番外編 女坂探偵事務所 根坂間薬師の奮戦記 ゆうき その1
リビングに行くと、出縄早紀とゆうきがドライヤーで髪を乾かし合っていた。
ゆうきはTシャツに短パン。出縄早紀は真っ白なバスローブ姿だ。ジャンプーの香りだろうか。ほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「根坂間さんおはようございます。真琴さんとお話し終わりました?」
「はい。その事で出縄さんとお話がありまして。今後についての事なんですが」
出縄早紀の動きが止まった。
「はい……わかりました。ゆうき。ちょっとベッドルームのテレビでゲームしてて。私もあとから行くから」
優しく微笑み、少年の頭を撫でる。
「わかったよ。薬師お兄ちゃんと大事なお話があるんでしょ。僕は大丈夫だから。終わるの待ってるよ」
「いい子ね、ゆうき」
少年は小走りにベッドルームに向かう。
「お兄ちゃん。早紀お姉ちゃんの事助けてあげてね。頑張って」
すれ違いざま、耳元で囁くような声が聞こえた。
(ゆうき?)
バタン
背後でベッドルームの扉が閉まる音が聞こえる。
あいつ、あんな大人びた喋り方できるのか。
「根坂間さん。お願いします」
出縄早紀がこっちを真っ直ぐ見ている。今まで見た事のない何かを決意した様な、そんな真剣な表情だ。この子は水道真琴からどんな説明をうけているのだろうか。
「出縄さん、あの……」
「わかっています。この子を守る為だったら、私は何だってしますよ。あの人を刑務所に入れる事になったとしても。私の最優先はこの子ですから」
こちらが話を切り出すよりも早く、彼女は自分の意思を言葉で示した。
「根坂間さん。私、真琴さんと沢山お話しして覚悟が出来ました。例え父親だとしても、この子の命を奪う権利はないと思います。だから今後、あの人が攻撃してきたとしても私は戦います。あの人がこの子の命を奪いに来たら、刺し違えてでも護ります」
出縄早紀は母親の顔になっていた。いつもの人懐っこくて、ただ明るいだけの女の子ではない。
「そこまで強い意志があるのであれば、僕から話す事はありません。出縄さんは強い女性なんですね。でも、差し違えたりはしないでください。子供には母親が必要ですから」
「わかってますよ。私の様に『おしとやか』のカテゴリーに入る女の子が男性に力で敵うはずないじゃないですか。そこはもちろん私の騎士である根坂間さんが守ってくれる事を信じてますよ。ふふっ」
彼女は笑いながら、いつもの調子に戻って……
「出縄さん……?」
涙が頬を伝って落ちていく。表情は普段の笑顔を作ってはいたが彼女は泣いていた。
「あれっ?私……なんで泣いているのかな?はははっ。おかしいですよね。頑張ろうって張り切っている最中なのに。おかしいな」
流れ落ちる涙を、バスローブが次々に吸収していく。
「私、この子の事守れるかな⁉︎ ねぇ根坂間さん!大丈夫かな私。こんな泣いてばっかの私があの子の事守れるかな?ねぇ!」
必死に我慢していた感情が一気に外に流れ出す。
「あんなに元気に成長したあの子に、こんな弱気な姿なんて見せられないよ!頑張らないといけないのに……頑張らないと」
あの子?元気に成長した?何の事だ?突然現れたいくつかの疑問に考えが迷走する。
「『あの子』って誰の事です?何の話をしているんですか?」
「ねぇ!あの子……ゆうきをどこから連れてきたんですか?どうしてあなたがゆうきを!」
ゆうき?あの少年が何か関わっているのか?
ばさっ
突然、出縄早紀が着ていたバスローブを脱ぎ捨てた。