すべての始まり
深い森の中。
まわりには膝の上くらいまで草が生い茂っていた。
あたり一面から虫の鳴き声がしている。こいつらは我々の気配を打ち消してくれる良き味方だ。
一見、自分一人の様に見えるが、この半径八メートル内に、隠密部隊が九人潜んでいる。
さらに後方、二百メートルには精鋭の部下三十人が我々の合図を待っている。
月明かりが枝の隙間をかいくぐり降り注ぐ。
その光の槍に当たらない様に細心の注意を払う。作戦前にこちらの行動を悟られて対応されたら、任務遂行に支障をきたす。
(何この記憶?ホーク?ホークの記憶なの)
疾走五秒の位置に大きな屋敷が見える。今回のターゲットだ。
そろそろか……
キュルルル
鳥の鳴き声に模した合図を送る。
潜んでいた九人が一斉に動き出す。
予定では一分で制圧完了予定だ。
そして制圧完了の合図で後方部隊が突入。『処理』作業を開始する。
(あれ?体が動かない……そうか。これはホークの記憶だから。ホークの記憶だから私は彼の見聞きしたことしかわからないのかもしれない。それにしても、あそこに見えるお屋敷見覚えがある。っていうか、ここってどこなんだろう)
空に光の玉が上がった。
制圧の合図だ。これで屋敷にいる生き残りは非戦闘員しかいないということだ。これで今回の任務は達成したも同然。
あとは、この屋敷にいる『英雄の生まれかわり』を始末するだけだ。
後方の部隊が追いついてきた。
「作戦通りだ。なるべく苦しませない様に処理をしろ。これは命令だ。掠奪や暴行の類は禁止とする。速やかに処理して脱出行動に移行だ。破った者は反逆とみなして処理する。では作戦開始」
屈強な戦士達がなだれ込む様に屋敷に突入する。
十分に手入れされた庭。美しく作られた花壇。そこにあるすべてを破壊して猛進する。
通ったあとには瓦礫と一緒に人の死体も打ち捨てられる。バラバラにされた者。真っ二つに切り捨てられた死体もある。
「さて、行きますか」
階段を上がり一番奥の部屋へと向かう。
真っ赤な絨毯が続く廊下。死体から流れた血がさらに絨毯を赤く染め上げていた。
扉を開ける。
「この屋敷の主だな。英雄は何処にいる」
その部屋は屋敷の主の書斎だった。
窓際に男が一人。こちらに背を向けているから顔は見えなかった。
壁一面にある本棚には魔導書らしきものが隙間なく収納されていた。持ち帰って売れば大金が手に入るだろうが今回はすべて灰にしろとの命令だ。
「敵国とは言え、お前たち、よくこんな事ができるな。遠路はるばる来てまでやる事か」
男がこちらを振り返る。
(えっ……そんな。お父様!なんでお父様が。……ここって……私の家だ。これってあの夜の……)
「主よ。すまない。私もこのような任務は望む事ではない。我が王の命令ゆえ許せ」
「その様子。嘘は言っていないみたいだな。私は嘘感知の力が得意なんだよ。冷静に事を運びながら心で泣いているな。なかなかの武人」
「そんな事まで見透かされてしまうとは。やはりお前達の国は恐ろしいな。だが、これで俺が本気だとわかってもらえただろう。申し訳ないが英雄とあなたの命は、今ここで摘ませてもらう」
「そうか。ところでお前が探している英雄というのはだな……私の娘だ。そこに写真があるだろう」
「……まだ年端も行かぬ少女か」
(えっ⁉︎この写真に写っているの私⁉︎私が英雄⁉︎嘘っ!そんな事……そんなの聞かされていない!じゃあ、みんなが殺されているのは私がいるからなの。私がここにいるからお父様もお母様も、屋敷のみんなも……」
「そこで頼みがある。娘だけは助けてくれないだろうか。屋敷の皆には申し訳ないが。娘のフレデリカだけは。お願いだ。もちろん私の命も差し出す。お前の心の声は聞こえている。その気持ちがあるならこの通りだ……」
(お父さまー!私の命なんていいから!みんなを助けて)
「どうした勇敢な兵士よ。我々は敵同士だ。殺し合いをしている以上、殺されるのは仕方ない。だかフレデリカは違う。まだ何も知らない。だから頼む」
深々と頭を下げる。
「……わかった。その写真の娘は俺が保護する。それは約束する。だが部下の手前もある。あなたや他の家族には皆の前で死んでもらう。それでもいいのか」
「ありがとう……よかったフレデリカ。敵国の兵士よ。娘を頼む。どうか幸せにしてやってくれ。英雄の力に覚醒しなければ、お前達の国にも害はないはずだ」
(なんで……なんでー!私の命なんて……命なんて。ううっ)
「では、主よ。すまないが皆の前で斬らせてもらう。見世物になってしまう事、許してくれ」
(やめてよホーク!お父様を、みんなを殺さないでよ!)
「では、行こうか。優しくも勇敢な戦士殿」