当主シルフ その2
ドラゴンの口から、止めどなくお湯が吐き出されていく。
私の居た魔王城よりも立派なお風呂だ。
このドラゴンの蛇口などは、お金持ちのお風呂にしか設置されていないやつだ。
シルフちゃんの話によると、天然に湧き出ているの温泉らしい。お湯の温度も丁度いい。
大理石らしき石でできた浴槽も広い。
「シルフちゃんの髪って綺麗な金色ね。短くなっちゃて残念だね」
「髪なんて何もしなくても勝手に伸びますから。母様に切り揃えてもらって。私気に入ってるんですよ」
私みたいな素人が切ったのに褒めてくれるなんて。
出会った時にシルフの髪は、偽物の私に引きちぎられていた。
私の腕前じゃショートで切り揃える事が精一杯だ。
「はい!髪終わり。お湯につかろ」
短い髪は洗うのが楽チンだ。
私も短くしたいなぁ。
でも、あのガブリエルがうるさいからな……って。
私もう魔王って肩書きないじゃん。
って事は切っても文句を言われる筋合はないはずだ。
蒼の剣と再会したら切ろう。
うん。決めた。
「あのぉ……母様。なんか……こうやって誰かと入浴するの初めてで。髪と体も洗ってもらったり。なんか……いいですね」
やっぱりだ。
この子は極端に厳しい教育の上で育ってきたんだ。
無駄な事は削ぎ取り、極力合理的な人生。
何事も自らの力のみで完結させる。
「そう?だったら毎日でもいいんだよ。私はシルフちゃんの事、もう家族だと思ってるんだから」
少女の身体を優しく抱きしめる。
こんな華奢な体でも、この子は百年くらいを生きているのだ。
「あうっ!」
首筋に痛みが走った。
体の中から、魂の様な何かが抜けていく感じがする。
この感覚は……
「シルフちゃん……ダメだよ……お風呂出てからって言ったじゃない……ちょっと待って……」
少女の牙が、私の首に突き立てられているのがわかった。
目を閉じ、血を吸われている感覚に集中する。
今ここで意識を飛ばすわけにはいかない。
こんなお風呂の中で意識を失ったら確実に溺れてしまう。
それだけは避けないと。
トントン
少女の背中を軽く叩き合図を送る。
「シルフちゃん……そろそろ……」
どれくらいの時間が経ったのかはわからないけど、これ以上は思考に支障をきたす。
「ぷはぁ…………」
むしゃぶり、吸い付いていた牙が、私の肉と皮膚から引き抜かれる。
少女は、恍惚な表情で舌舐めずりをしている。
その光景は、何とも言えない妖艶な雰囲気を醸しだしていた。
「…………あっ!ご、ごめんなさい母様。私……我慢できなくて……本当にごめんなさい!」
我にかえり、自分のしでかした現実を認識する。
「大丈夫だから気にしないで。ねっ?ほんと大丈夫だから。じゃ、そろそろ上がろうか?のぼせちゃう前に」
「はい……」
引き攣った表情から、彼女が罪悪感を抱いている事がわかる。その感情は人間が持つ負の感情に似ている。
早くも現れた人らしい表情に私は、嬉しいという感情が湧き出るのを感じた。