番外編 女坂探偵事務所 根坂間薬師の奮戦記 水道真琴の仕事モード その1
寝室を出ると想像通り水道真琴が仁王立ちしていた。
「悪いけど話は聞かせてもらったわよ。さぁ、どうするの薬師くん」
仕事の時の表情だ。先程までの水道真琴とはまるで別人になっていた。
「まずは父親の居場所をつきとめます。そして……」
「お得意の力で言いくるめる……のかしら?それじゃあダメでしょ。全然解決になってない」
言おうとした事を見抜かれたうえ否定された。
「あのね薬師くん。一時的に今和解したとするわよ。でも彼女とその子供の人生は何十年も続くの。うまくいくはずないじゃない。また抉れるわよ絶対。父親の方を社会的に抹殺するしかないのよ」
おそろしい事をサラッと言う。
「でもそれは出縄早紀の望んでいる事じゃ……」
「だから無理って言ってるじゃない。妊婦に対してあれだけ冷酷に暴力を振るえる人間なのよ。あなたそんな事も分析できないのかしら。いつも冷静にすましているくせに全然ダメね」
わかっている。そんな事はわかっている。だけど……
「あとね薬師くん。あなたにそんな事やっている時間あるの?ウチの事務所の仕事どうするの。ウチの会社慈善事業とかやってないから。勘違いしてるようなら今すぐ正してちょうだい」
悔しいが彼女の言っている事は正しい。だけど、このまま出縄早紀を見捨てる事もできない。それならば……
「では真琴さん。正式に仕事として依頼します。もちろん料金も規定通り支払います」
これなら水道真琴も断れないし、自然な流れで協力もしてもらえる。
「へぇ、あなたウチの事務所の依頼料と成功報酬の額わかっているはずよね?それでそんな事言えるなんていい覚悟ね」
「伊達にボロアパートに住んで節約していませんからね、ははは」
最後の笑いはカッコつけのつもりでつけたのだが、一瞬支払い金額が頭をよぎり、渇いた笑いになってしまった。水道真琴がそれに気づき、嘲笑う様な笑みを浮かべている。この人の仕事モードはほんとうに容赦がない。
「それじゃあ薬師くん、ビジネスのお話は明日にしましょう。あの二人のダメージも大きいし。今日はこれくらいでお終いにしてあなたも休みなさい」
水道真琴がもう一つのベッドルームの扉を開ける。
「薬師くんも疲労がたまっているのだから、ちゃんと栄養と睡眠とりなさい。食事は手配してあるから。じゃあ私はもどるわね」
綺麗なターンできびすを返し部屋から出て行った。