記憶にない記憶
再び、地が抜ける感じがした。
抵抗はせずに体を預ける。落下しているのに意識は上昇している不思議な感覚。そして闇が抜ける……
戻ってきた。
シャルの意識に入る時と同じ状況。小さな聖騎士の肩に手をのせている。二つだけ違う事がある。
一つは、私の頬から落ちる液体が床に水たまりを形成していた事。
もう一つはシャルの入ったカプセルが壁から取り外されていたこと。
「おねえちゃんゴメンね。あのままだと逆に、おねえちゃんの魂が向こうに持っていかれていたから。剣のおにいちゃんに頼んで終わらせてもらったの。勝手な事してごめんね」
「いいの。ちゃんとバイバイできたから。さぁ、いいわよ。私って、あなた達の敵なんだから好きにしていいわよ。最後に助けてくれてありがとう」
もう思い残す事はない。これで最後だ。死んだらシャルに会えないかな。そしたら毎日二人で、のんびりと楽しく過ごしたいなぁ。
「ねぇ、おねえちゃん。もう死んじゃってもいいの?まだ知らない事とか解決してない事があるんじゃない?」
「敵である私があなたに頼むのは違うと思うけど、私を殺したらシャルと一緒に埋葬してほしいの。駄目かな?あっ、そう。知らない事というか、わからない事があるんだけど」
「何かな?」
「なんで、私にそんな協力的なの?あなたの言葉使いも変わってきたし。ちょっと前まで殺し合いをしていたのに」
ちょっと前から不思議に思っていた小さな疑問を、小さな聖騎士に投げかける。
「その疑問を解決するなら、『今すぐ死ぬ』という選択を諦める事になるかもしれないけどいいのかな?」
えっ、なんだろう。
泣きすぎて頭痛がひどい今の状況では考えがまとまらない。
「第一ヒント。おねえちゅんの記憶」
私の記憶?私の記憶なんて、ほとんどが嫌な記憶しかない。
「第二ヒント。記憶にない記憶」
記憶にない記憶?どういう意味?記憶のない……
「もしかして忘れてしまった記憶という事?あの惨劇以前の?」
「ぴんぽーん!正解だよ。自分が何処の誰なのかとか知りたくないの」
「それは知りたいけど。覚えてないのだからどうしよもないじゃない」
正直、今の私には自分が何処の誰とかは興味がない。
「ふふふー。あたしを誰だと思っているのさ。叡智の聖騎士だよ。神の使いだよ。死ぬのもいいけどさ。運命変わっちゃうかもよ」
「別に変わらないと思うけどなぁ。そんなに薦めるならやってもいいけど。助けてもらった借りもあるし」
「じゃあ決まりだね。そしたらそこの椅子に座って」
言われた通り、端末に備え付けられている椅子に腰をおろす。
「はい、じゃあ行くよ。目を閉じて」
何を見させられるんだろ。もう私には何もないからなぁ。でも楽しい記憶だったらいいなぁ。
「ちなみに、これから見せるのは、君と一緒にいたホークって奴の記憶だよ。じゃあね。いってらっしゃい」
「えっ?何?私の記憶じゃないの?ホークの記憶?嫌っ、ちょっと待って!きゃあ!」
今日何度目かの地面がなくなる感覚。
そして再び深い何処かへと落ちていくのだった。




