番外編 女坂探偵事務所 根坂間薬師の奮戦記 天沼弘樹の処遇
「ねぇ、ちょっと……」
水道真琴の眉間にシワがよっている。
この人は一年中不機嫌だな。
「ねぇ薬師くん。気付いているのかしら。あれから二週間だけど、あなた毎日この部屋に来てるわよ。何が『たまに顔出しますね』よ。しかも、私じゃなくて早紀ちゃん目当てよね」
「ゆうきが一緒に夕飯食べたいって言うし。あと、お風呂も使わせてもらってすみません」
「人の話きいてる?なんか、利用されている感が拭えないのだけれど。私、あなたの都合のいい女とかにはならないわよ」
「わかっています。真琴さんをそんな風に出来ない事は承知しています。この件が終わったら必ず恩返しします。正直僕だけじゃ何も出来なかったでしょうし」
「まぁ、いいわ。で、本題なんだけど……」
そう。今日はお腹の赤ん坊の父親、天沼弘樹の処遇をどうするかの話があるのだ。今、この部屋には自分と水道真琴のみ。他の二人は仲良くバスタイムを楽しんでもらっている。
「結論から言うわよ。これから先の未来。出縄早紀と生まれてくるであろう子供の安全を確保する方法は……」
あぁ、嫌な予感しかない。二週間前に言われた言葉が蘇る。
『社会的に抹殺するしかないわ』
同じ結論が出てきそうな空気しかない。
「……この世から抹殺するしかないわ」
うわっ。さらに過激になっている。
「薬師くん。なんか不満そうな顔してるけど、伊達に二週間もかけて調査したわけじゃないの。しかも、この私の人脈を使って。話戻すけど、あの天沼弘樹って男。出縄早紀で三人目よ。前の二人も暴力で脅して堕させてるわ。いわゆる人間のクズってやつね。だからデリートしないとだめよ」
簡単に言うけど人を消すのって、そんなに簡単に出来るのだろか。
「その事を出縄早紀には話したのですか?」
「もちろん話したわよ。全部。そうしたら納得したわよ。まぁ、返事もらうまで一週間と三日もかかったけど」
なるほど。今日まで二週間もかかったのは、そういう事か。
「お腹の赤ちゃんと天沼弘樹とを天秤にかけた場合、当然だけど赤ちゃんの方を取るわよね、母親なら」
出縄早紀本人が納得しているならいいとは思うのだけど、本当に天沼弘樹が死んだら、彼女は重たい十字架背負って生きていかないといけないだろう。何とか別の方法を探してあげたい。
「それで?依頼主である薬師くん的には、この方針で進めていいのかしら?」
人を一人消そうとしているのに、こんな簡単な話し合いで決めていいのだろうか?
「ちょっと待って下さい。出縄早紀と二人で話をさせてもらっていいですか。こんな事、簡単に決められませんよ」
「あなた、彼女に入れ込みすぎよ。もしかして好きになった?もし、そうなら今すぐウチの仕事辞めて他所に行きなさい。あと、今回の依頼を最後まで完遂させた場合、あなた死ぬまでウチの奴隷よ。わかっているとは思うけど。サラリーマンの給料で払えるほど、ウチの事務所安くないわよ」
出縄早紀に惚れた?そんなわけないだろう。
あと金の問題も覚悟の上だ。
「彼女に特別な感情なんて一切ないですよ。報酬の問題も覚悟しています」
「まぁ、いいわ。出縄早紀との話し合いは今日中に終わらせてちょうだい。結論が出なかったら今回の依頼は、ここまででにさせてもらうわよ。ねぇ薬師くん。私を、いろいろと幻滅させるのやめてよね」
このままじゃ、本当に見捨てられてしまうかもしれない。だが、悪人とはいえ人を一人この世から消そうとしているのだ。
自分はいいが、出縄早紀が心配だ。
「じゃあ薬師くん。私は事務所に戻らないといけないから。また夜に会いましょう。お願いだから、ちゃんとしてよね」
そう言い残し、水道真琴は部屋を後にした。