番外編 女坂探偵事務所 根坂間薬師の奮戦記 代理護衛 その1
普段から少し体を鍛えておくべきだったかもしれない。
ムキムキのマッチョになるまで筋トレする必要ないかもしれないが、咄嗟な出来事に反応出来るくらいの身体と精神力は持っていてもいいのかもしれないと今となっては思う。
最近の移動は車を使うことが多いし、体を使うとはいえ仕事は聴き込み調査やデスクワークが多くなっていた。
それでも体のメンテは怠らなかったし、毎日の栄養摂取には気を使っていた。睡眠時間も充分に取れていたし、ストレスは……まぁ、上司のことで少しはあったが、上手い具合に解消をしていた。
こう見えて自分は健康主義なのだ。
まぁ、それは置いておいて……
自分の健康第一生活。
この局面では何の役にも立たなかった。
それにしても……さすが水道真琴が押さえるスイートルームだ。絨毯がフカフカだ。液体をみるみる吸い取っていく。
赤い絨毯だからどれくらい吸収しているかもわからない。
「根坂間さぁん!根坂間さぁん!ゆうきがぁ‼︎」
視界のの片隅に、床の上でうつ伏せに倒れている少年がうつる。
わかっているよ出縄早紀。今なんとかするから……そんなに急かさないでくれ。自分も血がドバドバ出てて動けない。
それは一瞬の出来事だった。
護衛役の早坂凛が別件で席を外す。
「根坂間さん。二時間ほど別件で抜けますので、後はよろしくお願いします。誰が来ても扉は開けないように」
そういう注意喚起を残し、早坂凛はホテルを出て行った。
それにしても。
わざわざ会いに来たはいいが特に話すことはない。
まぁ、早坂凛がもどるまで適当に時間を潰そう。今日は様子を見に来ただけだ。
コンコン
「ルームサービスお持ちしました」
ノックと同時に、扉の向こうから顔馴染みになったホテルマンの声がした。
こんな高級ホテルのルームサービスなんて一体いくらするんだ?これも経費で落ちるのだろうか。
「はぁい!いま開けますね」
出縄早紀が応対しようと立ち上がる。
妊婦なのだから、何もしていない自分に頼めばいいのに。
もしかしたら、顔をあわせるのが久しぶりすぎて、ちょっと気まずいのかもしれない。
実際、自分がそんな感じだ。
「出縄さん。自分が出るんでいいですよ。妊婦さんなのだから安静にしていてください」
「あっ、はいお願いします。ありがとうございます根坂間さん」
いつもの笑顔でお礼を言われた。
大きすぎる問題を抱えていながら。まわりを心配させない為の笑顔。
「ほんとうに無理しなくていいんですよ」
出縄早紀をソファーに座らせる。
トントン
再びドアがノックされる。
「はいはい。いま開けますよ」
ドアのロックを外す。
んっ?何だ……何か嫌な気配がする。
『誰が来ても扉は開けないように』
早坂凛が残していった言葉が脳裏をよぎる。
誰が来ても……誰が来ても……