるほど、聞いていた通りの外見だ。
今回の依頼は、目の前にいる動物の駆除。
すでに八人が犠牲になっている。
熊がこちらに一歩分距離を縮めてきた。
巨体が動く度に、踏まれた枝がパキパキと音を出す。
目を閉じ手を合わす。
これから強制的に命を奪わなければならない。
お詫びの意味を込めて合掌する。
この動作にはいろいろな意味があるらしい。
一緒に住んでいる閃光さんが教えてくれた。
ガキーン
目の前で何かが弾かれる音がする。
ゆっくりと目を開く。
約一メートルの距離に巨大な猛獣が二本足で立ち上がっていた。大きい。おそらく三メートル以上あるだろう。
先ほどの音は私が目を閉じていたスキを狙って襲ってきたのだろう。なかなか賢い。
でも、その程度の攻撃は私には届かない。
目の前に青くて透明な長い棒状のものが浮遊している。
注意深く観察すると、それが剣の形をしている事に気付くだろう。
そう。これは剣だ。
先ほどの熊の渾身の一撃を受け止めたのはこの青くクリスタルの様に美しい剣。
名前は『蒼の剣』。
私は……えーと、私みたいなの冒険者って言うのかなぁ……
まぁいいや。冒険者って事で。
あらゆる依頼をこなす、まぁ便利屋さんとも言うかもしれない。
で、目の前の猛獣を駆除するというのが今回の依頼だ。
再び、獣が腕を振り上げる。四メートルから振り下ろされる爪は脅威に違いない。
実際、こんなのを食らったら私も即死してしまうだろう。
ガッキーン!
先ほどよりも激しい音が響き渡る。
「ありがとう蒼の剣」
この子は私のパートナー。
いつも私の事を守ってくれるんだ。
言葉は交わせないけど心は通じ合っている。
「仕留めます」
手を前に突出し、蒼の剣に語りかける。
その一瞬で熊は動きを止めた。
首を切り落とした手応えはある。
いつもそうだが、蒼の剣の剣速が高速すぎて獲物の亡骸が硬直したままになるのだ。
「ねぇ……ちゃんとお亡くなりになってるわよね?」
斬ったあたりから血が流れ出てきてるから絶命はしていると思う。多分。
地面を蹴り、ゆっくり三メートルほどまで浮き、熊の頭に袋を被せる。
「重たっ」
確かに首は切断されている。
首をずらすと血液が湧き水の様に吹き出して来た。
ズドーン!
血液の重さを失い、バランスを崩した巨体が轟音を辺りに響かせ地面に倒れる。
死体は森の動物が処理してくれるだろう。
熊の肉を食べる文化はあるので持ち帰ってもいいが、人を食べた熊を誰が食べるだろうか。今回はこのままにしよう。
空を見上げると太陽が真上に見える。
そろそろお昼の時間かもしれない。
「これでいいわね。さぁ、帰って報告しましょう」
熊の頭が入った袋の口を厳重に縛り、蒼の剣にくくり付ける。
そして、そのまま上空に飛び上がった。
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