当主シルフ その3
シルフちゃんの希望で、遺体は全て火葬した。
彼女には、その決定権がある。
シルフちゃんは一族唯一の生き残りであり、家の現当主であるからだ。
保管されていたポーションは全て回収し、大切に保管されていたマジックアイテムや、価値のある貴重なアイテムは預かりという形で無限空間に保管してある。
もちろんシルフちゃんの衣服や装備も持ち出した。
「本当にいいの?」
「はい。この場所にはもう何もありません。必要なものは全て持ち出しました。この家の主人は実質的に私ですから。盛大に燃やしちゃってください。誰かに荒らされるのも見たくありませんし」
確かにそうだ。
自分が育ってきた場所が朽ちて廃墟になっていくのは見たくない。
「わかった。やるね。みんな下がっていて」
私以外の三人が後ずさる様に距離をとる。
「いきます!」
右手を天に向けてかざす。
今は亡き、偉大なる騎士。叡智の聖騎士が編み出した魔法術。
対象の全てを焼き尽くし、灰すら残さない『深淵の紫』。
拳ほどの炎の塊を空に撃ち出す。
さらに最初に撃った炎と寸分違わぬ威力と大きさの炎を形成し、それを最初の炎と融合する。
ただし、足し算ではなく掛け算として合成する。これが、この術の習得が困難なところ。
この高難易度の魔法を、天才だった叡智の聖騎士は瞬間的に合成していた。
でも未熟な私は、ゆっくりゆっくりと二つの炎を混ぜていく。チョコレートを湯煎で溶かしていく様にゆっくりと丁寧に。
そうして完成したのがこの炎。
右手の中で燃ゆる深淵の紫。
目標を頭の中でイメージし、右腕を目標に向かってボールを投げる様に振り抜く。
紫の炎は一直線に二階の窓を突き破り、屋敷の内部に着弾する。
この火炎魔法は目標に直撃さえすればいい。
威力は関係ない。着火すれば目標が燃え尽きるまで消える事はない。
紫色の炎は、ゆっくりと屋敷を侵食していく。
材質や環境などは関係ない。
着弾した場所から上下左右対象に燃え広がっていく。
そして、ついには建物全体が炎に包まれた。
炎のあかりに照らし出されたヴァンパイアの少女は、燃え盛る過去の住処を見つめている。
その瞳は、二百年以上生きた私ですら知らない、強い何かを秘めていた。