番外編 女坂探偵事務所 根坂間薬師の奮戦記 早坂凛 その2
「大人になったじゃない薬師くん」
事務所で報告書を作っていると背後から声がかかる。水道真琴だ。
「ぼくは元々ごく普通の成人男性ですよ。いまさら大人になったとか言われるのは心外ですよ。真琴さんみたいに陰険な皮肉は言えるほどは大人ではないですが。これでも立派に生きていると自負しています」
誰でもわかる皮肉を混ぜたつもりだか、このパーフェクトウーマンには通じないようだ。口元に浮かぶ余裕の笑みは普段通り変わらない。
「そんなに強がっちゃって。ほんとは今すぐにでも早紀ちゃんの様子を見に行きたいのでしょ?でもダメよ。依頼人との色恋ざたは禁止だから」
冗談めいた口調だが、目が笑っていない。
「何言ってるんですか?流行りの恋愛ドラマじゃないんですから。ちゃんと立場をわきまえていますよ」
あたりまえの様に余裕ぶって答えてみたものの。どうせ水道真琴はすべてお見通しなのだろう。それが証拠に、彼女の口元から笑みは消えていない。彼女にとって自分は、容易く扱える子供みたいなものなのだ。
水道真琴が言うように、出縄早紀とゆうきの事が気にならないと言えば嘘になる。本音を言ってしまえば今すぐにでも会いに行きたい。たが、それは恋愛感情などではない。あの二人の苦しむ姿を目にしてしまったからだ。アレを見て見ぬフリなど出来はしない。
「ちょっと薬師くん?何ぼっとしているの?早紀ちゃんの顔が脳裏でグルグルしているのかしら。はいはい。あなたは自分の仕事を集中しなさい」
嫉妬するなら、もっと可愛げのある言葉を放ってほしいものだ。
「ご心配ありがとうございます。でも残念ながら抱えている案件は終わりました。これ報告書です。では、お先に失礼します。おつかれさまでしたー」
今しがた仕上げた報告書の束を突きつける様に水道真琴に差し出す。
くそっ。何かイライラしている。この態度は大人げないかもしれない。図星をつかれたとはいえ、水道真琴のいうことは正しい。依頼人という人間に過度な感情を抱いてはいけない。正論なだけに余計に腹が立つ。
「ちょっと薬師くん。待ちなさいよ。悪かったわよ。そんなにふて腐れないの。子供じゃないんだから。まぁ、薬師くんのそんなところも可愛いと思うのだけど。そんな薬師くんに免じて許しましょう。いいわよ会いに行っても。ギャラはでないけどね」
「はぁ?……えっ?……えっ?」
真面目に日本語の意味がわからなかった。
まさか水道真琴が出縄早紀との面会を許すだなんて。
完全に予想外だ。
「ちょっと。何よ。その反応は。私は優しいのよ」
「いや……まさか許可がおりるなんて。まだ信じられないのですが」
「他の任務で、護衛の凛が離れちゃうから誰か代わりを探していたから丁度良いと言えなくもないのだけれど。とにかく二時間だけだからね。そばにいてあげなさい。もちろん性的な干渉は絶対にダメだからね」
こうしてぼくは、自宅でふて寝する予定をキャンセルし、二人のいるホテルへと足をむけるのだった。




