フレデリカ・クラーク その2
鍋から下ろしたお肉を、2センチくらいに厚切りで切っていく。
表面はタレでツヤツヤ。切った断面はほんのり赤みがさしていて、このままでも口の中に入れてしまいたい。
とりあえず6枚くらいでいいかな。残りは冷蔵庫で保存して、彼のお弁当にでも入れてあげよう。
切ったお肉を熱したおいたフライパンに投入。
お肉についている脂が熱で溶け出し、キッチンに食欲をそそる香りを展開し始めた。
高温で表面に焼き色が付くくらい火を通し、お皿に盛り付ける。
その上から煮込みに使ったタレをかける。
冷蔵庫からサラダを取り出し、温めておいたトマトスープを二人分用意。
早く用意してあげないと彼が餓死してしまう
テーブルに料理を設置。
あとはターゲットを呼ぶだけだ。
「ホークー!お待たせ。出来たわよ。こっちに来てー」
疲労と空腹で、ソファーに瀕死状態の兵士を召集する。
「うーん……フレデリカ、ありがと……いま行く……」
冬眠からさめた熊のような動きでソファーから立ち上がる。
「もしかして眠ってた?ごめん起こしちゃって。でも夕飯一緒に食べたくて」
「いいんだ。いつもすまない。フレデリカの料理は毎日の楽しみだから。ありがとう」
あれ?毎日って……確かに最近は一緒に過ごしている時間が増えたと思うけど……
うーん……確かに。考えてみるとお風呂と睡眠の時以外は、一緒の時間を過ごしている気がする。
これって恋人として付き合ってるのかな……
いやいや、告白とかしてないし。それにホークは私の事、女として見ていない……
「どうしたフレデリカ。なんか怖い顔してるぞ。愛妻料理が冷めないうちにいただきたいのだが」
「べ、別になんでもないわよ。あと愛妻じゃないし。さぁ、いただきましょう」
冗談で言われた『愛妻』というワードに、あやうく動揺するところだった。危ない危ない……彼にまんざらでもない事がバレてしまうところだ。
私だって18の女の子だ。記憶がなくても恋はできる。自分の気持ちにも気付く事くらいも。
でも私の様な記憶喪失の人間とエリートの彼が釣り合うはずがない。
「うん!美味しいよ。オレは、お上品な高級料理より、フレデリカの作る料理の方が好きだよ」
ヤ、ヤバい……嬉しい……
「お世辞でも嬉しいわ。ありがと」
彼は、こうやって言葉にして褒めてくれる。
ちょっと頑張りすぎて作り過ぎてしまった気がするけど、喜んでもらえてよかった。
「申し訳ないけど今夜、泊まっていいかな?食欲も満たされたし、疲れで今日はもう動けない」
「ええ、もちろん大丈夫……」
ちょっと待って!いま泊まるって言った!?今まで一度もそんな事言った事ないじゃない!
何なの!?今夜何か起きるとでもいうの!
「じ、じゃあ私後片付けあるから先にお風呂どうぞ。いまお湯入れるから、ちょっと待ってて」
「いや、待ってるだけじゃ申し訳ない。洗い物手伝うよ……っと」
急に立ち上がったホークは、バランスを失いよろめいた。
ドンッ
背中に突然重みを感じる。
「すまないフレデリカ。ちょっとよろけてしまったみたいだ」
過程はどうあれ、背中から抱きしめられる様な体勢になってしまった。よくある恋愛小説にでてくるやつじゃない。あれってフィクションじゃなかったわけ!?
「ちょ、ちょっと、変な気起こしたなら帰ってもら……」
ドクン
自分の心臓が世界を揺らしたのかと思った。
「あっ……あう……息が……はぁはぁ……苦しい……息が……できな……」
私の体に何か起こりはじめていた。
「フレデリカ!どうした!?何が起きている!?」
苦しい。酸素を取り入れようと、意識して呼吸しているが全然肺にはいってこない。
「やめ…て……助けて」
何を言っているんだ私。
ホークが何か話しかけているのがわかるが、脳がそれを理解してくれない。
体の力が抜けて膝から崩れ落ちる。
あれ……落ち着く。ホークの胸の中に抱きかかえられたら息ができる。
「ねぇ……ホーク……そのまま抱きしめていて……」
「フレデリカ!いま救護班を……」
「大丈夫だよ……もう大丈夫だから……もう少しこのまま……」
遠くでお風呂のお湯が沸いた音が聞こえる。
体がだるい。温かいお湯につかりたい。
「ねぇ……お風呂入りたい……」
「そんなんじゃ無理に決まっているだろ!」
「大丈夫……あなたが一緒なら大丈夫だから……」
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